やっぱり買っちゃいました。
そこそこいい価格の本なのですが、すごく共感できることが多かったから。


佐倉智美著
「明るいトランスジェンダー生活」

本の帯にはこんな文字が。

「私はなりたいと思う自分になるのだ!」

まだ前書きくらいしか読んでいませんが、心に響く言葉が多くあります。

男性として生まれたが、男性と言うことに違和感を持ち、女性として生きることを選択。

性同一性障害と言う言葉が使われ始めて久しいですが、佐倉さんは性転換手術を受けていません。
そのぶん「元男」としての気苦労も少なくないそう。

性別を変えて生きることが、かくも大げさな話になってしまうのもいかがなものだろうか?と問いかけられてました。

「別に私は『女に』なりたかったわけではない。自分がこうありたいと思う『自分』を望んだだけなのだ…
そもそも人間を『男』『女』に二分し、あらゆる人生の選択が、そのいずれかに属するかによって限定されたりしなければ『性別を変えて生きる』必要もない。なりたい自分になる前に『男』や『女』でなくてはならない、現状こそが理不尽なのである」

「そう言う意味では『性別』は、まさに人間の可能性を分断する『ベルリンの壁』」

「男友達と一緒にいても、どこか心開いて付き合えない。異性であるはずの女子生徒たちの方がむしろ話が合う。」

男性と言うことに違和感を感じたので、女性として生きる。
でも性転換手術をせず、『女に』なりたかったわけではない。
こうありたいと思う『自分』でありたかっただけ。

性同一性障害は、男性から女性、女性から男性に転換するだけの問題ではないのです。

まさに私が思うこと、苦しんでいることとすごく重なりました。


そう、『自分』でありたいだけなんです。
『男性』でもない、『女性』でもない。
でも今の世の中はこの二択から逃れることができない。
だから、佐倉さんは女性として生きることを選択されたのです。

障害とすごく似ている気がします。
見た目は元気そうに見える私。いわゆる健常者。
だからこそ甘ったれるなとか逃げるなとか、色んなことを要求される。
でも、私は障害を抱えています。
だからといって『障害者』と呼ばれることはやはり苦しさを伴います。
健常者でもない、障害者でもない。
でもハンディと向きあっていくには「障害者」として生きていくほうが生きやすいのです。

それに加え、男らしさを要求される。30代と言う年齢も追い打ちをかけます。

一家の大黒柱となって妻子を養っている年齢だぞ。と。
あるいは、会社で戦力として働いていてもおかしくないのに、と。

健常者とも、障害者とも呼ばれたくない。
男性とも、女性ともくくられたくない。

でもこの二択の呪縛から逃れられないのであれば、私は心は女性として生きたい。

こんなことを言うと、変な人扱いをされて人が去っていくので苦しいのです。私は私でいたいだけ。
わがままでも、甘えでも、逃げでもないのです。
障害にしても、ジェンダーにしても、自分を押し殺して生きるのが苦しいのです。

来月、くしくも私の誕生日に小学校で講演します。
思い切って、障害だけでなく、ジェンダーの苦しさもカミングアウトしようかと思っています。
既に少しずつ語り始めてますけどね。
語ることで、思春期教育という分野でもきっと得るものがあると思うのです。
でも、本当はとっても怖いです。

でももう自分を押し殺したくない。障害ともジェンダーとも向き合いたい。
私らしい私として生きたい。

私の中では決して大げさなことでも、何か変わるわけでもありません。
いつもの私。
ただ、男性として接せずに『私、自分』として受け止めてほしい。

佐倉さんのように、話しやすさなどから私も女性の方が接しやすい。
だから、将来のパートナーもきっと女性なのでしょう。
これを異性、同性でくくると訳が分からなくなります。
身体の性で行くと、世の一般男性と何ら変わりがない、『彼女』なのかもしれません。
心の性で行くと「同性愛」などと言うとんでもないレッテルがつくのでしょう。

どれも違うのです。

『私らしい私』を受け入れてくれて、自然体で、人生を一緒に歩いて行ける人。
そんなパートナーと出会って、二人三脚で生きて行きたい。
かなわぬ夢かもしれないけど。『人』に『恋』したい。

じっくり読んでみたい一冊です。

今年は、勇気がいることだけど、障害のことも、ジェンダーのことも、オープンに語っていきたいと思っています。
ある意味「男性」との決別したいと思います。
(女装するとか、そういう意味ではありませんよ(笑))
なので私は「原田君」ではないのでよろしくお願いします。
細かいかもしれませんが、やはり男性として見られているのかなと思うとつらいですから。
もっとも議員さんなどは女性でも君付けですが、それはそれで何だか上から目線な気がしてあまり心地よくはないですしね。


去年、久々どん底まで落ち込んだのは自分らしい自分になることを伝えられなかった苦しさもあったと思います。なので、今年は『私がなりたいと思う自分』を大切にしたいと思います。

性別二分社会の中で苦しむこともいっぱいあると思います。
障害で苦しむこともいっぱいあると思います。
でも、私自身は、皆さんが良くご存じのいつもの私で、何にも変わりありません。

世間一般とは違ったり、のろのろだったりすると思いますが、皆さんの暖かさに支えられて本当に感謝しています。どうぞこれからもこんな私ですが、よろしくお願いします。

そして何より佐倉さんは、とかく重くなりがちなトランスジェンダーをまさに題名通り明るく語っているのです。私もそうなりたい。
心から思いました。だからこそ私もジェンダーを語りたいと思えるようになったのです。
もしかしたら、自分らしさを押し殺して、世間に合わせて男性らしく生きることの方が苦しいのかもしれない、って。

また読み進めて心にヒットすることがあれば書いてみたいと思います。