元日から「ニュースのソムリエ」。
いえ、一年の計は元旦にありですから、年の初めから考えてみましょう。
新聞各紙は今日は元日スペシャル紙面。
その中で産経新聞は眼のさめる一面トップでした。
「命、性…消えた境界」
人工生命の創造うんぬんは置いといて、男でも女でもない第三の性にふれていました。私がこれまで記事にしてきたことです。無性、両性などと言われることもあります。
ほとんどの人が理解できない世界でしょう。なぜなら生まれた時から男、女と分かれるのは当たり前と思っているからです。いまや出産前に性別を知ることができたり、男の子を産みたい、女の子を産みたいと、親の思いで産み分けまでできるほどです。わが子が男か、女か、すごく意識すれば周囲だって意識します。
しかし、そこに第三の性があるとしたら。
わが子は男だ、女だと信じて疑わなかったとしても、自分の性に違和感があるとわが子の口から告げられるということがあるのです。
私も大いに悩みましたが、私の場合は大病の後遺症によるホルモンバランスの崩れが一因にありそうで母は前から分かっていた、と。
性同一性障害と言う言葉も知られるようになってきました。
しかしそれは、男から女へ、女から男へであって、第三の性、男でも女でもないという世界はまだ理解されていません。なので、元日の新聞で取り上げられたことは正直、うれしく思いました。
紙面に登場した方は、性転換手術を終え、戸籍の性別を男から女に換えるつもりだそうですが女になりたいわけではないのだとか。「外見的に女だけど心の性別はない。男でも女でもない」。
中性として生きていく。
女性になりたかったのではなく、女性の持つ外見の美しさを求めていた。
多くの人が社会の求める『男らしさ』『女らしさ』に縛られて生きているだけ。
中性として生きたいけど世の中が受け入れてくれるかどうか。
同意する点がいくつもありました。
私も寄り添っていける人に憧れる。パートナーと出会えたら。
だけど世間一般の結婚とは何か違うのかもしれない。
私は外見は男性だけど、男性とみられるのは嬉しくない。
良い人はいっぱいいると分かっていながら、私はどこかで男性に対して嫌悪感を持っている。だから男性を同性とは思えない。女性が男性を警戒する気持ちと同じような気持ちがどこかにある。だから私には選択肢なく、話しやすい相手は女性。じゃあ女性を好きになったらそれは同性愛なのか、と言うのも何か違う。同性とか異性とか考えると訳が分からなくなる。
性別の概念が私の頭をパニックに陥らせる。
「私」として世の中に存在し、それぞれの「自分」を認め、その人と価値観を共有でき、寄り添って生きていけるなら。
生物学的な事をのけた非常に夢物語みたいな話かもしれないけど、それでも私は誰かと寄り添って生きたい。
お互いを認められたら、身体的な性と心の性が一致できるのか、それは分からない。
こんなわけのわからない私にはパートナーを望む気持ちを持つこと自体許されないのでしょうか…
それも分かりません。
ただ、元日の紙面で取り上げらたことで、第三の性で苦しんでいる人が多くいることを知って頂けるならと思います。
性差の議論がどうあれ、地球上60億もの人々がどんなものにもカテゴライズされず、60億通りの生き方、考え方が尊重されること。
心からそれを望みます。
だからこそジェンダーを今年も語っていきたい…。
いえ、一年の計は元旦にありですから、年の初めから考えてみましょう。
新聞各紙は今日は元日スペシャル紙面。
その中で産経新聞は眼のさめる一面トップでした。
「命、性…消えた境界」
人工生命の創造うんぬんは置いといて、男でも女でもない第三の性にふれていました。私がこれまで記事にしてきたことです。無性、両性などと言われることもあります。
ほとんどの人が理解できない世界でしょう。なぜなら生まれた時から男、女と分かれるのは当たり前と思っているからです。いまや出産前に性別を知ることができたり、男の子を産みたい、女の子を産みたいと、親の思いで産み分けまでできるほどです。わが子が男か、女か、すごく意識すれば周囲だって意識します。
しかし、そこに第三の性があるとしたら。
わが子は男だ、女だと信じて疑わなかったとしても、自分の性に違和感があるとわが子の口から告げられるということがあるのです。
私も大いに悩みましたが、私の場合は大病の後遺症によるホルモンバランスの崩れが一因にありそうで母は前から分かっていた、と。
性同一性障害と言う言葉も知られるようになってきました。
しかしそれは、男から女へ、女から男へであって、第三の性、男でも女でもないという世界はまだ理解されていません。なので、元日の新聞で取り上げられたことは正直、うれしく思いました。
紙面に登場した方は、性転換手術を終え、戸籍の性別を男から女に換えるつもりだそうですが女になりたいわけではないのだとか。「外見的に女だけど心の性別はない。男でも女でもない」。
中性として生きていく。
女性になりたかったのではなく、女性の持つ外見の美しさを求めていた。
多くの人が社会の求める『男らしさ』『女らしさ』に縛られて生きているだけ。
中性として生きたいけど世の中が受け入れてくれるかどうか。
同意する点がいくつもありました。
私も寄り添っていける人に憧れる。パートナーと出会えたら。
だけど世間一般の結婚とは何か違うのかもしれない。
私は外見は男性だけど、男性とみられるのは嬉しくない。
良い人はいっぱいいると分かっていながら、私はどこかで男性に対して嫌悪感を持っている。だから男性を同性とは思えない。女性が男性を警戒する気持ちと同じような気持ちがどこかにある。だから私には選択肢なく、話しやすい相手は女性。じゃあ女性を好きになったらそれは同性愛なのか、と言うのも何か違う。同性とか異性とか考えると訳が分からなくなる。
性別の概念が私の頭をパニックに陥らせる。
「私」として世の中に存在し、それぞれの「自分」を認め、その人と価値観を共有でき、寄り添って生きていけるなら。
生物学的な事をのけた非常に夢物語みたいな話かもしれないけど、それでも私は誰かと寄り添って生きたい。
お互いを認められたら、身体的な性と心の性が一致できるのか、それは分からない。
こんなわけのわからない私にはパートナーを望む気持ちを持つこと自体許されないのでしょうか…
それも分かりません。
ただ、元日の紙面で取り上げらたことで、第三の性で苦しんでいる人が多くいることを知って頂けるならと思います。
性差の議論がどうあれ、地球上60億もの人々がどんなものにもカテゴライズされず、60億通りの生き方、考え方が尊重されること。
心からそれを望みます。
だからこそジェンダーを今年も語っていきたい…。