私の活動は秋が一番忙しく、いわば今はオフシーズンです。ポカンと暇になると不安になったりします。まして多くの人が新しく動き出す春は余計に不安に駆られます。何度も書いているように、社会の波に乗れないことをもどかしく、情けなく感じるのは他でもない私なのです。これまでの人生の中でどれだけ自分を責めた事でしょう。私が生きている事自体が罪を犯しているとさえ思ったことも一度や二度でもありません。この活動は、お金や肩書には直結しません。でも、私の演奏と話で生きようと思ってくださった方もいらっしゃるのです。そんなことを思ったらこの活動を片手間にはできないのです。もっとも私は不器用な人間ですから、あれもこれもしようと思ったら共倒れしてしまいますし。
そんなことを思いながら、今日、ニュースを見ていたら、先日亡くなられた山口彊さんの特集があっていました。出張で広島にいる時に被爆、地獄から這ってでも故郷に戻らねばと帰った故郷は長崎。キノコ雲が自分を追いかけてきたんじゃないかとさえ思ったそうです。二重被爆。これまで体験を語らなかった山口さん。生後五か月で被爆、約60年特に異常はなかったのに突然、全身のがんに冒された息子さんの59歳という若すぎる死を機に口を開き始めます。
晩年には原爆の映画製作を進めているジェームズ・キャメロン監督との面会を果たしました。監督は山口さんを「選ばれた人」と言いました。山口さんも自身を「伝えるために生かされた」と話します。そして、監督に「今、私の役割は終わった。」と。その数日後に他界されました。
あまりに次元は違いますが、私がなぜ5歳までの命だったのに、医師からも見放されたのに生きているのか。それだけでも壮絶だったのに、いじめ、不登校、引きこもり、自殺未遂、リストカット、病気の後遺症による障害・・・
なぜこれでもか、これでもかと・・・でも、どっこい生きてる。生かされてる。リコーダー片手に語っている私が自分を崩しちゃだめだ、私はもう死を選ばないって心に決めたんだから・・・。そう、もう二度と死を選ばないって。
私は死ぬその日まできっと語っているかもしれない。いや、語り続けていきたい。そう思います。寿命が来るのは何十年後の事かは分かりません。もしかすると不慮の事故でその日は明日かもしれない。十年後、二十年後、この活動はどうなっているのかな…。どう環境が、世の中が変化しようと、命ある限り、私は語り続けていきたい。
なぜ?
その答えを山口彊さんが教えてくれている気がします。
だってこうして生きているから。そう、分からない人もいるかもしれないけど、生きてないはずの私が生きているんだから。