東京四日目。ミュージックソンもいよいよフィナーレへ。朝7時。早朝のイマジンスタジオに駆けつけました。その後ホテルに戻り、ミュージックソンを聞きながら朝食。イマジンスタジオの見学に来たお客さんに案内をするアナウンサーとスタジオとの掛け合いがあり、見学に来たお客さんの中で印象に残った人として「九州から夜行できた人がいる」という話をしていました。ふ~ん、自分みたいな人っているんだなと思っていたら、「手にリコーダーケースを抱えていた」と。思わず味噌汁が器官に入りそうに。ぎょっ!自分のことだ!メインの上戸彩さんも「すごい!フィナーレにまたこられるんですか」と驚かれてました。そのあと、10時半ごろに再びイマジンスタジオへ。ラジオで取り上げられたので、少しでも気づいてもらえるとうれしいなと思っていたけど、時間がなくてちょっと残念だったけど、フィナーレで盲学校の子供たちの合唱を聞くことができ、よかったです。
ミュージックソンいよいよ感動のフィナーレは上戸彩さんの母親からの手紙が紹介され、涙の挨拶。「今度はずっと電話のところに座っていたい」と。私はテレビをニュース以外はほとんど見ないので、上戸さんはCMなどでお見掛けする程度でしたが、ミュージックソンでの上戸さんの姿を見て、本当に頭が下がりました。時間があれば、すぐに電話のところに行き、ずっと募金受付の電話を受けていました。30分も話し込んだり、共に涙を流したり。盲学校の子供たちにも一人一人その子のいいところを声かけている姿。どんどん入ってくるゲスト、視覚障害についての話をしっかりと吸収していっている姿。それは何の包み隠しのないありのままのパーソナリティ。最後にうえちゃんが「これほど電話を取り続けたのは萩本欽一さん以来。自分が何をしなければならないのかというのをこんなに分かっている人なんだなと思いました」と話していましたが、本当にそのとおりだと思いました。
タレントも、社長も、アナウンサーも、常務も、皆、肩書き関係なく、一生懸命電話を取り続け、寒い街頭に立つ姿、それに応えるように募金するリスナー。しかも、ガンを抱えていたり、事故で一月半も意識不明だったり、募金しているような状況じゃないように思える、本当に大変な境遇と向き合っている方からの募金が多かったこと。「自分は光を失ったけど、ミュージックソンは私の耳に光を与えてくれた」という声。そんなリスナーとの直接のふれあいが募金を呼びかける街頭のいたるところで見られました。これこそが本当のチャリティだと思いました。確かに、チャリティが偽善に思えるケースもあるでかもしれません。来年のクリスマス、ラジオチャリティミュージックソンをぜひ聞いてみてください。テレビでは3億とか集まってるでしょう。ものすごい認知度でしょう。ラジオはそれに比べたら5300万円とテレビには及びません。しかし、テレビを見ている人と比較したら、ラジオを聴いている人は少ないはずです。なので、ラジオで集まった募金5300万円は決して微々たる金額ではありません。視聴者全員に対する募金への意識がテレビと比べて強いのだと思います。このミュージックソンがテレビのようにどこか大きなイベントホールでやってたらこれほど参加したいとは私は思いません。ミュージックソンが本当に人と人とのつながりを実感できるからだと思います。
さて、ミュージックソンモードも終わり、一度行ってみたかった下北沢を散策し、四日間の行程は終了。渋谷にも、浅草にも行きませんでしたが、四日間大変に濃い時間を過ごしました。観光ではなく、人との出会いがぎゅっと詰まった東京の旅でした。