さすがに今日は起き上がれたのがお昼でした…。
日は高く上っているのに。。。申し訳ない…。
でも、身体が動かなかった。さすがに疲れたのかな…。
もう少ししたら身支度して、アナウンススクール。
そして、明日は博多へ出かけます。
きっと北九州以上に某球団カラーで博多の街はどこを見渡しても
真っ黄っ黄の狂喜乱舞?!の街になってると思うので、その只中に
突っ込むのは、さすがに睨まれることはないでしょうが(ほんと?)
怖がりながらも博多へ行ってきます。
ただでさえパニックで怖いですが、この時期ですから、博多の街が
怖いです。
でも、そうまでしてでも行きたい魅力的な話が。
福岡市内には「ぐりーん」という観光ループバスが走っています。
250円ほどで博多駅から福岡タワーなど名所を巡ることができます。
車内は椅子も床も柱も木目の美しい内装。
その「ぐりーん」に乗って市内を巡りながら福岡の街を清掃すると
いうのです。観光清掃ツアーです。
これはなんともユニークな活動。
きっといい交流ができるのでは?街づくりの新しい動き。
これはぜひ「体感」したい!
どんな一日になることでしょう。
さて、きのうのいわゆる「新幹線事件」で私はやっぱりパニックと
うまく付き合わないといけないんだなあと痛感しました。
人から見たら大したことじゃないかもしれない、でも、よく日常会話
で出てくる「パニクッた」と言う感覚とは違うのです。
昨日は一人じゃなくて母がいてくれて助かりましたが、一人でいる時
はやっぱり怖いです。こんなことがあって介助?を必要とすることが
あるので、自分は自立してないかもしれないと思うこともあるのです
が、でも私にはまだ仕事と呼べなくても、プロだと言ってくださる方
もいらっしゃいますが、まだまだ未熟者ですし、落伍者だと言う人も
いるでしょうし、それでも、私はリコーダー片手に語りたい。
語らなきゃ。おごりだと仮に思われても、語る使命すら感じています。
私だからできること…。
それから…
以前、報道特集の性同一性障害の特集についてブログに書かせて
頂きました。すると、びっくりなことに、その特集で取り上げられた
方のお母様が私のブログにコメントくださったのです。
びっくりしました。
http://plaza.rakuten.co.jp/rebnet/diary/201009040000
私のつたないブログに「勇気づけられた」と。
私のジェンダーの悩みとを重ね合わせて勝手な思いを書かせていただ
いたのですが、そう言って頂けて嬉しかったです。
身体的には男性だけど、どちらかというと精神的に女性的な部分を
持ち合わせている私にとってジェンダーは大きな壁です。
昨日、お昼を母と食べながらふと話してました。
特に目的があるわけではないけど街をぶらりして、外での食事も、
安ければいいわけではなくて、かといって経済的に余裕があるわけ
でもないけど、それでもたまにはちょっと弾んでおしゃれなお店で
のんびりまったりして自分へのご褒美にする。安くて、おしゃれで、
美味しい。これに越したことはないけど、たまにはちょっとプチ
豪華に。
この感覚はどちらかというと女性的感覚のようで、私は別に男性が
この感覚を持っていてもいいのですが、
「このお店に来たのは何か用事?」
「ううん。ただ見に来ただけよ。」
「何か探してるの?」
「ううん。」
と言うこの感覚は、これまでの経験上、男性とこの価値観を共有
できたことはなく、やはり女性のほうがうんうんって共有できます。
男性とは価値観を共有できず、女性からは重いと警戒されて親しく
すらなれない。人生のパートナーなんてとてもとても天文学的距離
です。
男性恐怖と言うのも一つの壁なのかもしれません。
明日、高速バスで行きますが、私は外見上男性と判断されるでしょう
から、隣に座ってくるのは男性だと思いますが、それはけっこう
怖いのです。とても同性だとは思えないほどの怖さです。
隣にだれも座らないか、女性だったらいいのになあと言うと、変に
受け取る人がいますが、こういう事情なのです。
男性がのりこんでくる不安とかで安心してバスに取れるように
女性専用シート、女性専用車両などが出てきてますが、それを
羨ましく思うくらい怖いので、そんなとき私はやっぱり女性に
生まれたかったなと思うこともあります。
男性を異性、異なる存在と受け取る悲しい瞬間の一つです。
私の中にあるジェンダーの悩みは深いものです。
でも、根底にあるものはただ一つ。
「ありのままの私でいたい。男性としてでもない、女性としてでも
ない、私として」。
また追々書いていこうと思います。
日は高く上っているのに。。。申し訳ない…。
でも、身体が動かなかった。さすがに疲れたのかな…。
もう少ししたら身支度して、アナウンススクール。
そして、明日は博多へ出かけます。
きっと北九州以上に某球団カラーで博多の街はどこを見渡しても
真っ黄っ黄の狂喜乱舞?!の街になってると思うので、その只中に
突っ込むのは、さすがに睨まれることはないでしょうが(ほんと?)
怖がりながらも博多へ行ってきます。
ただでさえパニックで怖いですが、この時期ですから、博多の街が
怖いです。
でも、そうまでしてでも行きたい魅力的な話が。
福岡市内には「ぐりーん」という観光ループバスが走っています。
250円ほどで博多駅から福岡タワーなど名所を巡ることができます。
車内は椅子も床も柱も木目の美しい内装。
その「ぐりーん」に乗って市内を巡りながら福岡の街を清掃すると
いうのです。観光清掃ツアーです。
これはなんともユニークな活動。
きっといい交流ができるのでは?街づくりの新しい動き。
これはぜひ「体感」したい!
どんな一日になることでしょう。
さて、きのうのいわゆる「新幹線事件」で私はやっぱりパニックと
うまく付き合わないといけないんだなあと痛感しました。
人から見たら大したことじゃないかもしれない、でも、よく日常会話
で出てくる「パニクッた」と言う感覚とは違うのです。
昨日は一人じゃなくて母がいてくれて助かりましたが、一人でいる時
はやっぱり怖いです。こんなことがあって介助?を必要とすることが
あるので、自分は自立してないかもしれないと思うこともあるのです
が、でも私にはまだ仕事と呼べなくても、プロだと言ってくださる方
もいらっしゃいますが、まだまだ未熟者ですし、落伍者だと言う人も
いるでしょうし、それでも、私はリコーダー片手に語りたい。
語らなきゃ。おごりだと仮に思われても、語る使命すら感じています。
私だからできること…。
それから…
以前、報道特集の性同一性障害の特集についてブログに書かせて
頂きました。すると、びっくりなことに、その特集で取り上げられた
方のお母様が私のブログにコメントくださったのです。
びっくりしました。
http://
私のつたないブログに「勇気づけられた」と。
私のジェンダーの悩みとを重ね合わせて勝手な思いを書かせていただ
いたのですが、そう言って頂けて嬉しかったです。
身体的には男性だけど、どちらかというと精神的に女性的な部分を
持ち合わせている私にとってジェンダーは大きな壁です。
昨日、お昼を母と食べながらふと話してました。
特に目的があるわけではないけど街をぶらりして、外での食事も、
安ければいいわけではなくて、かといって経済的に余裕があるわけ
でもないけど、それでもたまにはちょっと弾んでおしゃれなお店で
のんびりまったりして自分へのご褒美にする。安くて、おしゃれで、
美味しい。これに越したことはないけど、たまにはちょっとプチ
豪華に。
この感覚はどちらかというと女性的感覚のようで、私は別に男性が
この感覚を持っていてもいいのですが、
「このお店に来たのは何か用事?」
「ううん。ただ見に来ただけよ。」
「何か探してるの?」
「ううん。」
と言うこの感覚は、これまでの経験上、男性とこの価値観を共有
できたことはなく、やはり女性のほうがうんうんって共有できます。
男性とは価値観を共有できず、女性からは重いと警戒されて親しく
すらなれない。人生のパートナーなんてとてもとても天文学的距離
です。
男性恐怖と言うのも一つの壁なのかもしれません。
明日、高速バスで行きますが、私は外見上男性と判断されるでしょう
から、隣に座ってくるのは男性だと思いますが、それはけっこう
怖いのです。とても同性だとは思えないほどの怖さです。
隣にだれも座らないか、女性だったらいいのになあと言うと、変に
受け取る人がいますが、こういう事情なのです。
男性がのりこんでくる不安とかで安心してバスに取れるように
女性専用シート、女性専用車両などが出てきてますが、それを
羨ましく思うくらい怖いので、そんなとき私はやっぱり女性に
生まれたかったなと思うこともあります。
男性を異性、異なる存在と受け取る悲しい瞬間の一つです。
私の中にあるジェンダーの悩みは深いものです。
でも、根底にあるものはただ一つ。
「ありのままの私でいたい。男性としてでもない、女性としてでも
ない、私として」。
また追々書いていこうと思います。