ついに終了しました。
はんぱじゃないオフィシャルな場での講演でした。

平成22年度学校・家庭・地域連携研修会
主催・福岡県教育委員会
主管・福岡県教育庁北九州教育事務所

控えに教育事務所長がご挨拶に来られたり、主催者挨拶で、
講師をお引き受けいただきましたリコーダー・アース・ブリッジ~
と含めて頂くほどの、県教委公式行事でした。
そこに私はワンピースで在られましたもので、講師席に座らせて
いただいたのですが、ものすごく目立ってたと思います。
参加者の視線がかなり来てましたからね…。
日ごろの勤務にお疲れの参加者が多いかったので、講演はどうなる
かなと気がかりでした。

場を踏んでいるおかげか、そうした雰囲気に気圧されることはない
のですが、演奏も入れて50分と言うかなり短い時間にそれぞれの
立場でそれぞれのメリットになることを…なんて、しかも、悔いの
ないように伝えたいことは伝えたい。そのせめぎ合いによる圧力で、
私の出番が来るギリギリまでお腹ぐるぐる、お手洗いに駆け込むと
いう状態でした。

しかし、本番が始まると我ながら肝が座るんですね。
前日のラジオ収録でも大ぶ声使いましたから、ちょっとかすれ気味で、
序盤はスローペースで進みました。
気持ちを和らげようと鶴を折っていたらこれがまあ下手な出来で、
心理状態をつかむには申し分なく(笑)
できたてほやほや、借りぐらしのアリエッティの主題歌でスタート
しました。
今日演奏したのは、
「Arrietty's Song」(セシル・コルベル)
「亡き王女の為のパヴァーヌ」(ラヴェル)
「ひだまり」(西村由紀江)
「小さい秋見つけた~スペシャルアレンジ」

50分では4曲が精いっぱい、しかも公式行事ですから時間は押せません。
本当は私のオリジナル曲で閉めたかったのですが、できませんでした。
アンコールなんてこともありませんでしたし。時間厳守も厳守(涙)

公式行事研修だからこそちょっとインパクトを与えたい、それで
参加者もこちらに集中してくれるかもしれない、なのでけっこう
おしゃべりコンサートみたいな、ジョークも飛ばしながらの講演
らしからぬ講演でした。その方が聴きやすいでしょうし。

きちんと座して長机に据えられたマイクでしゃべっていたのも
はじめのうち、やっぱり、歩きながらのトークの方がのるんですよね。
ちょっと持ち挙げてDJスタイルをやったり、ちょっと遊びました(笑)

ただ、伝えたかったことはしっかり伝えました。

*5歳までの命だったこと。

*いじめのとき、先生の言葉かけ「生きて行けんぞ」に涙したこと。

*不登校はいいよ~なんて言わないけど、でも、悪いことでも責められ
るべきものでもないこと。引きこもりもまた同じ。

*命を粗末にするな!の喝で自殺問題は解決しないこと。
死にたいと言う気持ちにもまずは寄り添うということ。

*子どもを叩いて叱ることの賛否は横に置いといて、自身は親からの
懲らしめの鞭に反発はないし、そんな経験を語ることに意味はある
こと。叩いて叱ることを「百害あって一利なし」と評する専門家も
いるけど、そう言い切るものでもないこと。

*今はあまりに情報があふれ、子育ての上で情報に振り回されている
現状。育てられた立場から子育てを語りたいこと。

*今でも発達障害などで苦しく、今の私で手いっぱい。会社員にも
教員にもなろうとせずふらふらしてという批判をずいぶん受けたけど、
今の私が私の全力。

*口があれば人間しゃべれるだろうなんて、体験を人前で語ることは
そんな生易しいものではないこと。続けていくために周囲の支援が
必要なこと。助けられていること。

*私は子育て、教育、福祉、環境、平和、メディアリテラシー、性・
ジェンダー、これだけのジャンルを話せますが、専門知識はありま
せん。でもこれらすべてを経験から語れます。自慢でも何でもなく、
沢山の引き出しから音楽と共に話せるので、ぜひ語らせてください。

これだけのことを訴えかけました。
男らしくに疲れ、自分らしくが大切と感じてるジェンダー。
思春期の子供たちにも問いかけたいと言うことにふれる時間が
なかったのはちょっと残念でした。

映画のように、終盤になるにつれて畳みかける怒涛のトーク。

今日の講演会は鞍手町でした。
実は13年前、私が自宅で自殺未遂を図った、どん底の地です。
そこで語れる日がやってくるとは。

本はたくさん持っていってましたが、終わって物の3分もしないうちに
ものけのからになるほど引きが早く、2冊しか売れませんでした。
でもサインを頼まれ、ありがたいと感謝されながらの2冊。
たくさん売れるよりもきっと価値があると思えました。
結局、また大量に在庫があります。90冊。
お求めの方は、いつでもお気軽にお申し付けくださいませ・・・。

今日のこの場が今後の活動のステップになることを祈ってます。
頼まれたら仕事になる、という他力本願的な仕事に不安はやはり
ありますが、「語り部」はけっして生易しいものではない、大変な
勇気がいると思っています。明日はダウンしてると思います。
身体は労働しなくともそれくらい消耗します。
でも自分のペースだからできる。好きだからできる。
命がある限りは語り続けて生きていきたいのです。


たとえ不器用で、ふらふらしているように見えたとしても。
やっぱり私は「語り部」でありたいと思います。