今日から六月。
梅雨の足音がそろそろ聞こえてくる季節。
作物には実りの為に必要な雨だけど、やっぱりジメジメが長く続く
のは嫌になりますよね。でも心だけは晴れやかに行きたい…。
なのに・・・。
なのに・・・。
昨日のショックは思ったより大きかった…。
事故の瞬間を見てしまったのだから…。
今日、バスでその場を通る時、目をつむってしまった…。
気持ちはなるべく前向き!のつもり。
不幸なわけでもないの。
でも、心が晴れない。
このままでは、はれるのは心じゃなくて虫歯の痛みによるお口に
なってしまいそう。まだ痛みはないけどね。
え、はれ違い?
ですです。(笑)
私らしく生きる。私らしく。
それってでも決して楽な事じゃなくて…
でも「逃げ」じゃないって、言ってくださってるのがせめてもの救い。
今日のレッスンは本当に難しかった。
感情を相手に伝える、抑えるのでもなく、でもただぶつけるのでも
なく、きちんと喜怒哀楽を伝える。
特に仕事となると、自分の感情を抑えることが多いこともあると
思うけど、表現者は感情を出してナンボ。
特に私の場合、自殺未遂をしてから「怒り」という感情が消えた。
決して「いい人」って言いたいわけではなくて。
腹が立つようなことがあると、それを通り越して、ただただどうしよう
もなく悲しくなってしまうのです。
「怒り」なんてあまり持たない方がいいのかもしれないけど、表現者と
しては「怒り」を表現することも大事。
相手にその気持ちを持ってもらえるように伝える、表現する。
それが難しい。スクールに4年も通ってて、長くいればいいってもの
じゃないのにと思うほどへこんでしまった。
でも、今日のレッスンで先生が
「私は原田さんが好きなんだよ。原田さんって、自分のペースって
言って、楽器を持ってふらり、気楽そうに見えるでしょ?でもすごい
苦しみを乗り越えて向き合って生きているんだよね」
*ちなみにその先生は男性で、私もとりあえず男性(仮)なので
変な意味じゃないですよ。私の性別は私ですし(笑)
とても嬉しかった!
演奏としゃべり、経験談を語ることでどれだけのことが伝えられる
のだろう?何となく元気が出た、心が軽くなった、それだけでも意味
があるのか?私は十分意味があると思っています。
やっぱり私は「生きている喜び」を表現したいのです。
もうてんかんの発作はないけど病気は過去の事ではありません。
それは逃げでも正当化でもなく。
私は乗り越えることや、向き合うことばかり考えていたけど、
受け入れて、うまく付き合うようにしてもいいんじゃないかと思う。
大変な思いをしているのは私だけじゃないことはほんとによく
分かってます。だから悲劇を語りたいわけじゃないんです。
でも、ほんとに、生きているだけで奇跡っていうくらいなんです。
その喜びと、葛藤、それでも生きているって素敵な事なんだと言う
ことを伝えたいのです。
それを音楽に載せて。
仕事としてまだ成り立たないので、自立はいつになる事か分かり
ません。でも今の社会の波に飛び込めないことに情けなさは感じる
けど、でも、私は自分のペースで来ている今を大切にしたい。
がむしゃらに縄につかまるために引きづられながらも行きかう人々
の波に食い下がる、そんなことはできないのですが、それができれば
いいかということでもないと思うのです。
昨日、友人と障害からジェンダーまで語り合いました。
難しい事ではなく
「私は私でいたいだけ。健常者、障害者、男の人、
女の人、全て取っ払って私。私は私。」
かっこいいいねよりも、男らしいねよりも、
原田さんらしいよね、自分らしさを大切にしてるよね。
これが私にとって最高の褒め言葉。
ごめんなさい。心の梅雨が晴れるのはまだちょっとかかりそうです。
マイペースだけど能天気では決してないいんです。
ちょっと今、それが伝わらないことが多くて、苦しいです。
あなただけが苦しいんじゃなくて、みんな、がんばってるんだから。
ごめんなさい。それは百も承知です。
不器用だけど、能天気に見えるかもしれないけど、積み上げた実績
よりか吹いてしゃべって口動かしてばっかりに見えるかもしれない
けど、「伝える」って実はずっしり重い任務みたいなもの。
明日も私らしくありたい。
つまらない事をだらだら書いてごめんなさい。
気持ちがもやもやしてる自分もきちんとかみしめて刻んでおきたくて
長々書いてしまいました。
梅雨の足音がそろそろ聞こえてくる季節。
作物には実りの為に必要な雨だけど、やっぱりジメジメが長く続く
のは嫌になりますよね。でも心だけは晴れやかに行きたい…。
なのに・・・。
なのに・・・。
昨日のショックは思ったより大きかった…。
事故の瞬間を見てしまったのだから…。
今日、バスでその場を通る時、目をつむってしまった…。
気持ちはなるべく前向き!のつもり。
不幸なわけでもないの。
でも、心が晴れない。
このままでは、はれるのは心じゃなくて虫歯の痛みによるお口に
なってしまいそう。まだ痛みはないけどね。
え、はれ違い?
ですです。(笑)
私らしく生きる。私らしく。
それってでも決して楽な事じゃなくて…
でも「逃げ」じゃないって、言ってくださってるのがせめてもの救い。
今日のレッスンは本当に難しかった。
感情を相手に伝える、抑えるのでもなく、でもただぶつけるのでも
なく、きちんと喜怒哀楽を伝える。
特に仕事となると、自分の感情を抑えることが多いこともあると
思うけど、表現者は感情を出してナンボ。
特に私の場合、自殺未遂をしてから「怒り」という感情が消えた。
決して「いい人」って言いたいわけではなくて。
腹が立つようなことがあると、それを通り越して、ただただどうしよう
もなく悲しくなってしまうのです。
「怒り」なんてあまり持たない方がいいのかもしれないけど、表現者と
しては「怒り」を表現することも大事。
相手にその気持ちを持ってもらえるように伝える、表現する。
それが難しい。スクールに4年も通ってて、長くいればいいってもの
じゃないのにと思うほどへこんでしまった。
でも、今日のレッスンで先生が
「私は原田さんが好きなんだよ。原田さんって、自分のペースって
言って、楽器を持ってふらり、気楽そうに見えるでしょ?でもすごい
苦しみを乗り越えて向き合って生きているんだよね」
*ちなみにその先生は男性で、私もとりあえず男性(仮)なので
変な意味じゃないですよ。私の性別は私ですし(笑)
とても嬉しかった!
演奏としゃべり、経験談を語ることでどれだけのことが伝えられる
のだろう?何となく元気が出た、心が軽くなった、それだけでも意味
があるのか?私は十分意味があると思っています。
やっぱり私は「生きている喜び」を表現したいのです。
もうてんかんの発作はないけど病気は過去の事ではありません。
それは逃げでも正当化でもなく。
私は乗り越えることや、向き合うことばかり考えていたけど、
受け入れて、うまく付き合うようにしてもいいんじゃないかと思う。
大変な思いをしているのは私だけじゃないことはほんとによく
分かってます。だから悲劇を語りたいわけじゃないんです。
でも、ほんとに、生きているだけで奇跡っていうくらいなんです。
その喜びと、葛藤、それでも生きているって素敵な事なんだと言う
ことを伝えたいのです。
それを音楽に載せて。
仕事としてまだ成り立たないので、自立はいつになる事か分かり
ません。でも今の社会の波に飛び込めないことに情けなさは感じる
けど、でも、私は自分のペースで来ている今を大切にしたい。
がむしゃらに縄につかまるために引きづられながらも行きかう人々
の波に食い下がる、そんなことはできないのですが、それができれば
いいかということでもないと思うのです。
昨日、友人と障害からジェンダーまで語り合いました。
難しい事ではなく
「私は私でいたいだけ。健常者、障害者、男の人、
女の人、全て取っ払って私。私は私。」
かっこいいいねよりも、男らしいねよりも、
原田さんらしいよね、自分らしさを大切にしてるよね。
これが私にとって最高の褒め言葉。
ごめんなさい。心の梅雨が晴れるのはまだちょっとかかりそうです。
マイペースだけど能天気では決してないいんです。
ちょっと今、それが伝わらないことが多くて、苦しいです。
あなただけが苦しいんじゃなくて、みんな、がんばってるんだから。
ごめんなさい。それは百も承知です。
不器用だけど、能天気に見えるかもしれないけど、積み上げた実績
よりか吹いてしゃべって口動かしてばっかりに見えるかもしれない
けど、「伝える」って実はずっしり重い任務みたいなもの。
明日も私らしくありたい。
つまらない事をだらだら書いてごめんなさい。
気持ちがもやもやしてる自分もきちんとかみしめて刻んでおきたくて
長々書いてしまいました。