昨日、大學堂でばったりお会いして意気投合して、サポセンの活動
発表まで来てくださった方と昨日に続き、待ち合わせ。Twitterで
知り合ったもう一人の方と待ち合わせていましたが、用事があると
言うことで(その方と三人での話は夕方になりました)、とりあえず
はお昼ご飯と「一丁目の元気」に。おかずもしっかり入った唐揚げ
弁当が420円。お店で頂きながらいろいろとおしゃべりしました。

引きこもりの事、不登校の事…色々お話しました。

枠にとらわれないということが本当に大切だねと話しました。

肩書を持つと信用になるかもしれないけど、それで自分らしく生き
られないんだったらがむしゃらに肩書を求める必要があるのか、
ステータスはないかもしれないけど、軸となるものがあって、
リコーダー片手に自分の経験を語っているということ。

やっぱり、5歳までしか生きられないと言われたのに命があって
生きているということ。存在してなかったかもしれない私の命が
ちゃんとあるということ。これは何回、何十回、何百回でも伝えたい
奇跡。それだけでもすごいことだけど、いじめがあり、不登校があり、
引きこもりがあり、自殺未遂があり…できないことはいろいろあるし、
パニックもよくなるけど、本当に、自慢でも何でもなく、これだけの
経験はなかなかできないものだと思うので、逆にいろいろ話ができる
し、気持ちが分かるのです。いじめのつらさも、不登校の苦しさも、
引きこもりのもやもやした心の重さも、死にたいと思う苦しさも、
どの気持ちも痛いほど伝わってくるのです。それは普通につつがなく
暮らせることよりもある意味大切な事なんじゃないか…そう思うのです。

きょう話していて、
「こんなことが自分は苦しいと誰かに話す時、別に同情してほしい
わけではなく、それはしんどいよね、その寄り添う何げない一言、
それだけで気持ちが楽になるんだよね」
とお互い話しました。みんなつらい思いしているんだから!と言われ
た時、それは重々承知しているのです。自分だけがつらい思いをして
るなんてこれっぽっちも思ったことはありません。人が多くて
パニックになりそうだったよ→人が多いと大変だよね。そのやり取り
だけで十分なのです。

その方が、私の、ジェンダーにふれた部分なども冊子などで読んだ
みたいで、やっぱりぱっと見、男の人だからそうなんだって思った
みたいだけど、受け入れてくれたみたいで嬉しかったです。
原田さんは原田さんだから。
それが嬉しかった。
だから、枠なんですよね。
男の人と言う枠で見ると、かっこよさとかイケメンとかが判断基準に
なったり、ましてや本人の口から「あまり男の人と言う目を向けられ
たくない」というと変人扱いされるけど、ただ、
「原田さんと言う一人の人間」でいたいだけなんです。
「男性」と言うのが中心に来て「私」が霞んでしまうのが嫌なのです。

今日、Twitter仲間の方に「原田君と言われても自分を呼ばれている
実感がないので「さん」で呼んでください」と伝えました。変な事を
言ったかなと思ったけど、理解してくださって嬉しかったです。
「男性」の私でなく、「私」という私を見てほしい。
それで私はジェンダーを新たな引き出しに加えました。
長くなるのでまたこの続きはゆっくりと。


さて、月曜には抜歯するか決断しないといけないのですが、ラジオや
演奏を考えたら、万一の手術もさることながら、抜歯後の激しい痛み
が襲うのかも心配です…。