きのうは(正確には日をまたいでましたが)お別れの手紙みたいに
なっちゃいましたね。でも、今の子供たち、いや、どちらかという
と今の大人たちに伝えたいことです。

物や道具も「生きている」ということを。問いかければ返してくれ
ます。相棒にもなれます。よく物や道具はしゃべれないと言います
が、実は、物や道具たち、もっと言えば、自然もそうですよね。
木はしゃべらないって。でも、それらはちゃんと意思表示してます。
私たち人間が、それを理解できなくなってきているのです。まるで
それは空を飛べなくなった、妖精を信じなくなった大人のピーター
パン。「フック」と言う映画でそれが描かれてました。私が伝えたい
「やさしさ、思いやり」はまさにそういうことです。


最近買った本「環境会議・春号」にこんなことが書かれてました。
私がなぜリコーダー片手に地球に目を向けるのか。
地球のこと考えることはそのこと自体はもちろん、そこに目を向ける
ことで別の事も得られるからです。

「あたりまえ」にとらわれない


こう書かれていました。

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「環境思想と呼ばれる分野では、必ずしも自然保護が究極の目的と
されてきたのではない。むしろ、人間が満足してよりよく生きていく
ということの意味が探られてきた。・・・そこで必要なものは、従来
の社会で常識、当たり前とされてきたことにとらわれない自由で柔軟
な考え方である。

「それは理想論に過ぎない」といった言い方を私たちはよく耳にする。
しかし、従来の前提を当たり前と見て未来を構想することが、いつ
でも本当に現実的な対応なのだろうか。従来の当たり前にこだわる
あまり、新しい時代の現実を見誤ってはならない。

こうした状況下で私たち「市民」として何ができるのか。NPOといった
言葉は知られるようになっても、参加の経験が無い人々にとっては
敷居の高いものかもしれない。しかし、市民活動と言うものは、大変
な覚悟をすることもなく、誰にでも気軽に関われるものである。
さらに、その取り組みに生きがいや満足や楽しさを感じられる活動
でもある。自分の未来を他人任せにするのではなくて、家庭から出て
社会にコミットしていくことから生まれる充実感や満足感は生きる
事の豊かさにつながる。

環境思想は「共生」と言う言葉をスローガン的に用いて、「勝ち組、負け
組」と言った言い方さえ生みだしてしまった競争主義に基づく満足感に
変わる価値観を追い求めてきた。ゼロサム(合計がゼロ。自分が得を
するためには相手にその分だけ損をさせる)ではなく、互いに互いの
存在が豊かさをもたらすようなウィン・ウィンな関係のあり方を市民
社会の中に探し求めてきた。

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本当の豊かさとは?と言うことです。


平和の大切さ、自然の大切さを伝える時、それだけでなく、この事
に目を向けてほしいからなんです。それは平和、エコの中に隠れた
大切な、大切なメッセージ。それをリコーダー演奏と共に受け取って
いただいて、少しでも豊かな、少しでも視野の広い人になってほしい
という願い。だから、リコーダー演奏の合間の話に戦争、地球の話
もするのです。

「リコーダーを通して、人にも地球にも優しなれる」

きっと。