もう直ぐ齢37となりますが、
今一番何がしてみたいかと問われたら、やはりバンドなのです。
幸か不幸か、富山から親の転勤で名古屋に行かされたのは小5。
中学1年までの3年を名古屋で過ごし、周りの友達達は中学に入ると少年ジャンプと並行してヤングマガジンを読み出し、思春期丸出しでエロに興味を持ち、更にブルーハーツやジュンスカ、リンドバーグ、たま、ジッタリンジンなどの音楽を聴き始めてました。
中学2年になると富山にカムバックしたのですが、やはり土地柄の違いからか、名古屋の友達との雰囲気とはまたかけ離れてまして、
どちらかと言えば、
名古屋はさらけ出してた。
富山はカッコ付けてた。
共通の話題と言えばエロと笑い。
例えばブルーハーツを仲良しの友達は誰も聴いてなかったし、でも洋服に関してのカッコ付けは富山の友達の方が早かった。
そんなこんなで、好きな音楽に対して共感したり、他の音楽を掘り下げたりなど全くないまま高校生活も過ぎて行く中で、
たまたまnirvanaを聴いてた友達からCDを借りてドッカーンとなりまして、更にsex pistolsの音は聴いたことないけど、アートワークにドッカーンとはしてた。
美容院にドキドキしながらsex pistols出てるロッキンオン持ってって、ジョニー・ロットンの髪型にして下さいって頼んでたし。
まだ一回もsex pistols聴いたことも無いのに。
そんな高校生のある日、久々に名古屋の友達に会いに行き、同級生の話を聞いたり、中学の卒業アルバムを見せて貰ったらビックリ。
やはり誰かがバンドしてたり、BE-BOPのマンガや映画の世界でしかないと思ってた、ブーツ狩りも全盛。
久々に都会に舞い降りた田舎もんは、余裕ぶっこきながら聞いてはいたが、心の表情は引きつってたわけです。
富山へと帰る車内で鼻をかむと、真っ黒な鼻水。
空気がこんなにも違えば、人も汚れるよなぁ~なんて屁たれな僕は思っておりました。
富山の高校生で友達になる人達とは、やはり音楽の話よりは、洋服がメイン。音楽は大人びたR&BやHOUSEなど。
さらけ出した音楽が好きな僕には退屈過ぎました。
カッコ付けた輩だらけです。
そんで、田舎もんは東京へ行くべきだって誰かが言ってた。
そんな言葉に納得しつつも何となく、違和感を感じてた。
ある日、やはり僕は変わり者だと言われました。
今となっては全く気にならないですが、思春期真っ盛りの視野の狭い当時は結構気にして、周りに合わせるべきか、意地を張るべきか少し悩みました。
んで、やはり名古屋の方に大学進学して、
だけど変わり者って言葉に脳を犯されてたから富山のカッコ付け感を抱いたまま、
大学時代は周りに壁を作り続け友達も出来ないまま孤独に日々を過ごしてました。
の、再生。
ザッザッザッと行進音からのギターがジャカジャーン!!
ドドドドっとドラムが鳴り、挑発的なボーカルが痙攣してるかのような声と歌い方。
全ての意識がぶっ飛び、全身鳥肌。
思わずベッドにダイブして、鬼リピート。
そこから大学時代はパンクロック、ハードコアまで聴きあさりました。
1999年のある日、NY ハードコアのSKARHEADのライブを観に今池ハックフィンへ。
間違ってたら嫌だから、熱い目線を送ってたら気付いてくれた。
やはり名古屋小、中学時代の同級生でありました。ホモかってくらいの熱い抱擁。
”何でおるの?スゲー!!”って。
ハードコアのライブ会場で再会したという素晴らしい展開。
そんで、その友達には沢山のバンドや名古屋ハードコアシーン、音楽を教えて貰ったし、僕の下手くそなギターと、友達のベースで好きな曲を鳴らしてみたりと、
それはそれは楽しかったわけです。
そんな期間も大学卒業と同時に無くなり、就職活動が馬鹿らしくて就職せず、バイトしてフラフラ。
そんで、バンドに憧れながらも、自分のやりたいことはコレだ!と、あるイベントでやってたグラフィティのライブペイントを見て、それがステンシルに発展し、今に至るんです。
だから、
バンドしてみてーなー!!!!!
パンク/ハードコアだけじゃなくてレゲエも聴けるようになったし。
楽器素人ですがね。
遅れてきた不発弾初期衝動。
だけど富山じゃ無理クサイけどね。
名古屋に居たら出来たかなー?