こちらは2015年に野村総研とオックスフォード大による共同研究で、曰く「人工知能やロボット等による代替可能性が高い100種の職業」とのことです。10年あまりが経過して人工知能も大いに開発が進みましたが、代替の方はいかがでしょうか? むしろ代替されるどころか、現実には人手不足が進んでいる職種の方が多いようにも見えます。ここまで無様に予測を外した原因は何か、「対象となる職業への理解に乏しかった」から、業務の実態を知らぬまま「あんな仕事はAIや機械で置き換えられるだろう」と切り捨ててしまったから……思い浮かぶのはそんなところです。
私に言わせれば、こんな適当な発表しか出来ない野村総研やオックスフォードの関係者の方こそ能力不足による解雇がふさわしいと思うのですが、得てしてそういう輩ほど地位は安泰なのかも知れません。結局、待遇をや評価を決めるのは「偉い人がどう思っているか」であって、それは必ずしも実態に即したものではないわけです。世の中に欠かせない仕事ほど軽んじられて低賃金が常態化する一方で、コンサルのように世の中に害しかもたらさないような仕事には高額の報酬が何ら疑問を持たれることなく支払われる等々、全ては偉い人に気に入られるかどうかの世界ですから。
省庁の予算の無駄をAI点検、今夏に厚労省や国交省など実証実験…効果確認なら28年度実施(読売新聞)
政府はこの夏、各府省庁の予算の無駄を点検する「行政事業レビュー」でAI(人工知能)の活用を始める。事業内容の評価や改善提案といったレビューをAIに行わせる初の実証実験を実施する。効果が確認されれば、同様の機能を導入した新システムの運用を2028年度から開始する。
各府省庁は毎夏、事業の目的や予算額、成果指標などをまとめた「レビューシート」を作成し、外部有識者を交えて自己点検している。点検結果を踏まえて事業内容を改めて精査し、必要な予算を要求する流れだ。作成するシートは全府省庁あわせて毎年約6000部に上り、点検に膨大な手間がかかることから、AI導入で効率化を図る。
私の勤務先でも上の方々が「AI! AI!」と年甲斐もなく大はしゃぎしていて辟易させられていますが、官公庁も似たようなものなのでしょうか。これが本当に業務の効率化に繋がるのであれば結構なことですけれど、しかし「行政事業レビュー」なんて代物の方こそが真っ先に削減すべき無駄なのではないかと思えてなりません。記事でも「点検に膨大な手間がかかる」とのこと、ならばAIを使うよりもまず、不必要な点検作業そのものを削ることの方がずっと効果的では?という気がします。こんなものは元より「無駄削減のための取り組みを進めました!」というアリバイ作りにしか見えませんし。
組織のどこに無駄があるのか、そんなことは実際に業務を担っている人に聞けばすぐに分かるものです。しかし「何が無駄であるか」は、何がAIで代替可能であるかと同様に「偉い人が決めること」というのが官民問わず常識なのかも知れません。現場の平社員の見解で組織が動くようなことがあってはならない、幹部層が指揮を執って組織全体を動かして初めて問題が分かる、そして上層部の示した「改革」によって問題が改善される──どこもかしこも、そんなシナリオに沿って動いているものなのでしょう。
実務を担っている人々がいくら実情を訴えたところで組織は動かない、しかし偉い人々が「こうだ」と思い込んだら、その思い込みに従って組織に属する全員へ号令が飛ぶものです。だからこそ、間違った人間を「上」の地位に就けてはならないのですが、政治の世界も経済の世界も、同じ過ちを繰り返して今に至るのかも知れません。そして地位を得た人が再び間違った人間を引き上げる、そんな負の輪廻が出来上がっているわけです。現状をどうにかしたくとも決める権限は常に偉い人の手に、こうなると出来るのはテロぐらいしかなくなってしまいますね。
何はともあれ私の勤務先でもAI万能論が吹き荒れ、ことあるごとに「AIを使って○○を××しました」との成果発表を求められています。「行政事業レビュー」も然り、「AIを使って」解決したと、そうアピールしたい思惑が象徴の上の方で渦巻いているのでしょう。確かに流行の手法で解決した(かのような)発表が出来れば当人の評価は高まるものと思われますが、しかし業務にAIをねじ込むよりももっと他にやるべきことがいくらでもある、ただ権限のある人々が耳を傾けないだけ、みたいなことは少なくないはずです。AIの発展で何かが良くなったと言うよりは、ただ浮かれ騒ぐ阿呆が増えただけ、ぐらいが現状のような気がしますね。それでも何でもかんでもAIを使うのが最先端だと偉い人が思い込んだが最後、重視されるのは現場の声ではなくAIの生成物の方のようです。

