《長女は“意向聞かれてない”と告白》巨人・阿部前監督が現行犯逮捕→辞任、ネットでは110番通報した“児相が悪い”論も…児相の担当者が明かした通報の「基準」(女性自身)

5月25日、プロ野球・読売ジャイアンツの阿部慎之助前監督(47)が18歳の長女に暴行を加えたとして現行犯逮捕された事件。阿部氏は翌日未明に釈放され、朝に山口寿一オーナー(69)と面会して辞任を申し入れると、直後の記者会見では「伝統ある巨人軍の監督の名を汚してしまった」と謝罪した。 

報道各社によると、阿部氏は東京・渋谷区内の自宅で、長女と15歳の次女の喧嘩の仲裁に入ったところ、長女に言い返されたことに腹を立て、胸ぐらをつかんで押し倒すなど暴行を加えた疑いが持たれている。25日19時ごろ、長女が児童相談所に「父親から暴行を受けた」との相談があり、児童相談所が110番通報。阿部氏は容疑を認めているほか、警察の呼気検査の結果、飲酒していたとみられている。


(中略)

本誌が26日、児童相談センターに対して、賛否が起こっている対応について問い合わせると、担当者は「(センターの)時間外の問い合わせについては、まず189の番号(児童相談所虐待対応ダイヤル)にお電話いただき、委託先の業者で対応することになっています。極力、ご相談者様の意向に寄り添ってお話を聞かせていただきますが、身体に差し迫った危険があると判断した場合は、警察に連絡することも考えられます」と語った。

 

 世間を騒がせている読売球団の阿部"前"監督の逮捕ですが、長女がAIに相談、AIが児童相談所を案内、児童相談所が警察に連絡、そこから現行犯での逮捕と話が急展開し、通報者である長女もまた驚いていると伝えられています。まぁ暴力なんて当たり前の時代に育った身からすれば、暴力は許されない云々との建前こそ理解できるものの、逮捕は流石に行き過ぎとの印象も拭えません。近代の法律とは権力による過剰な罰を制限するものでもあるわけで、何か一つ悪いことをしたからと行って必要以上に罰を下して良いものではない、報道されている状況から判断する限り逮捕まですべきか?というのが私の見解です。

 ……ですので、本当に現行犯での逮捕が必要なほどの状況であったのか警察への取材なりがあっても良さそうに思えます。ただ、この辺は表に出てくるまで時間がかかるのかも知れません。取り敢えず分かっているのは、怪我人は出ていないこと、そして児童相談所が通報者を通り越して一気に警察まで話を持っていったことでしょうか。この児童相談所の対応についてはそれなりに物議を醸しており引用元でも取材したようで、曰く「委託先の業者で対応することになっています」とのことでした。通報があっても虐待で殺される子供がいる一方で今回の結果はご覧の通り、困惑する人がいるのも頷けます。

 現代は「公」の仕事も民間の仕事も実務は外注、ヨソの業者へ委託するのが当たり前の時代です。ただ得てして委託業者ともなれば自分の判断を介在させることが難しくなるところ、委託元から示された手順に沿った「マニュアル通りの」対応しか許されないものです。さらには「対応した件数」あたりが評価指標として設定されている場合も多いでしょうか。親身になって通報者の話を聞く、通報者を落ち着かせて緊急性の度合いを確認する、そんなことに時間をかけているよりも「暴力」とのキーワードがあれば即座に警察へ通報、時間をかけず速やかに次の相談に対応する……ぐらいが「委託先の業者」としては最適な行動だった可能性もありそうです。

 いずれにせよ阿部慎之助は監督の職を辞し、無職となりました。早急に親子を引き離さねばならないような非常事態であればいざ知らず、「父親には態度を改めて貰いたいけれど、失業までされたら自分も困る」ぐらいの家庭の子からすると、ちょっと児童相談所というもののハードルが高くなってしまったようにも見えます。相談に乗って欲しい、父親に注意して欲しい、しかし児童相談所に相談したいことがあっても父親が逮捕される可能性があると知れば、逆に通報を躊躇う子供も今回の件で出てくるのではないかな、と。当事者の知名度や世の中への影響の度合いを考えれば、まず警察が逮捕の理由を早めに説明すべきかも知れません。

 

児相で保護の15歳と性行為疑い 委託先の31歳元職員を逮捕(毎日新聞)

 東京都の児童相談所で一時保護した15歳の少女と性行為をしたとして、警視庁少年育成課は27日、一時保護所の非常勤職員だった熱海和輝容疑者(31)=江戸川区江戸川5=を不同意性交等容疑で逮捕したと発表した。少女が退所後に交際関係になったといい、「保護中は恋人未満の認識だった。性行為は30回くらいあった」と供述しているという。

 警視庁によると、熱海容疑者は当時、都が一時保護業務を委託した先の職員だった。一時保護所には2024年6月から勤め、保護児童の食事や遊びの世話をしていた。少女の年齢や保護理由も知っていたという。

 

 一方こちらも児童相談所の話で、「都が一時保護業務を委託した先の職員」が事件を起こしたそうです。これは流石に逮捕もやむなしでしょうか。「業務委託先」でも誠実に仕事をこなしている人は多い、むしろ大半の業務委託先が信頼できるからこそ外部委託が進んでいるとも言えますが、ここは逆に「業務委託じゃダメだ、外部の委託先は信用できない」ぐらいの感覚が横行した方が世の中のためになりそうな気がします。時に問題はあれども、総じて「任せられる」からこそ外注先への委託が横行しているのが現状です。ただ反対に委託先への不信感が高まれば高まるほど、「任せられない」がゆえに本来責任を負うべき組織の人間が自ら実務に当たるようになる、そうなった方が今より良い社会を築けるのでは?と私は思います。

 ウクライナを舞台にしたロシアとNATOの戦争ですが、相変わらず日本国内では大本営発表が繰り返されています。現実にはロシア軍の緩やかな前進が続いているものの、人的犠牲を厭わぬウクライナ傭兵団の抵抗を突き崩すには至らず、と言ったところでしょうか。落葉の季節になるとドローンの監視から隠れることが困難になる、冬になると流石のロシア兵でも行動を制限される、雪解けの時期になるとウクライナの土壌は泥沼化して舗装路以外は車両が使えなくなる等々、気候上の要因から本格的な攻勢は夏が中心になるのが通例です。この夏に何らかの決定的な動きが見られるかどうかが、今後の分かれ道になるかも知れません。

 一方でアメリカはイランの政権転覆工作を早々に諦め、民間人もろとも指導者を爆殺する凶行に走りました。この結果としてペルシャ湾の通航制限が発生し原油価格が急騰するなど中東地域以外にも大きな影響がもたらされています。原油輸出国であるロシアも巡り巡って利益を得ると言われたものですが、これを嫌ってロシアの港湾施設へウクライナからのドローン攻撃が活発化しているのは本ブログでも以前書きました。トランプ大統領は原油価格高騰への対策としてロシア産原油購入への制限を緩めた一方、ウクライナは原油流通の妨害を続けている、この辺はNATO陣営の足並みの乱れと言えるでしょうか。

 

ロシア、安保理でラトビア威嚇 ドローン攻撃の拠点と主張(共同通信)

 【ニューヨーク共同】国連安全保障理事会は19日、ウクライナ情勢を巡る会合を開いた。ロシアはウクライナがラトビアなどバルト3国からドローン攻撃を仕掛けようとしていると主張し、ラトビアへの攻撃を示唆して威嚇した。ラトビアは「全くのうそだ」と反論し、応酬となった。

 ロシアのネベンジャ国連大使は「ウクライナのドローン部隊が既にラトビアに派遣されている」と主張。ロシアの情報機関はラトビアの意思決定機関の座標を把握しているとし「北大西洋条約機構(NATO)加盟国でも報復から守られることはない」と述べた。

 これに対し、非常任理事国ラトビアのパブルタデランド国連大使は「全くの虚構だ」と否定した。

 

 ウクライナからのドローン攻撃は必ずしもウクライナ領から直に行われるものではなく、フィンランドやエストニア、そしてラトビアから飛んでくることも少なくありません。対策としてロシアは国境沿いに電波妨害装置を配備、ドローンの制御を奪うことで事前に墜落させることを試みていると伝えられています。そんな中で先般はラトビア国内でドローンの墜落が相次ぎ、石油備蓄施設を損傷させる一幕もありました。このドローンはウクライナが飛ばしたものであるとラトビアの国防省が認めたことから事態は紛糾、最終的には国防相が辞任することになったのですが、その結果が上記の報道に繋がっています。

 今はロシアが自制していることからバルト海方面の戦端は開かれていません。ただ電波妨害だけでドローン攻撃を防ぐのは難しい、より確実に攻撃を防ぐためには「国境を越える前に」空中で打ち落とす必要があります。すなわちドローンを撃墜すべく、ロシアがラトビアやエストニアの上空に防空ミサイルを打ち込むことです。今はその前段階に既に至っている、ウクライナのために自国の空域を解放しているフィンランドやエストニア、ラトビアはロシアに対するチキンゲームを続けている状況と言えます。しかし建前上は空域の開放を認めない、実際のドローンが墜落してもなお「全くの虚構だ」などと言い募っているわけです。

 ウクライナは一貫して「第二戦線」の展開を企図しており、そのためにロシア南西部(ウクライナ方面)だけではなく、バルト海方面やコーカサス方面、時には極東方面の軍事施設への破壊工作も定期的に繰り返されてきました。日中関係で例えるなら、沖縄ではなく北海道の基地にドローンが飛んでくるようなもので、要するに交戦国だけではない他の国が攻め込むための好機を作ろうとする、二国間の戦いから世界大戦へのエスカレーションを狙った試みが続けられているわけです。今のところNATO諸国は資金を拠出して兵器を送るだけ、あくまで「自国の血は流さない」スタンスを貫いています。しかし上述のチキンゲームを続けている限り、次なる段階へ進む可能性がないとは言い切れないでしょう。

 ただEU/NATO側には別の思惑もあります。ウクライナでは反対派の議員が身柄を拘束され野党の活動も禁止と翼賛体制が敷かれている一方、その実は「政府から独立した」汚職対策機関が存在しており、イェルマーク前大統領府長官が摘発されるなどゼレンスキー前大統領の側近が続々と辞任を余儀なくされている状況です。この「政府から独立した」汚職対策機関はアメリカやEU、IMFの支援で設立されたもので、ウクライナがEU加盟候補となる条件として受け入れを求められたと伝えられています。すなわち、EU/NATOがウクライナに圧力を掛け意のままに操るための出先機関でもあるわけですね。

 ウクライナ側の意図は先述の通り、世界大戦へのエスカレーションです。自国だけでロシアと戦うのではなく、バルト海方面他にも戦端を開いてNATOの本体と戦わせる、それがキエフ政権の戦略と言えます。一方でNATO側は自分の血を流すつもりはない、戦うのはあくまで傭兵たるウクライナ人であり、自分たちは武器の供給に徹する、その姿勢を崩していません。キエフ政権はNATO入りを懇願し続けているものの、この点ではNATOの本家筋と明確な隔たりがあると言えます。

 ウクライナ傭兵団がロシア軍の攻勢を押し戻すことが出来ない最大の要因は、兵力の不足にあるとの見方が一般的です。いかにNATOが兵器を送っても、出来るのはロシアへの「嫌がらせ」的な「点」のレベルの攻撃に止まっており、前線を支える人員が足りない以上は「面」を抑えることが出来ていないわけです。だからNATOはキエフ政権に「動員年齢を18歳以上にまで引き下げること」を迫っているのですが──この点だけはゼレンスキーが頑として拒否続けている領域だったりします。

 参考、若い人は徴兵を恐れなくても良いと思う、若い間は

 NATOがウクライナ人を最後の一人までロシアと戦わせるべく動員年齢の引き下げを求めている一方、ウクライナ側は当初27歳以上だった動員対象年齢を2024年に25歳以上に変更するに留めており、NATOの要求との隔たりは大きいままです。しかも2022年以来「成人男性は国外出国不可」だったはずが「22歳までは出国可」と逆に緩和されるなど、むしろ若年層を守る傾向は強まっています。この辺、氷河期世代の賃金は据え置きで新卒者の初任給ばかりを引き上げる日本社会との共通点を見いだせないでもありませんが、ともあれNATOとしては「若者であろうとウクライナ人は戦わせる」方針、キエフ政権側は「中高年は戦わせるが若者の動員は避ける」方針で、ここには明確な違いが存在します。

 だからこそNATOは「独立した」汚職対策機関を使ってキエフ政権に圧力をかける、ゼレンスキーに言うことを聞かせるべく側近を次々と失脚させているわけです。ウクライナ人を絶滅させるまでロシアと戦わせたい英独仏と、若年層は保護して第三次大戦へのエスカレーションを狙うゼレンスキー、彼らの思惑は反ロシアでは共通するものの、相容れないところもあります。英独仏のネオコン三銃士はトランプ後にアメリカがネオコンに回帰まで粘り続ける目算でしょうけれど、イギリスでは地方選挙で与党が新興右派勢力に大敗を喫するなど、彼らの政権もまた盤石ではありません。NATOとロシアの争いの舞台となったウクライナへ真の解放をもたらすのは、戦場での趨勢よりもNATO陣営の自壊であるような気がしますね。

ニデックが品質不正の疑い、不正会計に続き調査委設立へ…背景に永守重信氏による過度なプレッシャーか(読売新聞)

 モーター大手のニデックが、製品の品質に関して不正を行っていた疑いがあることがわかった。昨年5月以降、相次いで発覚した不正会計を受けて社内調査を進める中で判明したという。不正会計と同様に、創業者の永守重信氏による過度なプレッシャーが背景にあった可能性がある。

 関係者によると、13日にも、外部の弁護士らによる調査委員会を設ける方針を発表するとみられる。不正行為は多数の拠点で繰り返され、製品の設計変更や検査データの改ざんなどが行われていた疑いがある模様だ。

 ニデックは今年4月、相次いで見つかった不正会計について第三者委員会の最終報告書を公表した。不正会計の背景に、永守氏による業績目標の実現に向けた強すぎるプレッシャーがあったと結論づけ、最終利益のマイナス影響が累計1607億円に上ると指摘した。品質不正も利益を最優先する企業風土が招いた可能性がある。

 

 私の勤務先ですと「カラアゲ」なんて言葉が一時は流行っていました。もう少し一般的な用語に直すと「カラ受注」……と言っても違法な架空取引とまでは行かず、あくまで幹部連中への報告の範囲内で架空の受注を報告することを指していたわけです。この辺は管理部門も把握済、報告額をそのまま会社の受注額として受け止めることはなく割り引いて認識されてもいたのですが、それで良いのかと思うところもあります。経営層が現場の営業所長を締め上げれば締め上げるほど、上がってくる報告上の数値は改善される、しかし実際の売上は必ずしも報告された金額と比例しない、そんな「カラアゲ」が横行していたものです。

 なお過去形で書いたのは単に、私が営業部署から離れたからです。今も横行しているのかどうかは分かりませんが、あまり解消しそうな要因がないことだけは確かかも知れません。何はともあれ「プレッシャーをかければ報告上は何でも改善される」のはヨソの会社でも共通することなのだと思います。上記の引用元で伝えられているニデックの不正についても然り、「創業者の永守重信氏による過度なプレッシャーが背景」とのことで、どこの会社も立場の強い人間が迫れば、それに応えて報告上の数値だけは好ましいものが作られるわけです。

 本来であれば正確な現状把握こそが問題点の発見につながる、組織として対処すべき課題も明らかになるところですが、しかし経営層の求めに応じて「美しい報告」を作り上げてしまえば、現状は隠蔽され経営判断もまた誤った認識に基づいて行われることになるでしょう。総じて偉い人ほどナイーブなもの、自身のプレッシャーによって現場が報告を歪めてきたとは思わず、自身が発破をかけたことで事態が改善されたと、そう思い込んでしまいがちです。かくして幹部連中は現場にプレッシャーをかけ、好都合な報告を挙げさせることで仕事をしたつもりになる、こんなサイクルはどこの会社にも普通にあると思います。

 ただ、どれほど美しい報告を積み重ねたところで現実の何かが上向くことはありません。私の勤務先でも年度末の度に報告と実際の受注額のズレを究明する作業が繰り返されていましたし、ニデックの場合も結局は隠蔽しきれず改竄が明るみに出たわけです。なんとも不毛な話ではありますけれど、ただ偉ぶるしか能のない経営層としては現場にプレッシャーをかける以外に出来ることがない、現場の人間としても評価を得るためには実態をそのまま伝えるよりも「上の人が喜びそうな」報告を作る方が自身のキャリアにとって都合が良い、それは多くの組織で共通しているのではないでしょうか。

 受注額や会計、品質の話など最終的な結果がいずれ明らかになるものであれば、結局は「膿」が出てくるものなのかも知れません。一方で自己申告で完結してしまう世界もまたあり、そうなると嘘に嘘を塗り重ねることで実態が露になることなく永遠に先送りされてしまう領域もあるように思います。典型的なのがAI活用の世界で、これは先週も触れましたとおり私の勤務先では偉い人々がAIに熱狂、とにかく流行に乗り遅れるなど社員にAIの利用を迫っています。そして「AIを使って○○を××時間削減しました!」とAIによる効率化の成果を発表するよう求めているわけです。

 得てしてこうした類いに反応するのはAIに詳しい人ではなく、「出世が得意な人」の方です。上の連中が何を期待しているか、何を伝えれば喜ばれるか、そういうものに敏感な人ほど弊社ではAI活用に積極的で、諸々の組織が思い思いに成果発表会を開催していたりします。どこも景気の良い発表が繰り返され、AI活用を進めたことで弊社の業務環境は劇的に改善された──ことになっているのですが、しかし実態はどうなのかと首を傾げざるを得ないところもあります。ただ決算も何もない自己申告の世界となると第三者による検証の機会は永遠に訪れない、「言ったもの勝ち」の世界になっているのが現状です。

 かくして幹部層は次々と披露されるAI活用の成果にご満悦、出世が得意な人はAI活用の伝道師として大いに称揚され、残る社員にも今以上にAIを利用するよう組織ぐるみで奨励される、そんな日々が続いています。これほどまでにAI活用によって業務が効率化されたのであれば社員のリストラに着手した方が良いのではないかと思わないでもないのですが、取り敢えず弊社の偉い人はAIに大興奮、さらなるAI活用のために「AI人材の育成」、AI利用を促進するための新組織の設立、AI活用を指導するための外部コンサルタントの招聘等々、今のところは「人を増やす」方向に進んでいます。それが適切かどうかは、もう知りません。

 

 こちらは2015年に野村総研とオックスフォード大による共同研究で、曰く「人工知能やロボット等による代替可能性が高い100種の職業」とのことです。10年あまりが経過して人工知能も大いに開発が進みましたが、代替の方はいかがでしょうか? むしろ代替されるどころか、現実には人手不足が進んでいる職種の方が多いようにも見えます。ここまで無様に予測を外した原因は何か、「対象となる職業への理解に乏しかった」から、業務の実態を知らぬまま「あんな仕事はAIや機械で置き換えられるだろう」と切り捨ててしまったから……思い浮かぶのはそんなところです。

 私に言わせれば、こんな適当な発表しか出来ない野村総研やオックスフォードの関係者の方こそ能力不足による解雇がふさわしいと思うのですが、得てしてそういう輩ほど地位は安泰なのかも知れません。結局、待遇をや評価を決めるのは「偉い人がどう思っているか」であって、それは必ずしも実態に即したものではないわけです。世の中に欠かせない仕事ほど軽んじられて低賃金が常態化する一方で、コンサルのように世の中に害しかもたらさないような仕事には高額の報酬が何ら疑問を持たれることなく支払われる等々、全ては偉い人に気に入られるかどうかの世界ですから。

 

省庁の予算の無駄をAI点検、今夏に厚労省や国交省など実証実験…効果確認なら28年度実施(読売新聞)

 政府はこの夏、各府省庁の予算の無駄を点検する「行政事業レビュー」でAI(人工知能)の活用を始める。事業内容の評価や改善提案といったレビューをAIに行わせる初の実証実験を実施する。効果が確認されれば、同様の機能を導入した新システムの運用を2028年度から開始する。

 各府省庁は毎夏、事業の目的や予算額、成果指標などをまとめた「レビューシート」を作成し、外部有識者を交えて自己点検している。点検結果を踏まえて事業内容を改めて精査し、必要な予算を要求する流れだ。作成するシートは全府省庁あわせて毎年約6000部に上り、点検に膨大な手間がかかることから、AI導入で効率化を図る。

 

 私の勤務先でも上の方々が「AI! AI!」と年甲斐もなく大はしゃぎしていて辟易させられていますが、官公庁も似たようなものなのでしょうか。これが本当に業務の効率化に繋がるのであれば結構なことですけれど、しかし「行政事業レビュー」なんて代物の方こそが真っ先に削減すべき無駄なのではないかと思えてなりません。記事でも「点検に膨大な手間がかかる」とのこと、ならばAIを使うよりもまず、不必要な点検作業そのものを削ることの方がずっと効果的では?という気がします。こんなものは元より「無駄削減のための取り組みを進めました!」というアリバイ作りにしか見えませんし。

 組織のどこに無駄があるのか、そんなことは実際に業務を担っている人に聞けばすぐに分かるものです。しかし「何が無駄であるか」は、何がAIで代替可能であるかと同様に「偉い人が決めること」というのが官民問わず常識なのかも知れません。現場の平社員の見解で組織が動くようなことがあってはならない、幹部層が指揮を執って組織全体を動かして初めて問題が分かる、そして上層部の示した「改革」によって問題が改善される──どこもかしこも、そんなシナリオに沿って動いているものなのでしょう。

 実務を担っている人々がいくら実情を訴えたところで組織は動かない、しかし偉い人々が「こうだ」と思い込んだら、その思い込みに従って組織に属する全員へ号令が飛ぶものです。だからこそ、間違った人間を「上」の地位に就けてはならないのですが、政治の世界も経済の世界も、同じ過ちを繰り返して今に至るのかも知れません。そして地位を得た人が再び間違った人間を引き上げる、そんな負の輪廻が出来上がっているわけです。現状をどうにかしたくとも決める権限は常に偉い人の手に、こうなると出来るのはテロぐらいしかなくなってしまいますね。

 何はともあれ私の勤務先でもAI万能論が吹き荒れ、ことあるごとに「AIを使って○○を××しました」との成果発表を求められています。「行政事業レビュー」も然り、「AIを使って」解決したと、そうアピールしたい思惑が象徴の上の方で渦巻いているのでしょう。確かに流行の手法で解決した(かのような)発表が出来れば当人の評価は高まるものと思われますが、しかし業務にAIをねじ込むよりももっと他にやるべきことがいくらでもある、ただ権限のある人々が耳を傾けないだけ、みたいなことは少なくないはずです。AIの発展で何かが良くなったと言うよりは、ただ浮かれ騒ぐ阿呆が増えただけ、ぐらいが現状のような気がしますね。それでも何でもかんでもAIを使うのが最先端だと偉い人が思い込んだが最後、重視されるのは現場の声ではなくAIの生成物の方のようです。

 アメリカとイスラエルによるイラン攻撃に端を発し船舶の滞留が続くペルシャ湾ですが、先日は「出光丸」のホルムズ海峡通過が発表されました。高市政権はあたかも政府の交渉の成果であるように語っていますが、しかるに現時点で通過を確認されたのは出光丸の一隻のみ、そもそも日本政府はこれまでアメリカに忖度してイラン政府との交渉を拒んできた、抜け駆けはしないなどと称して個別に通過許可を取り付ける国とも距離を置く側であったはずです。普通に考えれば「日本の」船を通すという話ではなく、「出光」だけの特別扱いと理解すべきでしょう。

 

ホルムズ海峡通過の出光丸、行き先は「名古屋」 厳戒下の決断、73年前の日章丸事件想起(産経新聞)

 ホルムズ海峡を通過した出光興産系の原油タンカー「IDEMITSU MARU(出光丸)」は日本時間29日午前、オマーン湾をインド洋に向かって航行しているとみられる。イラン革命防衛隊に近いとされるタスニム通信は、出光丸はイラン側と調整の上で通過したと報じた。船舶位置情報の提供サイト「マリントラフィック」の目的地表示は「FOR ORDER」(注文用)から「Nagoya, JAPAN」に変わった。出光による厳戒下の石油輸送は、73年前の「日章丸事件」を想起させる。

 

 出光の何が特別なのか、その経緯は産経新聞すらもが紙幅を割いて説明しています。要するに70年以上前もイランは制裁下に置かれていたのですが、そんな中でも出光興産のタンカーがイギリス海軍の封鎖を突破して石油を買い付けた過去があるわけです。イランから見れば出光は制裁の中でも変わらぬパートナーだった、そして英米の脅迫に屈せぬ勇気と行動を示した存在でもありました。現代の船舶は至って恣意的な船籍に始まり、乗組員も多国籍、船の所有者とは無関係な国との取引に使われる等々、一口に「どこの国の船」とは言い切れずイラン側も通すべき船と通さない船の選別には苦労していると思われますが、それでも出光の威光は長い年月を経てもなお消え失せてはいなかったようです。

 

日章丸描いた百田尚樹氏、ホルムズ通過「さすが出光」 飯山陽氏「イランのプロパガンダ」(産経新聞)

 出光興産系の原油タンカー「IDEMITSU MARU(出光丸)」がホルムズ海峡を通過し、日本に向かっていることについて、昭和28(1953)年の日章丸事件などを描いた「海賊とよばれた男」の作者で日本保守党の百田尚樹代表は「さすが出光」と称賛した。一方、イスラム思想研究者の飯山陽氏は「通過を巡ってイランのプロパガンダが行われている」と警鐘を鳴らした。

 

 この出光の過去と現在の逸話をどう評価するか、「右」の反応は興味深くもあります。取り上げられている片方は百田尚樹で、流石に自身の小説のモデルだけあって肯定的に評価している一方、飯山陽はイランのプロパガンダ云々と、ある意味で予想通りの反応でしょうか。「プロパガンダ」の代わりに「ナラティブ」とか「認知戦」みたいな用語を使うと一層、今風の国際政治学者っぽい感じが出そうですね。何はともあれ世間の反応を見るに「右」に傾倒するほど出光丸の一件に対する反応は飯山陽のそれに近くなるように思われます。

 はだしのゲンが書かれた当時から日本の右翼はアメリカのヒモ、日本の国益よりもアメリカ崇拝が勝るのが多数派でした。それに加えて冷戦終結後はアカデミズムの領域でも「勝者」たるアメリカの絶対視が徐々に支配的になっていったかに見えます。今や宗主国の言語に通じていることこそが教養の証、アメリカで認められることこそが日本人にとっての最高の栄誉、アメリカに付き従う以外に日本の進む道はなしと、極めて偏った主張を繰り広げる「研究者」や「専門家」は産経人脈に限った話ではなくなってしまったようです。



 イラン政府は今回の一件で日章丸事件を引き合いに出しています。一律に日本の船を通すのではなく、あくまで出光の船を通しただけ、そこには当然ながらイラン政府からのメッセージが含まれていると理解すべきでしょう。日章丸の精神を思い出せ──英米諸国にひれ伏すだけではなく自国のために勇気を持って行動した昔の日本人にイランは敬意を示したわけです。日本に限らず、とりわけ冷戦後はアメリカ一極支配の中で「先進国」ほど宗主国に付き従う外交が当たり前となりました。しかしイランがそうであるようにアメリカを敵に回しても自らの主権を守り続ける国もあります。ならば日本にだって同じことができるはずだ、と。

 「SNSのせいてお前らは他人をバカにしても顔面を殴られない環境に慣れすぎている」とはマイク・タイソンの言葉ですが、似たようなことはアメリカとその衛星国にも言えるような気がします。とりわけソ連が崩壊した後は、ライバル不在で「国際社会」はアメリカの思うがままという時代が続きました。一方で近年はアメリカに服属しない主権国家が着々と影響力を強めており、これまで想像できなかった反撃を受けて日米欧諸国が混乱に陥る、そんな場面が増えているのではないでしょうか。

 一つは俄に「認知戦」や「ナラティブ」と呼ばれるようになったもので、曰く中国やロシアが世論工作を仕掛けており、それに対する防衛策が必要とのこと。もっとも認知戦こそアメリカの最も得意としてきた領域であり、世界中の独立国の民主化=反政府運動を操って民主主義=親米政権の樹立に繋げるのがこれまでの常套手段だったわけです。ところが中国の「戦狼外交」を皮切りに独立国の側からの反撃も目立つようになってきた、反撃されて慌てて「認知戦だ」「ナラティブだ」と大騒ぎしているのが日米欧の有識者の姿であると言えます。

 そしてもう一つはウクライナを巡るロシアとNATOの争いで、2014年のクーデターで反ロシア派に政権を掌握させたところまではアメリカの狙い通りの進行でした。そこからさらにロシア系住民の排斥やNATOの東方拡大が企図されて来たわけですが、2022年にロシア側の大反攻が始まって現在に至ります。一貫してロシアからの外交上の警告を黙殺してきたNATO陣営ですが、これもやはり反撃されない、自分たちが何をやっても相手から顔面を殴られることはないと高をくくってきた結果と言うほかありません。

 アメリカとイスラエルによるイラン攻撃も然り、アメリカの威光に相手がひれ伏すことを前提に出来るのであれば非合理ではないのかも知れませんし、実際のところ従来はイラン側が折れて終わることも多かったわけです。しかし、それが永遠に続くと考えたのが間違いで、今回ばかりはイランも不退転の決意で反撃してきた、そして相手が殴り返してくることを想定できていなかったアメリカとのその傘下の国々が右往左往しているのが現在なのではないでしょうか。

 相手を一方的に攻撃できる、そんな都合の良い展開に慣れきった人々は反撃を受けて初めて事態に驚き、あたかも自分たちが攻撃を受けた被害者であるかのように振る舞いがちです。それは日本の対中関係においても典型的と言えますが、とにかく自分たちの「攻撃」に対してあまりにも無自覚であるがゆえに、相手から殴り返される可能性を想像できない、逆に自分たちが一方的に攻撃されているかのように思い込んでしまうわけです。これもまた「認知のゆがみ」なのかも知れませんね。

 ともあれ反撃されずに相手を一方的に攻撃することに慣れきった人々は、自覚のないままエスカレーションの引き金を引いてしまいがちです。特に懸念されるのはウクライナを舞台にした戦争の関連で、昨今はロシアのバルト海に面した港湾施設への攻撃が相次いでいます。もちろん双方に攻撃があるのは当然なのですが、問題はこれがウクライナからロシアへ直接の攻撃ではなく、エストニアやフィンランドの上空から飛来してくることにあります。なぜウクライナの無人機がエストニアやフィンランドから飛んでくるのか、それに対するロシア側の反応は当然ながら考慮されるべきものでしょう。

 イランはアメリカの攻撃に対し、中東諸国の米軍基地や関連施設を標的とした反撃を行いました。ペルシャ湾の対岸にある国々がアメリカに基地を提供し、それを支えている以上は正当な攻撃目標であると、そう判断されたわけです。ではエストニアやフィンランドから飛んでくる「ウクライナの」攻撃に対してロシアはどう反撃するのでしょうか? ウクライナに兵器を供給する施設への攻撃や、ウクライナから発射されたことになっているミサイルやドローンを打ち落とすべく、エストニアやフィンランドの上空に迎撃ミサイルを放つ……ぐらいのことはロシアの立場からすれば決して道理のない話ではありません。

 ウクライナの内戦にロシア軍が介入を始めた2022年以来、欧米諸国は徐々にウクライナへ供給する兵器を増やしていきました。当初はエスカレーションを防ぐためと自制する向きもあったものの、より射程の長い飛び道具が徐々に解禁されるなど、ロシアが反撃してこないとみるや制限は次々と緩和され、さながらチキンゲームの様相を呈しています。そして遂に、ウクライナから直接ではなくエストニアやフィンランドの上空を介した攻撃がアンロックされるに至った次第ですが、この「次」はどうなることでしょうか。

 実際のところロシア軍は損耗を避けるべく地上戦で慎重な進軍を続けており、着実に占領地を広げてこそいるものの決定打には至らないまま開戦から4年目を迎えています。この状況にロシア国内の強硬派が不満を強めているとの報道は複数あり、ウクライナへのより積極的な攻勢を求めると共に、ウクライナに兵器を供給する拠点やウクライナのために上空を開放する国々への攻撃も辞さずとする論調が強まっているようです。まさかNATOの正会員である自分たちを攻撃する国などあるまいと高をくくっている国が大半と想定されますが、ロシアを侮りすぎて失敗した2022年の再来は、いつ訪れたとしても不思議ではありません。

 このままチキンゲームを続け、ロシアが反撃してこないことを前提に代理戦争をエスカレートさせるのか、それともウクライナの前線基地化を諦めて2014年以前の中立国に戻す──即ちロシアの要求を受け入れるのか、前者の危険性にはもう少し自覚的であるべきと私は思います。ハンガリーでは独自路線のオルバン政権が親NATO派に敗れるもブルガリアではNATOに懐疑的な野党が勝利するなど、ヨーロッパ情勢は一進一退です。悪の枢軸たる英独仏も今は中道=ネオコン政権が続いていますが、NATOという陣営ではなく自国単独の優先を説く極右勢力が与党に次ぐ地位を占めており、その足下は盤石ではありません。一方で日本だけは旗幟鮮明なまま変わらない様相ですけれど、それはいかがなものでしょうかね。

 蛙の目は動くものを捉えることに特化されており、反対に静止したものには気づくことが出来ないそうです。人間の目と比べるとアンバランスなものに見えるかも知れませんが、自然環境下で生きた昆虫や小動物を捕食するためには有利な特性となっているのでしょう。もっとも人間の目にはトロクスラー効果なるものがあって、1点を注視していると徐々に周辺の視覚情報に反応できなくなってしまう、そこにあるはずのものが見えなくなってしまうことがあるとのこと、本人は全てを見ているつもりでも実は見えていないものがあるわけです。

 本人は「鷹の目」のつもりでも実は「蛙の目」で物事を見ている、本人は「鳥瞰」しているつもりでも実は「蛙瞰」している、そんなこともあるように──勤務先の幹部社員層を見ていて──思いました。そして昇進だけは得意だけれど仕事は何も分からない、実務には一切携わらず口出しだけが専門の上位役職者も多いのですけれど、こうした人々がことあるごとに要求するのが「変化」だったりします。だから「○○を△△するように変えて、◇◇が××改善されました!」と美しい報告さえすれば昇進に繋がるのですが、実態として改善されているかは分かりません。そもそも「今の」やり方だって過去に上の人々から「変えろ」と言われて「変えた」結果なのですから。

 先週は「自分の手柄になるかどうか」がアメリカの行動を左右していると書きました。もしアメリカの現大統領がオバマやバイデンやハリスであったなら、自身の手柄と見なされなくともアメリカの覇権維持に繋がれば良いと考える、アメリカの関与は隠して現地人の意思を装って政権を転覆させ「民主化」する──すなわちカラー革命をイランでも望んだことでしょう。しかしトランプは違う、自身の関与を隠すようなやり方は好まない、自身のリーダーシップによって成し遂げられたと他人から認められるやり方を好む、その結果として軍事侵攻という「オープンな」戦略に踏み切ったと私は判断しています。

 ただこの「自分の手柄になるかどうか」を基準にした行動は決してトランプだけのものではない、弊社の役員層だって同じだし、他の会社の偉い人もまた似たようなものではないかと思います。つまりは会社が順調でも自分の手柄にならないなら失敗、自分がナタを振るった結果として会社が良くなったのだと、そう誇れる状況を作りたがるのが上位役職者の標準的なメンタリティではないか、と。そして彼らは現状に何の問題もなかったとしても、とにかく「変えない」ことを許さない、とにかく何かを「変える」ことにしか価値を見いだせない、いわば蛙の目を持った人々として振る舞うわけです。

 実際のところ、役員層が口を出さずとも現場は回る、実務は滞ることなく進みます。ただ、だからといって何もせず状況を見守っていては役員の存在意義が問われてしまいます。上位役職者が自らの価値を示すためには、「自分が○○を指示したから好転したのだ」というストーリーが必要です。だから会社は常に「変革」が求められ、飽くことなく永遠に組織再編を繰り返し続ける、認知度が高かった社名は奇怪なカタカナ語の新社名に置き換えられ、確立されていた業務フローも現状維持は許されず、どうにかしてAIをねじ込んだ新しいやり方への変更を求められる、そして現場は「変化」への対応に追われることになります。

 私の部署の仕事も組織再編への対応が主たる業務となりつつあり、では組織再編がなければ仕事がなくなるのではと思いながらも、結局のところ組織再編は毎年行われているので仕事がなくなることはなく……と言った状況です。そもそも組織再編の対象となった部署だって前任の役員の時代に再編された結果として出来上がっているのであって、これから新たに編成される組織もまた次の役員が着任したら「変化が必要」との理由でまた別の形へと編成されていくに違いありません。組織再編は会社が続く限り繰り返される、そこに終わりはなさそうです。

 昇進の専門家は「○○を△△に変えた結果として××が改善されました!」と美しい報告を作ることに長けています。そして蛙のように「動いているものしか見えない」幹部層は「変化」だけしか評価できないわけです。そして「変えた」ことを評価された社員が地位を得て、部下にも「変える」ことを求め続ける、そんなスパイラルが弊社では確立されています。しかし「変えなければ」何か問題が起こるかというと、実は業務上では何も支障がない、それどころか「変える」ための稼働が不要になるので定時で仕事が片付くようになるぐらいです。唯一のデメリットは、偉い人から「何もしていない」と評価を下げられることだけですね。偉い人の目は蛙の目、彼らは動いているものしか捉えられない、「変化」の有無しか評価できないですので。

 さてイランとアメリカの間では停戦協議が行われ、株価などは相変わらず期待感だけで上昇したりもしましたが、予想通り合意には至らず、この先の展開はどうなるのでしょうか。イスラエルは合意事項を歪曲してレバノンへの攻撃を続行するなど、決着までには相応の時間がかかる可能性が高そうです。イラン側も最高指導者だけではなく少なからぬ民間人まで殺害されていること、さらに最高指導者殺害自体がアメリカとの外交交渉の最中に行われただけに、安易な妥協に走る可能性は低いと考えられます。早期決着があり得るとしたらトランプ大統領が停戦を自身の手柄に出来ると判断した場合だけ、ですね。

 トランプ外交については各種メディアや国際政治学者だという触れ込みの人物がアレコレと解説していますが、どれも正しくない、トランプ外交の本質は「好き嫌い」の一点であるというのが私の説です。気に入ったか/気に入らないか、トランプ外交とは至ってシンプルなものであり、ビジネス的な損得で説明しようとすれば矛盾したものに見えてしまう、そんなものだと思います。だからトランプはアメリカの伝統的な戦略も損得も何もかも無視して行動する、従来の政治家と同じ評価軸に照らせば無秩序に見えても、本人の好き嫌いで動いているという点では一貫しているわけです。

 そしてもう一つ付け加えるとすれば「トランプ個人の手柄になるかどうか」が鍵と言えます。つまりアメリカにとっての成功であるかどうかよりも、トランプ自身の功績として評価されるかどうかが重要になっている、アメリカにとってはマイナスでもトランプ支持に繋がるのであれば成功である、そんな指針で行動しているのではないでしょうか。とりわけネオコンにとっての輝かしい勝利である2014年のウクライナと、そしてネオコンにとっての深刻な躓きになろうとしている現在のイランを比べるとこの点は明らかになるように思います。

 2014年、かつてのルーシ(現在に至るロシアの原型)の中心地であり、ソヴィエト連邦の花形である重工業を担った大国ウクライナの政権を転覆させ、ロシアからの切り離しに成功したことは欧米ネオコン勢力にとって輝かしい勝利でした。欧州の最貧国へと転落していたとは言え、長大な国境を接する人口4,000万人超の同胞国家が反ロシア派の牙城とされたことはロシアにとって大打撃であり、それは如何なる手段を用いても解決せねばならない問題となって今に至ります。そしてイランにもまたウクライナと同様の運命を辿らせることは、間違いなくネオコンにとっての理想であったことでしょう。

 ただアメリカの傘下に属さない主権国家──政治的に正しい呼び方をすれば"権威主義国家"──の「民主化」は、表向きはアメリカの関与を隠すものでもあります。2014年ウクライナの政権転覆にはアメリカ政府高官の参加が当時から確認されており、その政府高官はバイデン政権時代に国務次官へと「昇格」したりもしましたが、これはあくまで「調べれば分かる」話であって一般的に語られるものではない、大手メディアによって報じられるのは当事国(ウクライナ)の民意として「革命」が行われたというストーリーだったわけです。すなわち「民主化」とはアメリカにとっての輝かしい勝利であってもアメリカの功績ではない、あくまで現地人が自ら手にした勝利であると、そうした装いを求められるものなのです。

 イランについても然り、アメリカ・イスラエルによる攻撃に先立ってイランでは大規模な反政府デモが発生しました。アメリカが民主党政権であったなら、これに徹底的なテコ入れをしてイランの「民主化」を第一の戦略としていたことでしょう。しかし「民主化」は表向きには現地人の手柄であり、トランプの手柄にはなりません。もし仮にイランの「民主化」が成功していたとしても、これは決してトランプ自身の欲望を満たすものとはならなかったことでしょう。望まれていたのはもっと、トランプ自身の手柄になること、トランプの功績であると誰からも認められるような方法での解決だったと言えます。

 そもそも、「権威主義国家」を「民主化」するための工作機関──NEDやUSAID──の予算を無駄として削減してしまったのが第二次トランプ政権の第一歩でした。もし軍隊を動かすよりも前にイランの「民主化」に成功してしまったのならば、それは民主化工作の予算を削ったトランプの決定が誤ったものであると証明するものになりかねません。アメリカにとっての問題は、あくまでトランプ自身が牽引する形で解決されなければならない、そんな「縛り」が現在のアメリカ政府には課されているのではないでしょうか。結果として議会の承認を待たずにトランプの独断に近い形で軍隊が動員され、今に至るわけです。

 ともあれ現在は混沌とした状況にありますが、この責任をトランプ個人に帰結させようとする論者こそ要注意であると私は思います。つまりトランプやネタニヤフに責任を求めることで、アメリカそのものの問題から目をそらそうとする意図を持っている、こうした論者は米政権が民主党に代わってより伝統的なネオコンの手法──民主化=親米でない国の政権転覆──を支持することに躊躇がありません。しかし裏表を問わずアメリカの介入によって政権が転覆され「民主的な」親米国家が成立したとしても、それは決して長続きするものではない、いずれは騒乱の火種としかならないものです。だからむしろ現地人の望みであることを装った「民主化」よりも、誰の望みであるかを全く隠さないトランプの方が、私にはずっと健全であるようにも思えます。少なくともトランプ政権に変わって以降、「どの国が悪いのか」は至って鮮明な状態が続いているのですから。

 先日は春闘結果の賃上げについて触れましたが、私の勤め先の給与体系はなかなかに複雑でして、社員の「グレード」や採用形態によって色々と異なる、一概に何%の昇給とは言えなかったりします。そこで人事からの通知を開けてみたところ──私のグレードは約1,700円/月の昇給でした。「定期昇給」の対象に選ばれた人であれば5%を上回る賃上げなのですが、残念ながら私は選ばれし者ではなく、僅かなベアの上昇のみで終了、賃上げ率は5%ではなく0.5%でファイナルアンサーです。

 なお新卒初任給を30万円台まで引き上げた結果、私よりも「グレード」の低い社員は給与が新卒者と逆転してしまう可能性があり、それを避けるためにベアが大きく引き上げられ、定期昇給なしでも5%程度の賃上げとなりました。一方で私の属しているグレードは元から月給が30万円を超え、新卒者を下回る恐れはないためかベアは1,700円の上昇に止まっています。新卒者も私より下のグレードの社員も目出度く月給は30万円超、昇進してもしなくても賃金は大差ありません。個人の努力ではどうにもならない、生まれた時代の方がずっと重要なのだと痛感しましたね。