beik(ベイク)第二弾 B・B | REBEL ELEMENTS STAFF BLOG

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beik(ベイク) はヒッピームーブメントに大きな影響を与えた作家集団である"Beatnik generation”の”Be+ik"からBeikとしたのがブランドの由来です。

世界的に有名なアイウェアの聖地である福井県鯖江市で、日本の職人の手によって全ての工程を仕上げています。
フレームに至っては、型に落とし込むのではなく、1点1点生地(板)からヤスリで削りだして型にしていくMade in Japanならではの手法を使用しております。
尚、シャネルやグッチ、トムフォードなどの世界的に有名ブランドの多くは、福井県鯖江市で生産されています。

このモデルは80年代初頭にラップヒップをフューチャーしサウンドで音楽界をリードしてきたBEASTIE BOYS(ビースティーボーイズ)のメンバーが愛用していたサングラスからイメージ作成されました。


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ビースティ・ボーイズBeastie Boys)はアメリカ合衆国音楽ユニット 。3人のMC を擁するヒップホップ・グループ として有名だが、バンド 形式でパンク・ロックラップロック を演奏する事もある。


白人ヒップホップの草分け的存在であり、加えて、バンド・スタイルとDJ・スタイルの並立やロックとラップの融合もいち早く実現させるなど数多くの独創的な功績を残しており、現在までにヒップホップからロック、さらにクラブ・ミュージックにまで渡って広大な影響力を持つ大御所として活躍している。


ちなみに名前の由来は、メンバーが敬愛するハードコア・パンク の重鎮バッド・ブレインズ (Bad Brains)のイニシャル B・B に縁掛けて、「Bで始まる単語2つを冠するバンド名にしよう」として考案されたものといわれている。


1979年 にパンク・バンド「ザ・ヤング・アンド・ザ・ユースレス」として結成。1981年 にビースティ・ボーイズと改名する。

1984年デフ・ジャム レーベルと契約したのを機にラップ /ヒップホップをフィーチャーしたサウンドへ転換。RUN D.M.C.LLクールJ らデフ・ジャム所属のヒップホップ系アーティストとツアーを行った。


1986年 にアルバム『ライセンス・トゥ・イル』を発表。シングル『ファイト・フォー・ユア・ライト』が大ヒットし、アルバムはラップ作品としては史上初めてビルボード 1位を獲得する。ヒップホップといえど音楽的にはパンクやハードロックの色が強く、ラップも黒人的なリズム感を持ったものではない。後にMONDO GROSSO がハウス調にカバーしている(歌っているのはケリス)。


その後もコンスタントにアルバムを発表。サンプリングを激しく活用し高く評価されたが商業的失敗に終わった1989年 の『ポールズ・ブティック』、再び楽器を手にしパンクロックに回帰した感のある1992年 の『チェック・ユア・ヘッド』、ヒップホップとギターサウンドを融合させビルボード・チャート1位に輝いた1994年 の『イル・コミュニケーション』などで人気を高め、1998年 にはよりストレートなヒップホップを展開した『ハロー・ナスティ』がグラミー賞 を受賞するなど世界的な地位を確かなものとした。


『ハロー・ナスティ』の後は2004年 に『トゥ・ザ・5ボローズ』をリリースしており、ライブやシングル発行などの活動はこの間も絶えず行っているものの、アルバムリリースのペースは次第に遅くなっている。政治的な活動も行っており、1990年代半ばにチベット 独立の支持を明らかにし、1996年 には多くのアーティストを集めた大規模な「チベタン・フリーダム・コンサート」を行いサンフランシスコに10万人を集め、以後も継続的に開催しチベット支援を続けている。また911テロ の被害者支援コンサート、イラク戦争 に対するプロテストソングのリリースなど、2000年代に入り政治的主張の機会も増えている。


2006年 に彼らのライブを50人のファンが撮影したドキュメンタリー映画「ビースティ・ボーイズ 撮られっぱなし天国」が公開された。

日本公演に関して、日本の2大ロック・フェスである、フジロックサマーソニック 両方のメインステージ・ヘッドライナー を務めたことがあるのは、ブラーオアシス とこのビースティ・ボーイズの3組のみである。

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