子ども虐待の被害者や軽度発達障害の子ども達とそのご両親を
支援するかごしま保健医療福祉サービスを考える会さんを訪ねました。

虐待を受けるこども達の中で、軽度発達障害の子ども達も多く、
自分の子どもが軽度発達障害だと気づかず、時には気づいた後も
他のこども達と比較し遅れていることからくるいらだちの為に
思わず子どもを虐待してしまう親が多いそうです。

そこで、ご両親にお子さんの障害を受容してもらい、
適切な療育を行っていくことが必要になってくる訳です。
これは一般的にリハビリテーションと呼ぶことが多いのですが、
このNPOの皆さんはハビリテーションと呼んでいました。

よくよく考えてみると先天的な障害を持つ子どもたちは
例え、機能障害があっても、それを肯定的に捉え、
自分の持つ能力を最大限に生かして、
社会に適応しようとしている訳ですから、
決して「再び適応し直す」のではないですよね。
健常者を基準にした社会の適応の仕方に合わせることを
「リハビリテーション」と呼んでいるのですね。
この表現の中にも差別意識が密かにすり込まれているのですね。

そして、またこのようにリフレーミングしていくと、
障害を持つ子ども達の療育は、障害のある機能を健常者に近づける
ことではなく、彼/彼女の持っている能力を最大限引き出していく
ことになるし、機能障害を補うために機器の助けを借りたり、
援助者の支援を得ることも含まれるのだと理解できますね。
これが「障害は個性」の正しい理解のように思いました。
もっともこの概念では「障害」と言う言葉さえ不要になるのですが・・・

言葉を新しく作り直す作業ということは大切だなぁと改めて
感じました。