【皿洗いは「除染プロトコル」である】
私は大学時代、いわゆる実験系の研究室に所属していました。
その時の「悲しき性(さが)」のせいで、現在、家庭での家事――特に「食器洗い」において、重大なバグ(コスト超過)を発生させています。
もともと自堕落な性格の私ですが、食器洗いとなると話は別です。
なぜなら、私にとって皿洗いは単なる家事ではなく、「コンタミネーション(汚染)を防ぐための厳格なプロトコル」だからです。
【コンタミの恐怖と、完璧なツール選定】
実験系の研究室では、薬品や水を大量に使い、器具やサンプルを極限まで綺麗にしなければなりません。万が一、微小な汚れがサンプルに付着してコンタミネーションが発生すれば、実験結果に致命的なバグが生じます。
せっかく手間暇かけて作ったサンプルが、一瞬の油断で全て「無」に帰す。あの絶望を知っているからこそ、私は皿洗いでも妥協ができないのです。
ツール選定も厳格です。
スポンジは「スコッチブライト ハイブリッド貼り合わせスポンジ」一択。あの湾曲したフォルムが手にもたらす完璧なフィット感。そして「不織布面で洗ってもフッ素加工を傷つけない」という謳い文句。(とはいえ、私はリスクヘッジのため、フッ素加工のフライパンは必ず柔らかいスポンジ面で洗ってしまいますが)。
洗剤は「キュキュットのオレンジ」。プラスチック製タッパーの油膜を完全に剥ぎ取った時の、あのキュッとするさっぱり感がたまりません。
そして、カピカピになった米粒(頑固な固着物)には、物理的な研磨ではなく「お湯による膨潤(ふやかす)」が最適解です。
【大量の水による「置換」と、過剰品質のジレンマ】
そして最大のボトルネックが、「すすぎ」の工程です。
私の中では、すすぎとは洗剤を落とすことではなく、「対象物の表面を、大量の水で完全に『置換』すること」です。
十分に水で置換してあげないと、洗剤という名のコンタミが起きてしまう。
結果として、我が家の皿洗いでは、水道代とガス代(お湯)というリソースを大量に消費してしまいます。
環境負荷や家のお財布(ランニングコスト)が気になりますが、この「完璧に綺麗にしないと気が済まない」という研究者の癖は、どうしてもやめられないのです。
【職人の「品質」と経営者の「コスト」】
この私の個人的なジレンマは、実は多くの企業(特に製造業や開発現場)が抱える「過剰品質(オーバースペック)の課題」と全く同じ構造をしています。
現場の優秀なエンジニアや職人は、過去の失敗(コンタミ)の恐怖を知っているからこそ、100%の完璧な品質を求めます。しかし経営の視点(家計)から見れば、「95%の綺麗さで水道代を半分にしてほしい」というのが本音です。
現場は「品質」を守りたがり、経営陣は「コスト」を削減したがる。
職人の「完璧を求めるプライド(性)」を理解した上で、「我が社において、どこまでが必須品質で、どこからが過剰品質(自己満足)なのか」という明確なライン(仕様)を定義してあげることも必要だと思います。
さて、今夜も私は、妻からの「水、出しっぱなし!」というコスト削減のプレッシャー(監査)を受けながら、フライパンのコンタミ除去に勤しみたいと思います。