これもまたかなり昔の記事です。

さてはてメモ帳さんが、今まで保存してくれていたものです。

参考にしてください。

 

 

サライ  女神に捧げる歌  安倍戦争で桜吹雪と散る日本人 たんぽぽ日記


ユダヤ人が世界の支配層を形成していることが、やっと明らかにされつつある。
ユダヤ人はその宗教である「聖書」によって世界の大衆の精神を支配してきただけではなく、世界経済や欧米政府をも動かしている。


サライはそんな現代世界に君臨するユダヤ人の太祖アブラハムの妻である。
「サライ」は加山雄三や谷村新司がユダヤ人の大聖母に捧げた賛美歌なのだ。

アブラハムが故郷を捨てて現在のイスラエルを目指したという聖書の逸話は、人類の太祖、アダムの子供カインとアベルの物語と同じものである。
アブラハムは兄のハランを殺してカルデアのウルから逃れ、カナン(現在のイスラエル)の地を目指した。

「蜜と乳が流れる地」そこはメソポタミアとエジプト、小アジアを繋ぐ交通の要衝であり、古代世界の最先端の文化や物資が交錯する場所でもあった。

カインがアベルを殺した後、聖書の神ヤハウエの保護により、

(カインを殺すものは誰であれ7倍の復讐を受けるであろう=聖書の神の約束;創世記 4章 15節)

王国アノーカーを築いて原初の王となったように、
アブラハムもまた兄殺しと戦争によって、

世界を支配するユダヤ人の太祖へと上り詰めてゆく。

サライはそんな夫アブラハムの命令により、敵対する王に体を売り、金をせしめた。
その大金がアブラハムの軍資金となり、後のユダヤ人繁栄の元となったと聖書には書かれている。(ユダヤ人が金に執着する所以)
カインとアブラハムはなぜ神の歓心を買い、王や大民族の太祖となることができたのか?
―それは彼らが殺人者であったからであるー


アダムやイヴは「善悪の知識の実」を口にしたため、「善」と「悪」を知ってしまった。
善を知れば、人間は他人を殺すことを止めてしまう。
宗教の根本思想で、たいていの人が知らないのがこの「善悪の思想」である。


たいていの人は宗教の神が正義を行う正しい存在、つまり「善」であると考えている。
私の知る限りそのような神的存在は「釈迦」ただひとりしかいない。

それ以外のキリストやムハンマド(マホメット)、そして彼らが拝んでいる神、古代ギリシャの神々、日本の記紀神話の神々もそうだが、自分たちの支配権を確立するために戦争を行い、敵対するものを殺している。

神が敵対する相手を殺して世界を支配したことは、人間社会においても善であると考えられてきた。
日本人が先住民族を戦争で殺して支配を確立した神武天皇を神として祀るように。

神の世界で殺人が正当化されているように、カインやアブラハムも、アダムやイヴが人間にもたらした「善」という堕落の思想を超越し、神のように善悪に捉われずに敵対者を殺した者、つまり神と同等の者として保護され、歴史上の大人物とされてきた。

アブラハムは法によって守られていたはずの人間を殺し(しかも兄弟)、 法も何もなかった完全自由な世界、つまり原初の楽園である「エデン」をこの世に一時的に取り戻した。

後世、聖書がユダヤ人によって全世界に伝えられ、この思想は全世界に広まっていった。
ただし、その真味は政治家などの哲学を信じるものたちに限定されて。

(聖書はユダヤ教です。それを広めたのはユダヤ人以外の誰でもありません。当たり前のことですが、たいていの人は理解できていません)

それはフリーメイソンの根本思想でもあったのだ。

「人間が神になる。真の神は人間である」ゆえにフリーメイソンは自由を求める。

いかなる法にも拘束されない、原初の楽園で享受されていた自由を。

フリーメイソンがユダヤ思想の配下にあることは、ユダヤ人自身が認めている。

ではなぜ人殺しが賛美されるのか?

原初の楽園エデン。アダムとイヴは始めその楽園に住んでいた。
ところが蛇(人間)が「神のようになれる」とイヴを唆し、イヴは禁断の実である善悪の知識の実を口にしてしまった。

聖書によれば、その瞬間からアダムとイヴは肉体を纏っていることに気づくー

つまり、善悪の知識を得るまでは肉体を纏っていることさえ気づかない、

霊的な存在であったことが聖書の教えとして伝えられている。

それこそが善悪に囚われない神的人間、黄金の時代=原初の楽園の人間の姿だった。

以後、アダムとイヴの原罪により、

人間は堕落した肉体をまとう死すべき存在となったとされている。

人間は霊的存在であったという。その霊は神から生まれた。
ところが、愛に欺かれてアダムの霊は肉体を持った動物に宿ってしまう。
肉体を纏った人間の霊は、肉欲に溺れ、霊的輝きを失ってしまった。

それゆえ、神ヤハウエは自分の子供である救世主(キリスト)をこの世に派遣し、

人間の肉体から神の欠片である魂を開放すべく、

人間たちを殺し合わせるというのだ。


「私が来たのは平和をもたらすためだと思ってはなりません。私は剣をもたらすためにやってきたのです」

新訳聖書イエス・キリストの御言葉。

秘教信者が言うには、神はもともとは自分の霊であり、

今は人間の肉体に閉じ込められ、肉欲に苦しめられている魂の開放にしか興味はなく、

そのために地上における人間の幸福には関心がないのだという。
それゆえカインやアブラハムのように、法に縛られずに兄弟さえ殺してしまう人間を祝福し、

この世の支配権を与えるというのだ。

大戦争によって、より多くの神の霊が解放されることだけを願っているという。

サライはそんな無法時代をこの世に取り戻したユダヤ人大族長の妻であり、

増えすぎた人間を支えきれなくなって苦しんでいるがゆえ、

人間の死(犠牲)を要求すると言われる大地の女神、大聖母マリアと同等の存在なのだ。

(マリアも父ヤハウエもキリストの磔刑を助けずに見守った。肉体は死すべきものだから)

サライやアブラハムは戦争を追い求めた。

現在の日本では安倍晋三が戦争を追い求めている。

その日、安倍晋三やサライが求めるように、日本人の魂は桜吹雪となって散る。

「同期の桜」より

貴様と俺とは 同期の桜
同じ航空隊の 庭に咲く
咲いた花なら 散るのは覚悟
見事散りましょ 国のため



桜は戦争で散る日本人を意味している。
この普通の日本人が聞いても意味の解らない歌詞を、

ユダヤ人の哲学を教え込まれた音楽家たちが賛美し、全国民に歌わせている。
それが、戦争を賛美する歌だとも知らせずに・・・
音楽は日本人を死に導く「戦(セン)の風」である。

その戦の風が日本列島に吹きすさび、日本人を桜の花びらのように散らす日が近づいている。

「桜 桜 いま舞い落ちる・・・」
「いつか風が 散らす花も・・・」

近年、桜が散る歌が大量に作られたのはそのためだ。
そして24時間テレビは「死は終わりではない」という思想を全国民に打ち出した。その言葉の意味は、少し前に書いたばかり。

すべては戦争のため、この世で増殖し続け、神の霊を肉体的欲望によって苦しめている人間どもを大地から間引きし、神の魂を人間から開放するとともに、女神サライがその住処である地底から、見事に輝きを取り戻して復活する日を目指して。

サライは大地の女神ガイアであり、美の女神アフロディーテ、ヴィーナスでもある。
日本列島から日本人が桜の花びらとなって消えたとき、

1億2000万人の人間を支えて苦しみ、老婆と化した女神が再び輝きを放ち、

美しい女神となって大地の底から復活する。
それこそが原初の楽園「エデン」、そこは法もない、北斗の拳のようなアナーキーな世界だった。


日本の終わりが近づいている。

安陪晋三がCIAよって創立された日本テレビの後援を受け、戦争に突き進むであろう。
CIAは政治家と同様に自分で戦争には参加しない。

ただ「戦争の種を撒き」、エージェントにやらせるだけなのだから。