ライブに行けることが当たり前ではないんだと思い知った昨年。
今年も引き続いて簡単なことではない。
ライブができない環境下を思うと少し泣きそうにもなる。センチメンタル。
昨年11月に一昨年のツアー”aurora ark”がぎゅぎゅぎゅっと溢れんばかりに(むしろだだ溢れ)詰まったプレゼントが届いた。
BUMP OF CHICKEN TOUR 2019 aurora ark TOKYO DOME (BD初回限定盤)

発売発表され、気付いたときにはネットは全てSOLDOUT、満身創痍で地元のTSUTAYAに問合せたらラスト1枠。
10分後に行きます!!!!!!と気持ちは吹っ飛ばして予約した思い出・・・。
舞った舞った。めちゃくちゃに舞った(結果的には完全受注生産になったので、急く必要はなくなったが)。
受け取ってからは開けてしまうのも勿体なくて、1か月程は飾って毎日のように眺めた。
開けたあとだって、少しずつ少しずつ見進めた。
ライブに行きたい・・・ああ・・・BUMPに会いたい・・・。
ライブ映像の素晴らしいところって、メンバーの細かい表情とかしぐさとか、うすぼんやりだったところをしっかりフォーカスしてくれてるところだよね。あの日あの時の思い出がまたよみがえるし、新しい感動が沸く。
昨年(主に9月)は、BUMP OF CHICKENにとってもリスナーにとっても、怒涛のような目まぐるしい世界に晒されたと思う。
誰もかれもがしんどい日々になったはずだ。今もしんどい人はきっといる。
当時の私個人の気持ちの一遍

aaツアーの話をすると、私は”記念撮影”ではずっとチャマを見ていた。
チャマの姿を、彼のするジェスチャーをずっと目で追っていた。
それを見るのが好きだったし、なんでか胸アツで泣けた日もあった。
リスナーの多くが思ったとは、今までのチャマの姿はなんだったのかということだと思う。
長い歴史のなかで、我々リスナーは彼らからたくさんの音楽や心を届けてもらった。
図らずとも、我々がメンバーたちへ与えたであろう力だって絶対にあったはずだ。
その長いバンド活動で当人たちの苦労なんかは推し量ろうとも足らないが、そこには我々の力が何も作用されなかった、無関係だったのかということ。
まったく越えられない現実があったことがショックだったのだ。
そして、望まぬかたちでBUMP OF CHICKENがフォーカスされてしまうこと。それも割としんどかった。
当人たちはどれだけしんどかっただろう。今もしんどいかな。ごめんな。
その最中で一昨年のめちゃくちゃ楽しかった日々を思い返してみたら
aurora ark @東京ドーム
aurora ark @名古屋ドーム
私個人の気持ちはなんら変わってはいなかった。
我々リスナーの気持ちが4人へ通じていたことの喜びに満ち溢れている。
マジ当時の気持ちの断片を少しでも言葉に残しておいた自分グッジョブ。
そして、かのaa BDもようやっと観たときに感じたのは、どの姿もその人本人なんだということ。
BUMPとして活動している姿もプライベート(がどうであれ)の個人としての生活も、ウソもホントもない。
ただその人であって、それだけでしかない事実のみ。
BUMPにまつわる嬉しいニュースにはオーイエーアハーンで喜びたいし、彼らが超絶ピンチのときは力になりたい。それはいつだって変わっていない。
大切なあまり、大切に大切にしすぎた我々リスナーそれぞれの思いが、当の本人たちを苦しめてしまうことのないようにあってほしい。
つまるところ肯定も否定もせず、私はただひたすら待つしかない。
年末に差し掛かってからの”当面の3人での活動”を目にするたび、耳にするたび、繰り返し繰り返しなんとも言えない気持ちにはなる。何なら今だってなる。
それでも、4人の足並みが揃い、納得のいくかたちで一歩を踏み出せる日が来ることを待ちたい。
そして新曲Flare。涙せずにいられるか。
チャマよ、お前はなんでそこにいないんだ。
4人の姿で、また会える日を。ライブに行ける日が来ることを願っている。