小豆島のエンジェルロードから徒歩圏内のたこ焼きBar「ナニワのあきんど日誌」 -119ページ目

小豆島のエンジェルロードから徒歩圏内のたこ焼きBar「ナニワのあきんど日誌」

全国25都道府県の「粉もん」を食べ歩き、約2年掛けて新潟県、香川県、北海道、兵庫県、長崎県を渡り歩いた大阪出身者が、小豆島の「迷路のまち」でたこ焼きBarを営んでいます。

12月14日(金)通常営業

11:00~22:00(L.O.21:30)

※エンジェルロードBest timing AM6:30頃

(MめAいZずE 調べ)


18日(火)17:00~ OPEN予定

21日(金)09:00~ 大師市




「殿中でござる!」って意味知ってまっか?

毎度おおきに「MめAいZずE」でおま。



今日は赤穂浪士が吉良邸に討ち入った日ぃでんなぁ。



1701年(元禄14)3月、江戸城松の廊下で浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)ってお方はんが吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしなか)ってお方はんに突然斬りつけはったそうなんですわぁ。



今年で317年前の大事件って事になりますわなぁ。



「浅野殿、殿中でござるぞぉ!?浅野殿がご乱心じゃぁ~!!」

(いやいや浅野はん、ここは城ん中でっせ!?突然刀抜いてって、そないな短い刀振り回してどないしはったんでっか?頭おかしなったんちゃいまっか?こんなことしてタダでは済みまへんねんで!分かってまんねやろなぁ!!)



浅野はんはすぐに取り押さえられて、即日切腹で赤穂藩も領地を没収されたそうなんですわぁ。



なんや、吉良はんが浅野はんをえらい田舎もん扱いして、執拗にイジメてたんが原因みたいですなぁ。



当時でも喧嘩は両成敗なはずやのに、吉良はんにはなんのお咎めもなし…



それならと浅野はんの弟はんを立てて赤穂藩を再興しようと幕府に懇願するも願いは叶わず…。



そこで立ち上がったんが大石内蔵助はんをリーダーとする47人が翌年の今日の夜、吉良邸を襲って隠れてた吉良はんを引っ張り出して来て、浅野はんの仇を討ったっちゅう有名な日ですなぁ。





日付の考え方が今と違うみたいで、0時回ってたさかいに厳密には15日の3時ぐらいやったみたいですわぁ。



世間からはスパースター扱いされるも、幕府に刃向かったっちゅう事で1人を除いて46人が切腹しはったそうでっせ。



そのお1人ってのが後世にこの大偉業を生き残って言い伝えるよう、大石はんから指示されたんが寺坂はんってお方やそうですわぁ。



赤穂藩士ってのは全員で300人ぐらいおったみたいで、その一部が小豆島の迷路のまちの隣の地区に移り住んだ事から地名が赤穂屋(あこや)になったとかなってへんとか…。



…知らんけど。

聞く人によってゆうことがちゃうからよぉ~分からんけど、なんや色んなことに小豆島が関わってるんわ間違いおまへんみたいやなぁ( ゚д゚)



ほな、今日もボチボチでお気張りやす♪


※安全面を考慮して夜間を除く潮の引き始めのみ記載


~もしも大阪商人がコテコテの大阪弁で一方的に話しかけて来たら~



#小豆島 #迷路のまち #たこ焼き #エンジェルロード