毒親育ちで元毒親だった私が、
今、毒親育ちやアダルトチルドレンで苦しんでいる方の
回復をお手伝いしています。
前回から13回(予定)に分けて、
アダルトチルドレンだった私の人生の
振り返りを書いていきます。
下書きを書きながら、
あんなに親に支配され苦しんでは
どん底を味わい
自分の人生を終わりにしたい
この世から消えたいと思っていたのに
親と健全に分離できるんだ
人ってこんなに変われるんだと
改めて心から思います
そして、幼い頃からの親との関係が
良くも悪くも子どもの人生にこんなにも
影響を与えるのだということも改めて思います。
なので、
私の中にあるものの全てを赤裸々に出すことで
私の経験が、どなたかのお役に立てることを
心から願っています。
あなたが少しでも
毒親の毒から逃れられます様に
あなたがあなたの人生を
自分の手で取り戻せます様にと願いを込めて・・・
◇簡単なプロフィール◇
幼い頃から両親に虐待され心を支配され洗脳されたまま大人になり
親の言うままに結婚し出産。親からの支配と夫(自閉スぺクラム症)
に悩ませられながら、孤独な子育てをし自らも毒親となる。やがて
心を壊しパニック障害と不安障害になり心理学と出会う。
よければ、こちらもお読みいただけたらと思います。
ここまでのあらすじ・・・
子どもの頃に、何度も繰り返された
両親からの暴力と支配で
いつの間にか自分を見失っていたことに
気づかないまま大人になり、
更に、親の言動に支配され翻弄され
結婚し出産し、まずます自分を見失っていきました
やがて、言うことを聞かない息子に
手を焼いては、こみ上げてくる怒りが抑えきれなくなり
心理学を知り学んでいくのですが、
それでも、母からかかってくる電話に
おびえる様にもなっていたのです
そして、いくつか心療内科を受診するのですが、
その度に増えていくだけの投薬に疲れ果て
やめてしまいます
そして、とうとうある日の夜中に
急に、気が狂う程になり
無性に母に会いたくなって
「会いに行ってもいい?」と母に電話を入れたのです
苦しさから逃れるために
自分から絶縁宣言をしたけれど、
苦しさの原因が母だと解っていても
母に会わずにいられなかった
いや、それが母だと解っていたからこそ
求めたのです
母を愛していたからこそ
そして、依存していたからこそ・・・
・・・
私は、朦朧としながらも
息子が寝ていることを確認して
実家へ行くと、両親が玄関で迎えてくれました
「大好きだったのに・・・」と
絞り出したように言うと
「悪かった、悪かった」と母
それは、いつも毒舌の母の
精一杯の言葉だと思いました
そして、私の顔を覗き込んで
「どうしたんだ?」と父
あの父の精一杯の言葉だと思いました
けれど、ふと心の中で
それは表面上の言葉で
心の底では何も解っていなんだとも
思っていたのです
そして、勇気を出して、
姉を呼んでもらいました
姉とは、あのことで喧嘩して依頼
10年、会っていなかったのです
本当は、子どもの頃から大好きだったのに、
そんなこともずっと言えなかった・・
仲が悪かった姉妹・・・
来てくれた姉は、
淡々としていました
そして、
私が、朦朧としていたため
母と姉が付き添ってくれて
病院で点滴を受けたのです
点滴をしてもらいながら、
こんなにも会いたかったんだ
嫌いになりたくて、嫌いになったんじゃない・・
そう実感しました。
・・そして、その夜、私は一人
実家に、泊めて貰うことになり
生まれて初めて、自分の胸の内を
両親に伝えたのです
何で、言うことを聞かなかっただけで
あんなに叩いたのか、
何故、私ばかり怒られなければ
いけなかったのか、
何故、私だけこんな思いを
しなければいけなかったのかと
すると、
「いい子になって欲しかった、
そんなに叩いた覚えはないんだけどな」
と父が言ったのです。
「え?そんなに叩いた覚えがないって!?」
と私が驚きながら責め始めると
2人で目を合わせて、
「何を言ってるんだ?」と言わんばかりに
解ったような解らないような顔をしたので
この温度差は何だろうかと
とても違和感を覚えました。
朝は、両親なりに、精一杯の言葉で
謝ってくれたと思っていたけれど、
あの頃のことをほとんど覚えていないんだ
私の気持ちはやっぱり解らないんだ
解かっていないんだと思いながらも、
けれど、
また絶縁するよりは、ずっとマシ・・
あの時の苦しみを味わうよりは、ずっとマシ・・
そう自分に言い聞かせて、
元に戻った振りをして
何もなかった振りをして
上部だけの親子関係を再開したのです
そして、無意識にまた、
あの母へのご機嫌取りも再開していました。
母はその後も、
相変わらず毒舌で冷たくて、
その時に思った感情をそのまま私に
ストレートにぶつけてくる
解っていながらも、
グサリと何度も傷つく
ならば、
もう二度と傷つきたくないからと自分を守るために
毒舌には毒舌をと考えておいた言葉も
咄嗟に来ると返せない
なぜなら、その度に私を
見下す言葉も嫌味も捨て台詞も、
コントロールしようとしてくる言葉も
想像を遥かに超えてくるため、
歯が立たないのです。
けれど、それでも、
あまりの酷さに震えるほどに怒りが湧いて
やっとの思いで返せたとしても、
今度は、口答えをしてしまったという
重い重い罪悪感と
また嫌われてしまうんじゃないかという
大きな大きな不安が残ってしまう
落ち込んでは、腹が立つ
腹が立っては、落ち込む
それなのに、嫌いになれない
その繰り返し
(完全に依存状態)
嫌いになれたら、どんなに楽だろう
頭の中から消えたら、どんなにいいだろう
そう思いながらも、出口がなくて
同じことを、ずっとずっと繰りかえしている
終わりのないメビウスの輪。
それでも、
母と、少しずつ距離を取れるようにはなっていながらも
心の中に、大きなわだかまりとモヤモヤを
抱えながら時間を過ごし、6年が経っていました。
母の毒舌で、操られる・・
母の機嫌次第で、操られる・・
私の心をコロコロと変えられてしまう・・
母ありきの私の心・・
このままでは、
私は、母の毒舌に操られる操り人形・・・
また、私の心が壊れてしまう・・・
また、私を壊されてしまう・・・
もう、母に振り回されるのは
ごめんだ!!
抜け出す術を、
早く、持たければいけない
一刻も早く、見つけなければいけない・・・
そう模索していた所、
TVである人をみかけるのです。
ーあとがきー
両親が、解ったような解らないような顔をした時
今まで、私が苦しい思いをしているという事など
想像もしていなかった様でした
両親と縁を切って2年、姉と10年・・
そこに何があったのかも
何故、そうなったのかも
全く、考えてもいなかった
振り返ったこともなかった様子でした
いつもどんな時も、私が悪い
ということになっていたので
私が勝手に怒って縁を切ったと
私が我儘だからだと
それ位にしか捉えていなかったのだと思います。
そして、
こういった親は
子どもに振るった暴力や暴言を
覚えている人は、ほとんどいません
なぜなら、そもそも、
子どもを一人の人格を持った人間である
尊重すべき存在であるということを
認識出来ていない、理解出来ていない
あるいは、
親だから、何をしてもいいと思っていたり
所有物だと思っていたりと境界線がない
してあげている、育ててあげていると思っているため
子どもを下に見ている
また、その時の感情だけで
行動しているから覚えてない
自分のすることに
そもそも責任を持っていないから
覚えていないのです。
私も、息子を育てている時に、
これと同じでしたが、
途中で大きな違和感を覚え自覚していったのです。
そして、
特に母は、あんなに父に暴力をふるう様に
けしかけていたのに、
今では「私は一切そんなことはしていない、
お父さんが気が短くてすぐ暴力をふるう人だった」と
あたかも自分は潔白と言わんばかりに
完全に父のせいにしています
そして、大分、温和にはなりましたが、
それでも、あの時にこう言われたけど覚えてる?
と冷静に聞いても、
「私は、そんなことは言っていない!」と
急にヒステリックにキレて返してきます
急に、キレるということは、そこに、
「自分を守らなければいけない何かがある」
「過去の傷がある」「心の闇」
があるということ
そもそもそこに大きな自己否定や罪悪感などを
抱えているからこそ
自分の過去を見つめることが出来ない
これ以上、罪を認めることが出来ないということです
認めるということは、
自分をもっと下げることになってしまうので
自分を保つことが出来なくなってしまうからです
だから、いつも目の前の自分のことしか考えられず、
自分ばかり守っているということ
子どもの頃に、親に(周りの大人に)、
守られてこなかった、
だから、今でもこうしてキレてまで
自分を必死に守る事しか出来ないということ
母は、
自己愛性パーソナリティ
なのだと改めて思います。
散々、迷った挙句、
心療内科を受診することを決心し、
子どもへの思いと
この苦しみは、私が悪いんじゃないという思いを
支えにして、向かったのです。
症状を伝えると
「パニック障害」「不安障害」「不安神経症」
と病名を付けられ、
処方された薬を飲み、副作用で寝込むということを
数か月、繰り返していましたが
苦しさは、全く変わりませんでした。
これではダメだとクリニックを替え
今度は、母とのやり取りも含めて話すと
「お母さん?気のせいでしょう?
そんなことは、ないでしょう?」
と一掃され、虚しさと不信感で
いっぱいになりながらも、
仕方なく、また出された薬を飲んでは
やり過ごすことしか出来ませんでした。
その後、3ヶ所程
新しいクリニックを見つけては
今度こそと思い受診し、少しだけ母との出来事を話しても
誰もが、大人のあなたが今頃、お母さんのせいにしてるの?と
でも言いたげな表情のままパソコンに向き
私の心の中を診ようとしてくれない・・・
今現在の表面だけを診て、目の前の症状だけを診て
どうして、そうなったのかというの心の中を
診る医師がいないのなら
増えていく投薬だけではどうにもならないと思うと
全く無意味だと思う様になっていました
心理学を学び、この苦しさは
両親との過去で出来ていると
そっちが真実だと確信していたからです。
けれど、
辛さの原因を知り心の仕組みを知り
何故そうなったのかというプロセスは解ったのに
どうやっても、そこから先がわからない
解決方法が解らない
抜け出し方が解らない・・・
やっとここまで来たのに
やっとやっと小さな光が見えたのに
中途半端で投げ出された気がして、
また真っ暗闇に戻された気がして、
悲しくて苦しくて悔しくて虚しくてたまらず
自分を持て余しては、また深く沈んでいきました。
そして、
沈んでいく理由が
もう一つありました
通院には、
夫に、付き合ってもらいましたが、
いつも車で待っている夫は
こんなにも苦しんでいる私に全く関心がなく
「どうだった?」「大丈夫?」などと
受診の結果を聞くこともなく
いつも無言で帰路に着く日々・・
この苦しさを解って貰えず、
解ろうともしても貰えず、
私の心は一人孤独の中で
余計に虚しさに包まれたのです
せめて、側にいる誰かに、
少しでも解って欲しいこの気持ちが
宙に浮いたこの悲しみが
この分け合えない辛さが
私を余計に、孤独にしていったのです
何年もの間、誰にも頼れず、
本当に、たった1人の
孤独の戦いでした。
あなたがあなたらしく
いられますように・・・

