毒親育ちで元毒親だった私が、
今、毒親育ちやアダルトチルドレンで苦しんでいる方の
回復をお手伝いしています。
前回から13回(予定)に分けて、
アダルトチルドレンだった私の人生の
振り返りを書いていきます。
下書きを書きながら、
あんなに親に支配され苦しんでは
どん底を味わい
自分の人生を終わりにしたい
この世から消えたいと思っていたのに
親と健全に分離できるんだ
人ってこんなに変われるんだと
改めて心から思います
そして、幼い頃からの親との関係が
良くも悪くも子どもの人生にこんなにも
影響を与えるのだということも改めて思います。
なので、
私の中にあるものの全てを赤裸々に出すことで
私の経験が、どなたかのお役に立てることを
心から願っています。
あなたが少しでも
毒親の毒から逃れられます様に
あなたがあなたの人生を
自分の手で取り戻せます様にと願いを込めて・・・
◇簡単なプロフィール◇
幼い頃から両親に虐待され心を支配され洗脳されたまま大人になり
親の言うままに結婚し出産。親からの支配と夫(自閉スぺクラム症)
に悩ませられながら、孤独な子育てをし自らも毒親となる。やがて
心を壊しパニック障害と不安障害になり心理学と出会う。
よければ、こちらもお読みいただけたらと思います。
・・・長年に渡って親から受けた支配と暴力の後遺症は
私の根底に恐ろしい程しっかりと根付いていたのです。
私は30歳を過ぎ、結婚に対して、
漠然と思っていることがありました
結婚はしない、
子どもも苦手だからいらない・・と
今、思えば、
この時は、まだ自分の人生を冷静に
考えられていたのだと思います。
けれど、
そんな考えが、完全に吹っ飛び
私の人生を大きく大きく左右することが、
ある日の朝から、突然始まり
翻弄されていったのです。
仕事に行く用意をしていると母が
「何を、ボヤボヤしてるんだ!
ほらほら、結婚しないと大変なことになる!
ぼやぼやしてたら、子どもが産めなくなる!
35歳までに産まないと、大変なことになる!
あー、大変だ!大変だ!
男は、どれも同じだ!」
と毎朝毎朝、ある時は独り言の様に
ある時は脅迫の様に言ってきたのです
始めの頃は、スルーしていたのですが、
日を重ねるごとに
「早く結婚しないと、結婚できなくなる!
35歳までに子どもを産まくてはいけない!
早くしないと、大変なことが起きる!
どうしよう、母に怒られる!
どうしよう、母に嫌われる!」
そう思う様になり
自分を、追い込むようになっていきました。
過去に、親の言うことを聞かないと
暴力でねじ伏せられ、完全に支配されていた後遺症で、
高校1年生の春に暴力が終わってから
15年程のブランクがあったにも関わらず、
脅迫めいた母の言葉に、
いとも簡単にまた完全に支配されていったのです
母の言葉で終わっていたものが、
また母の言葉で始まっていったのです。
そんなことには、全く気付かずに、
私は、自分を見失っていきました。
そして、
仕事先で、眼鏡をかけていない人
痩せていない人、明るい人を探したのです
何故なら
父が、眼鏡をかけ痩せていたため
暴力を振るうという認識があり
それだけは避けたかったことと、
暗い家族だったため、暗い人も避けたかったのです。
私は、転職したばかりで
(この転職も独身で定年まで働く覚悟で決めたのに)
同じ課にいた夫のことを、よく知らないまま
付き合い始めるのですが、
やがて日を追うごとに、夫の悪評を耳にし
「あいつだけは、やめた方がいい・・」
そう言われながらも、
付き合いをやめることが出来ず
私自身も、それを実感していきました。
夫の悪評とは、
異常な程の「虚言癖」・・・
例えば、付き合い始めてすぐに
こんなことがありました
夫と車で出かけた際に
大型スーパー(ショッピングモールではなく)を
見かけた時のこと
「駐車場はどれ位あるのだろうね?」そう聞くと
ハンドルを片手に指を2本出したので
「200台?」と聞くと
「違う」とまた2本
「え?2000台?」そう聞くと
「違う」とまた指を2本出して
「2万!」と言うのです
「そんなはずないよ」と勇気を出して言うと
夫は無言になり、
ぽかんとして頭の中が空白の様・・
冗談で言ったのなら、その後笑って
「嘘!嘘!!」とか「だよね、本当は解らない」
で終わる話ですが、そうではない
私は、夫のそれをどうなってるの?
と思いながらも、飲み込んで
その後、無かったことにしたのです。
そして、こんなこともありました
「母親の実家が新潟だから、お米が送られてくる
だから、お米は買ったことがない」
と言っていたのですが、
新潟県とは全く関係なく、
夫の実家から車で20分程の埼玉県内で
もちろん、農家でもありません。
こんなこともありました
ある日、たまたま鳩を見かけた夫が
「子どもの頃、ベランダで伝書鳩を飼っていて
下り電車に乗って行った先で鳩を飛ばすと
家に戻って来たんだよ」と言ったのです
夫の家は、
数年前まで、自宅でパン屋を経営していて
その店の真上がベランダ
飲食に関わるお店の真上で鳩を飼うということは
衛生上ありえないと思いました
後で確認すると、やはり鳩など飼ったことなど
なかったのです。
そして、こんなこともありました
夫が、会社の草野球の試合に出た後に
待ち合わせていた時のこと
いつもは、時間通りに来る夫が
少し遅れて来て、開口一番
「ヒーローインタビューを受けて遅くなった」と。
草野球でヒーローインタビュー?
と思ったのですが、
誰かと話でもしていて遅くなった言い訳かなと
無理やり自分を納得させていると
今度は、
「〇〇新聞の記者が来て、明日の新聞に載る」
と言うのです
〇〇新聞は地方紙ではあるけど
単なる会社の草野球がありえないと思ったのですが、
言い返すことが出来ませんでした
何度も言っていたので、一応と思い
翌日、会社でとっている新聞を
隅々まで探しましたが、あるはずがありません
当たり前ですよね・・・
私は意を決して、夫にそれを伝えると
「え?」と一言うだけで、
またぽかんとして、頭の中が空白の様だったのです。
何かがおかしい・・・
やっぱりおかしい・・・
頭の隅で何度もそう思うのですが、
それでも、無理やり飲み込んで
また無かったことにしたのです
これは、ほんの一部です。
異常な程の夫の嘘を聞くたびに
また嘘だ・・・そう思いながらも、
また飲み込んでは、無かったことにした
けれど、そのたびに身体から血が引くような
感覚になっていきました。
それでも、夫の口から出るそれに
何度も何度も出くわしながらも
自分の感情を無かったことにして
半年後の秋に、結納の日を迎えるのです。
身支度を終え、両親と家を出ようとした時、
何故か私に確認するように
「本当に、いいんだな」と聞いて来た父。
すると、私の心の奥底から
『結婚したくない、この人と結婚なんてしたくない!』
という思いが、叫びが、こみ上げて来て
これが、本当の私の気持ちだと
これが、私の本当の思いだと思いました。
けれど、それでもすぐに
「お前は、親に恥をかかせるのか!」
と、キレて怒鳴る母を想像し
その言葉をグッと飲み込んで
心の中に押し込んで「うん・・」と返事をして
結納へと向かったのです。
私は、自分の人生を左右する
こんなに大切なことですら
いつもの様に、その思いも感情も
無かったことにしたのです。
そうすることしか出来なかった・・
子どもの頃から、キレる母が、
何より恐怖だったから。
この結納の日の前にも、
こんなこともありました。
そもそも私は、結納をするつもりがなかったため
「結納はしない」と母に伝えると
母が、たまたま近所の息子さんが
結納をしたと聞いていた様で
「○○さんも結納をやったんだ!
お前は、親に恥をかかせるのか!!」
とキレて怒鳴ったため
恐怖で仕方なくするしかなかった、
本当に怖くて従うしかなかったのです。
結婚式も、友人だけを呼び簡単にすればいいと
決めていたのですが、
姉も結婚式をしなかったため
「娘を2人も生んでやったのに
結婚式もしないのか!この親不孝者!!」
とキレた母の一言で、
遠くから親戚を呼び披露宴をし
母の言いなりの結婚式をしたのです。
結婚式に関しては、
まだ色々ありますが、きりがないのでここまでにします
仲人も、席順も、親戚も全てにおいて口を出し
母の意のまま・・。
一事が万事、
思い通りにならないとキレる母でしたが、
キレれば、私が言いなりになる
服従すると知っていたのです。
そして、この半年後に結婚するのですが、
夫のそれに悩まされながらも
婚約を破棄することが出来ませんでした
というよりも、
破棄という言葉すら脳裏をかすめることもなく
私は、自分を見失ったまま進んでいったのです。
私の人生なのに、
自分の意思も感情も失くしたまま
更に、母の支配に翻弄されていきました。
やがて、結婚し、
嘘をつくとき以外は無口になった
夫への不信感が増し
何故、私は結婚したんだろう
何故、私はここにいるんだろう
と漠然と思いながら、
頭の片隅で「母がキレたら怖いから」と
うっすらとうっすらと答えが出ていました。
けれど、よぎる思いを打ち消して
結婚したことに、心から安堵したのです。
何故なら、母から言われた
「早く結婚しないと、大変なことになる」
と言う言葉を、1つクリアしたからです。
けれど、もう1つ、
クリアしなければいけないことがあり
「35歳までに子どもを産まないと、大変なことになる」
という、母の言葉にとりつかれた様に
私は、出産までの計画を立てていくのです。
1月に、妊娠をすれば、
10月までには生まれる・・・
12月で、35歳になってしまうから
その誕生日までに産めば
ギリギリ間に合う・・・と
そして、
10月5日・・・予定日
『これで、間に合う・・・』
と心の底から思いました。
ーあとがきー
・・・「本当は、結婚なんてしたくない!」
その言葉が、急に喉まで込み上げて来たのに
咄嗟に、母がキレることを想像し
グッと飲み込んだことを、よく覚えています
その時の、場所も立ち位置も、服装も鮮明に・・・。
本当に、母が怖かった・・
母が、自分の思い通りにならないと
キレては、毒を吐き
そして、痛い目に合うということを
身に染みて知っていたからです。
そんな母は、
私を、思い通りに出来ると
ずっと前から解っていた様で
カウンセラーになったばかりの頃にも
こんなことが、ありました。
私は、長年の間、
母が「〇〇が、欲しいなぁ」と口にしただけで
買いに行きたいんだと察し
車を出していたのですが、
その後、心理学を学び、
それは、”母に動かされていた”のだと知り、
母に「○○が欲しいなぁ、の後の言葉は?」と言うと
「心理学を勉強した人は解っちゃうんだね」
と言ったのです。
母は、「欲しいなぁ」と言っただけで
私を、動かすことが出来ると知っていて
コントロール出来ると解っていて
都合のいい様に、私を動かしていた
解ってやっていたのです。
この様に私は、
一事が万事、知らないうちに支配され動かされ
親の言いなりになっていたのです。
今、振り返ると、それはまるで
母に催眠術にかけられていたかの様に
悪徳な宗教に洗脳されていたかの様に
頭や心の何処かで、
うっすらとほんのうっすらと
自分の本心や思いが解っているのに
母に言われたままにしか動けない、そんな感覚でした。
親という権力と暴力を、振りかざしての支配は
本当に恐ろしいものだと、心から思います。
「家庭」という狭い世界の中で
親という権力を使い暴力で支配し
こうして、子どもの思考も意思も判断力も
ましてや、人生までも奪ってしまうのです。
・・逆に言えば、
子どもは、親から見捨てられたら
生きていけないということを知っているため
自分の感情や感覚を失くしてでも
支配されることで服従することで、
辛うじて生き延びる、命を繋ぎとめるという
「無意識の最終手段」なのだと経験を通して思います。
それは、
どんな過酷な環境であっても
「生きるため」「生き残るため」に
生まれ持って備わっている本能なのだと思います。
そして、それ以上であった場合、
その苦痛から逃れるために、
完全に自分の精神を分裂させる
もしくは、自らを終わりにしようとするのだと
思います。
私の場合、
精神を分裂させるギリギリのことろまで行くのですが、
息子の存在と心理学との出会い、
そして、心屋でのある1つの質問に出会ったからこそ
私は今、ここでこうしていられるのだと思います。
・・そして、
夫は、結婚前から
小さなことでも嘘をついていました
付き合い始めた頃、
夫のそれを知っている会社の同僚が私に
「あいつ、いい奴なんだけど・・
治してくれないか・・」そう言ってきたのです。
私は、それを聞いて、
治さなくては・・と変な責任感が湧き
自分でも、不思議な感覚になったことを
覚えています。
これは心理学で、
無意識であれ、自己肯定感や自己重要感の低い人は
自分の存在価値を上げようとするために
「あなたがいてくれてよかった」と言われたいがために
”例え、自分に責任がなくても
無関係であっても責任を取りたがる”
というのがあると知って、これだったのだと思いました。
最後に・・
夫に嘘をつかれる度に
何度も何度も心のどこかでおかしい、
嫌だと感じながらも
感情が麻痺していたため
全てを、無かったことにしていたのは
両親とのやり取りの時と同じだったのです。
(後で気づくのですが、
夫は発達障害「自閉スペクトラム症」だったのです)
・・・
やがて、ままならない子育てにも苦戦し
1人、追い込まれていきました。
あなたがあなたらしく
いられますように・・・

