『逆日本史・２』－樋口清之

●世界で唯一の楕円形金貨・小判

✪秀吉が定量金貨を発行するまでは、取引には砂金か板金を携帯して秤（はかり）で計って用いた。砂金の場合、巾着（きんちゃく）から砂金をすくって、秤で計る。うっかりこぼしたりすると拾うのにひどく手間がかかる。それでは不便なので、金を叩き延ばして板金をつくる。これをノミと槌（つち）で叩き切って使ったのである。

現在でも、古い商家には店の上がり口の縁に、幅広い横木がついているが、これを上がり框（かまち）という。昔は、この上がり框に板金を乗せて、カンカンと叩いて割った。しかし、それも切り取った量が多すぎたり、少なすぎたりして調整の手間が面倒である。

そこで、秀吉は定量貨幣を発行した。たとえば板金から一六匁切り取って、長方形の金塊をつくる。これでは形が小さすぎるので、槌で叩き延ばす。直接では槌に金がつくので、タヌキの鞣（なめし）皮に包んで、その上から叩く。すると長方形の金塊が楕円形になる。それに槌目をいれて飾りにした。世界の金貨は、ほとんど円形で、まれにインドの三角形・五角形などがあるが、楕円形貨幣はこの日本だけである。

この定量金貨には、１０両の大判金と一両の小判金の二種類があり、一両の小判には８７～８８パーセントの金が含まれていたが１０両の大判にいたっては、八両二分の金しか入っていなかった。一両は実用だが、１０両判は贈答用である。秀吉は諸大名や公家を手なずけるために、褒賞として黄金を包んでやったが、そのときに特別あつらえの１０両大判を与えたのである。人の心理は微妙なもので、小さな一両判でもらうよりは、特大の１０両大判のほうをありがたがる。実質は八両二分しかなくても、１０両もらった気持ちになる。そこが、秀吉の無邪気なように見えて、人の心を籠絡（ろうらく）するうまいやり方だった。

この定量金貨発行で、秀吉のもとに大量の金が集まった。発行しただけでも利益が上がるのに、彼はどんどん税を取り立てて、その金貨を回収した。

こうして蓄積した金が、一万両判の分銅金で１６００個にものぼった。なぜ、秀吉が分銅金を蓄えたかというと、重くて盗難に遭うことが少なく、経済変動などで必要なときには、ただちに貨幣に変えることができる予備材だったからである。この分銅金は、第一巻で述べたように大坂城落城の際に徳川家康の手に渡ったが、さらに明治維新で残ったのは、たった一個だった。そしてこの一万両判は、現在でも日本銀行に保存されている。

『逆日本史・２』●世界で唯一の楕円形金貨・小判－樋口清之