最近思ったことのひとつ。
自覚はなくても、舌は長年食べてきたモノの味を覚えているんだなぁということ。
昔から毎日緑茶を飲む習慣があり、アメリカに来てからも続けているのですが、
こちらで買うお茶がどうもおいしくない。それが例え日本産であったとしてもだ。
それが何故だろうとずっと思っていたのだけれど、それが最近発覚した。
実家で飲んでいるお茶がある特定の種類のものだったのです。
それは鹿児島県産の知覧茶なのですが、二十数年間飲んできたお茶が、
その種類だと知ったのは最近のことで、それまでは、母の実家からいつも
送ってきてくれるお茶を毎日飲んでいるという感覚でしかなかった。
高さ50センチくらいのでっかいミルク缶に、いつも大量にストックがあって、
それが当たり前すぎて今まで全然気づかなかった。
それから、もうひとつが味噌汁の味なんですが、
これまたこっちで買う味噌が、いまいちしっくりこないなぁと思ってたのです。
出汁を取って普通の味噌を入れれば、まぁそれなりの味噌汁は出来るんですよね。
もちろんそれもおいしいんですが、何だか食べ慣れない味だと思ってました。
そんなときに、たまたま頂いた味噌を食べたときに、妙にしっくりくるなと感じたのです。
その味噌というのが大豆のお味噌ではなく、麦味噌だったことに気づきました。
翌々考えてみたら、実家で使っていたのがまさしくその麦味噌だったのです。
一時期は毎日麦味噌なのが嫌になって、普通の大豆味噌汁が食べたいと、
親に駄々を捏ねたこともありました。それで大豆の味噌にシフトしたんだけど、
いつの間にかまた麦味噌に戻り、今でもそれは続いています。
これらに気づいたとき、何だか妙に納得したというか、
こうやって人間の舌を通して繋がっていくそれぞれの味があるんだなぁと思いました。
本当どうでもいいことなんですが、記しておきます。
自覚はなくても、舌は長年食べてきたモノの味を覚えているんだなぁということ。
昔から毎日緑茶を飲む習慣があり、アメリカに来てからも続けているのですが、
こちらで買うお茶がどうもおいしくない。それが例え日本産であったとしてもだ。
それが何故だろうとずっと思っていたのだけれど、それが最近発覚した。
実家で飲んでいるお茶がある特定の種類のものだったのです。
それは鹿児島県産の知覧茶なのですが、二十数年間飲んできたお茶が、
その種類だと知ったのは最近のことで、それまでは、母の実家からいつも
送ってきてくれるお茶を毎日飲んでいるという感覚でしかなかった。
高さ50センチくらいのでっかいミルク缶に、いつも大量にストックがあって、
それが当たり前すぎて今まで全然気づかなかった。
それから、もうひとつが味噌汁の味なんですが、
これまたこっちで買う味噌が、いまいちしっくりこないなぁと思ってたのです。
出汁を取って普通の味噌を入れれば、まぁそれなりの味噌汁は出来るんですよね。
もちろんそれもおいしいんですが、何だか食べ慣れない味だと思ってました。
そんなときに、たまたま頂いた味噌を食べたときに、妙にしっくりくるなと感じたのです。
その味噌というのが大豆のお味噌ではなく、麦味噌だったことに気づきました。
翌々考えてみたら、実家で使っていたのがまさしくその麦味噌だったのです。
一時期は毎日麦味噌なのが嫌になって、普通の大豆味噌汁が食べたいと、
親に駄々を捏ねたこともありました。それで大豆の味噌にシフトしたんだけど、
いつの間にかまた麦味噌に戻り、今でもそれは続いています。
これらに気づいたとき、何だか妙に納得したというか、
こうやって人間の舌を通して繋がっていくそれぞれの味があるんだなぁと思いました。
本当どうでもいいことなんですが、記しておきます。





