★オーケーで野辺山高原牛乳を買う。42。cuarenta y dos.

1102~1127

●マンション住人が叫ぶ。

1127.2023年9/15 ごっほっ。ごっほっ。ごっほっ。男が口鳴らしをし、人の沈思を破った。

 ごっほっ。

 ごっほっほ。ごほっほっ。

「うるさいっ」とだれかが叫んだ。マンション住人である。ほうとうにうるさい。

 ごっほっほっ。叫ばれてもまだやっている。高卒単細胞め。

 ごっほっ。

 午前一時になろうとしていた。ごっほっ、ごっほっ。

 一時十四分。ごほっ。ごほ。この男は土日祝日は仕事が休みだから、そんな深更にも外をうろついている。うえーっ。

●中野区立令和小学校。ゲーテ。③

1126.2023年10/13 慣れているとはいえ足が疲れてきた。哲学堂公園をめぐる歩道を男がランニングしていた。別の男もそうしていた。歩行者にとって危険だから禁止との表示を蹴りとばしている。自分がよければそれでいい、か。口鳴らしの男や女と同類である。

 中野通りが西武新宿線の踏切にさしかかるとき、ゴミ収集の車が線路脇の建物の敷地に入っていくのがみえた。そういう車が何台もあった。公務員がゴミを集めてきている。

 踏切を渡ると真新しい中野区立令和小学校があり、その正門のちかくを、私の眼前を、ゴミ収集の軽ワゴン?が走っていく。運転席の男と、同乗の男のふたりが、笑いながらべちゃべちゃしゃべっている。精神性の涵養など、どこかの星の、どうだってかまわないものか。いまラジオから、サイモンとガーファンクルの歌がきこえる。明日に架ける橋。こんな歌もどうだってよいか。アッコのいいかげんに千回なんて聴かないだろう。

 私の知るごく近くの男もその手の職に高卒でありついて、金だけはしっかりもらっていよう。夜、それに土日祝日、しょっちゅうガレージにいたり周辺をうろついたりし、やりたい放題におかしな音をたてまくり人の耳をわずらわせている。

 阿佐ヶ谷にきた。松屋がすくのを待った。通りがかった自転車の男が、ごほっとかまして去っていく。68くらい。路地の建物から女が自転車をひいてでてこようとしていた。38くらい。私は隣接するコーヒー店の店先にいた。ごほっ。女が口を鳴らした。私は例によってやりかえした。

 松屋のカウンターにいるのが男ひとりだけになった。72くらい。つまようじで歯をせせっている。でていかない。

 この男からひとつおいた最奥にすわった。男は顔をむけた。とっくに食べおわっているのに帰らない。私の注文したものが置かれると、その料理を、人がこれから食べるものを見にかかった。うえっ。まだ帰らない。すこしだけ出入口のほうに体をむけ財布の中に手をいれている。まだ帰らない。カウンター席にいるのは私とこの男だけだ。このあと五分くらいして、ようやくでていった。

 70くらいの女がいた。阿佐ヶ谷パールセンターに入ってこようとしていた。たまたま私とすれちがうかっこうになった。女は口元に拳をあて、ごほっとやった。まただ。やりかえしてふりむくと、女はこっちを見ながら歩いていた。うえっ。

 ローソン100高円寺北店に女が入ってきた。25くらい。この女から離れて通路を歩く。女は私のあとを追ってきた。こうして私の姿を見ていた。

「幽霊が出没しても、わが道を進め、進んで行くうちには、苦もあれば楽もあろう。もうこれでいいという瞬間はない!」(ゲーテ『ファウスト』)

●細菌とプール。②

1125.2023年10/13 自動ドアがあいた。左手にある機器に診察券をタッチし体のむきをかえ、右手の受付へいく。すわっている女が顔をむけた。60くらい。入ってくるだれかれを見ている。こんな女に背をむけ、受付に、もってきたものを手渡した。

 こみあっていた。けれど、あいている席があり、手近なそこにすわった。右の女が顔をむけ、人相を見にかかった。65くらい。左の女が、ごほっと咳に似せた音をたてた。何度もやった。ううっと、すぐうしろの女が口を鳴らした。左ななめうしろの、ついさっき私に顔をむけた女が今度は体をこっちにむけた。まるで餌にむらがる池の魚のようだ。ひとりでいられないのである。

 ことにうしろの女は、ううっ、ううっとやりつづけた。50代か。居常書物に接していないのであり、このことを数分ごとに私の耳に教えているというわけである。

 いったん別の部屋にいく。もどるとき、男23くらいがなぜだか受付へいき、このとき顔を、まだ通路にいる私にむけた。うっと口を鳴らした。この男もひとりでいられない。

 もらった数枚の紙を手に、繁華な街を歩く。男60くらいが、その紙に目線を投げた。他人の何かにすぐにひかれるという貧相さをこれでもかとみせた。

 待ち時間に、なんとなくぶらついていた。口笛の音がきこえてきた。うしろから男がきて左脇をとおって前へいく。30くらい。口笛のちょっかいをだした。まただ。

 傷があり、プールで泳ぐのには憚りがあった。細菌が侵入しないともかぎらない。バスで帰るか。始発のバス停は目抜き通りのむこう側にある。横断歩道の信号待ちで、ひとところにいないようにしていた。女がいた。35くらい。信号待ちの人たちに体をむけて立っている。私に目をとめ、目と目があいそうになるときには目をそらした。見たくもないものは見ないというように顔をゆがめ、嫌悪感をみせた。なんでそこにいるのかと私はいいたかった。

 傷がまだ痛い。歩いているうちに痛みはとれるかもしれない。それでバスに乗って帰るのはやめて、歩きだした。

 道は細く、長い。女がきていた。23くらい。むかってきた。やっぱりだ。

――むかってくるっ。

 叫んだ。私がきたほうに過ぎ去った女に、もう一度叫んだ。またこんな女がいた。

 道の中央をきている男がいた。私は集合住宅の駐車場に入りこみ、災いが過ぎ去るのを待った。

 痛みはとれなかった。水泳場のところまできたけれども、慎重を期して泳ぐのはやめにした。

 むこうからきている男が、うっと口を鳴らして十字路を曲がっていく。68くらい。

●ジョシュ・グローバンのYou raise me up.をうたう。①

1124.2023年10/13 きのう、とある駅前で人だかりができていた。何だ?救急隊員の青系の服がみえた。倒れている人をストレッチャーにのせようとしている。そのようすを多くの人が遠巻きにしている。赤の他人に目がない。

 どこにも目線をあてこまないように人のあいだをぬけた。バス停にむかった。

 欧州のどこかの国で、凍寒の冬、ひとりの中年男性が街角にいる。首元からマフラーを垂れさげ、ジョシュ・グローバンのYou raise me up.をうたう。アカペラの見事な歌いっぷりに、人が足をとめる。親にいわれて幼い子が、石畳の空き缶に硬貨をいれた。

 Youtubeにあるこの光景と、きのう見た駅前の人だかりは、大根の質においてまるっきりちがう。この国で生まれ育ちthe日本人の衣からぬけでている人は、ほんとうに僅少である。

●真夏の薄着の女。

1123.2023年8/12 幼児がきゃあきゃあいって狭い庭で水遊びをする。その母親は人がでてきたのを見すますと、やめて、やめてと幼児から水がこっちにかかるのを制止した。このあと私が去っていくとき、ごほごほっと口を鳴らした。うるささの増幅である。この女は33くらい、前からそうだ。網戸をぴしゃぴしゃやりまくることもする。もとより罪障感がみじんもない。皮肉なことに非良識派だからこそおなじく高卒ふうの夫をもち、こどもをもっている。この先何十年ものローンつきの、となり近所と接しあう狭小三階建てに住むといってよい。

 道でカップルとすれちがうとき、マンション駐車場のほうへ逃れた。その日傘の女35くらいはそんな私を見て、ごほっとやった。やりかえすと、ごほごほっとやった。やりかえした。またこんなのだ。

 中野駅北口改札へいくとき、ニューデイズのあるほうへまわった。男23くらいが改札をむいて立っていた。だが私が近づくと、体をまわし私に体をむけ一瞬とまり私を見た。それからまた改札口へ体をむけた。私がきているのをもっと前から把握していたのにちがいない。人に体をむけることを平気でする男がまたいた。この男はそこにいてだれかを待っているようなふりで、真夏の薄着の女を眺めているとみえた。この手の男はよくいる。

 空間のすじむこうの女22くらいは、こっちばかり気にしている。

 日傘の女がふたりならんできていた。ひとりは日傘で顔を隠している。48くらい。すれちがうとき、もうひとりがごほっと口を鳴らした。22くらい。

 JRガード下ちかくに男がいた。23くらい。大通りのガードレールに腰をもたせかけてスマホであり、私が近づいていくとごほっとやった。うえっ。

 空間のすじかいの男は28くらい、スマホから顔をあげ、こっちを見た。むかって左脚を右の脚にのせ、こうして私を見ることができるように足を組んでスマホである。

 男25くらいがこっちを見ながら、ひとつおいたむこう、ドア寄りにすわった。

 席を立つ。となりの車両のすぐそこに空きがあった。そこにすわった。その男が連結部側、私がいたところに移るのがみえた。

 またも席を立った。通路を歩く。ごほっ。うしろ横から男が口鳴らしをした。28くらい。

 終点でおりた。階段へとホームを歩く。ごほっ。左ななめうしろから口鳴らしの音がきこえた。やりかえしつつふりむくと、女がこっちを見ていた。23くらい。この女がやった。うえっ。

●神宮球場ボールボーイと原監督。

1122.2023年10/24 ある芸人がラジオにでていた。彼はヤクルトファンであり、高校のとき硬式野球の経験がある。ボールボーイになればヤクルトの試合を見れ、選手のちかくにいることができると考えた。無謀にもじかにヤクルト球団に電話をすると、面接を経て採用された。

 ある日神宮球場で巨人側のボールボーイをすることになった。ファウルボールがとんできた。彼はなんと素手でキャッチし、観客のみならず巨人ベンチからも歓声があがった。

 すぐに原監督が彼のところにきて、肩をたたいた。

――ドラフトで待ってるよ。

 監督はそう声をかけた。

 それは原氏が二度目の監督の頃だったか。今年よりも心的余裕があったにちがいない。

 ヤクルトOBの橋上氏がいうように、今期、原監督は若手が結果をださないことにいらだち、じっくり見守っていられなかった。先行して逃げきることを好み、先発、中継ぎ、そして抑えの勝利の方程式をつくろうとするも、ぼろぼろにおわった。何がおこるかわからないのに、わかりやすい筋書きをもとめたのである。

 これはthe日本人の心のありようと重なりあっている。ものごとの目に映る表面だけをなめとって得々とするというものだ。ときには攻撃性をおもてにだす。

●あーあ、原監督。②

1121.2023年10/1 Youtubeで昨日の巨人中日ハイライト映像を見た。戸郷から大勢にスイッチし、大勢がヒットを打たれて同点、九回は中川がでてきてホームランを打たれ、結果1対2で逆転負けをくった。いつものパターンである。なんで先発の戸郷が完投めざして投げつづけないのだろう。江本孟紀氏がいうように原監督ではだめだ。中継ぎ抑えで勝とうなどと思うのがどうかしている。

 原氏は契約をあと一年残してやめるみたいだ。投手出身の監督がいい。

●漱石山房。自由の花冠。ゲーテ。①

1120.2023年10/1 中野への道において、男が走って曲がりこんできた。25くらい。こっちにむかってきた。よけると、よけたほうに走ってきた。

 中野駅の洗面所で男65くらいは、ベルトをしめるにあたって体をこっちにむけて私を見ていた。うえっ。

 始発発車待ちのとき、となりあって停車中の車両に女がいた。この女、30くらいは、二枚のガラス越しにじーっとこっちを見ていた。

 ごほっごほっ。すじむこうの男33くらいが、思いっきりやった。いまこの男はこっちに体がむくように、ヤンキーのように足を組んでいる。定型の白スニーカーである。

 静かな町を歩く。うっ。うしろから口鳴らしの音がきこえ、ふりむくと男が私を見ながらきていた。70くらい。

 先へいくのをやめ、枝道へ入りこんだ。男のうしろを、離れていく。背中の曲がったこの男は、文化施設に入っていく。こんな男に文化か。

 マンション敷地内から道にでた。右をとった。男がきていた。30くらい。

 車の安全をたしかめつつ、この男と正面ですれちがわないように真ん中寄りをいく。男は私にむかってきて、間近くすれちがった。こんなやつばかりがいる。

 三鷹行きに乗った。中野でだったか乗りこんだ女は、真ん前にすわった。45くらい。顔をあげつづけ、間欠的に、ちらちら私を見ていた。

 この女が足を組んでいるのが、冊子の端からみえた。視線が私の靴やズボンに注がれているのもみえた。うえっ。

 ゲーテが『ファウスト』で書いたように「内部の自我をおさめることのできない者は、自分の驕[おご]る心のままに、隣人の意志まで支配したがる」のである。「やさしい千の花を編み込んだ自由の花冠」は引き裂かれてはならない。

●フランス人の女。セブンの揚げ鶏。百瀬文晃。③

1119.2023年11/14 ローソン100高円寺北店に女がいた。こっちにむかってくる。この女を見てやった。フランス人かといったおもむきの外国人女性である。25くらい。the日本人とはまるっきりちがい、私を見てはいなかった。ほっそりした長身を黒いウールのコートで包んで、内面から気品がたちのぼっているようにみえた。カトリック女子修道会の経営する光塩幼稚園の正門でMerci beaucoup.と日本人女性にいっていたあのフランス人か。

 レジの順番待ちのところへいく。すぐちかくの棚の前に女がおり、この60くらいはそこにいて私のようすをうかがっているようにみえないこともなかった。私がはっきり先頭につくと、この女はうしろにきた。やっぱりだったか。女は私の靴やズボンに視線を這わせた。気品ゼロである。

 列から離れることにした。女を先にやった。

 会計中のこの女を背にして次を待った。

 私の会計中、順番待ちのところにあの外国人女性がきた。体を私から30度ずらし、顔は商品棚にむけている。さすが個がある。

 もうひとつのレジがあいた。この外国人が私のうしろをとおってそっちへまわった。順番待ちの先頭が、ごまんといる日本人の女になり、この女23くらいは私にぴたりと体と顔をむけた。

 道で人を避けるようになっている。結果、ひさしぶりにセブンイレブンでチキンを買ってみようということになった。

 犬の散歩中の女がいた。22くらい。私がきていることに気づいた。立ちどまった。

 この女のいないほうへいく。回り道になった。やれやれ。

 揚げ鶏は税込み240円であった。たっけー。ちっちゃーい。すぐに食べきった。

 百瀬文晃は『キリストを知るために』において、イエズスのメッセージについてこう書いた。「人間が人間を支配し、弾圧するような社会秩序や、富と地位を最大の価値として仰ぐ世俗的な価値観を根底から覆すもの」であった、と。

●カップルがSプリへ。②

1118.2023年11/14 高円寺駅の南口、商店街をいって右にまがると郵便局がある。そこへいくことにした。

 この郵便局でストレスなく、用件をすませることができた。郵便局は選ぶにかぎる。ATMコーナーと同じである。

 阿佐ヶ谷一番街において、たまたま男68くらいのうしろをいくことになった。まだ遠いところからカップルがきていた。男40くらい、女35くらい。カップルといっても女の着飾りようからして金銭を介在させたものにみえた。このふたりがSプリに入っていく。

 五メートル先をいくその男がその玄関口に顔をむけた。私はそんなことはせず前を見て歩いた。けれども、ひとりの女23くらいがその男とすれちがってから私にむかってきていることに気づくのが遅れた。対処できず、女の思うさまになった。うえっ。またこんな女がいた。

 阿佐ヶ谷パールセンターから裏小路に入った。男がパチンコ店を背に、植物の植込みを枠取るタイルに腰をおろしていた。28くらい。スマホを見ている。通りがかったそのとき、ぷしゅっと缶ビールか缶コーヒーのプルタブをあけた。この瞬間を狙って人の耳朶をふるわせたにちがいない。うえっ。

 一番街をいく。高架下よりも人がすくないからである。居酒屋の前に男が立っている。30くらい。たばこをすいつつスマホを見ている。顔をあげ、私がきているのを見た。この男の前を通るとき、男は、はーっと喉の痰を切り顔を横にむけ、ぺっと吐いた。うえっ。またも音の攻撃をした。程度の軒輊はあれど、底意においてイスラエルがガザに打ちこむミサイルとかわらない。

●郵便局の女。①

1117.2023年11/14 高円寺駅の北、オリンピックの正面にある郵便局に入った。客が三人いた。男、それに夫婦者らしき二人である。この女のほうは、待っている私に顔をむけた。奥の男が帰ったので、この女の右うしろのほうへいくと、またもこっちに顔をむけた。どこにいても女、45くらいが顔をむけ、私を見にかかった。人がちかくにいると空洞の心内にスイッチが入る。こんなやつがまたいた。

 局員三人のうち二人が何か操作しており、順番がまったくすすまない。たまったものではない。でることにした。

 折しも入ってこようとする女と鉢合わせ気味になり、この女47くらいは、うううっと口で音をたてた。よくもまあやってくるよな。やりかえした。歩道をいく。

 ごほっ。

 キャスターを押す運送バイトらしき男がそうやった。25くらい。

 ごほっ。

 まただ。うしろからきている男がそうやった。ふりむいてやりかえす。ワイシャツ姿の男がきていた。45くらい。こいつだ。

 こんな男にうしろからついてこられるのはやりきれない。T字路で右に折れた。ふりむいてそのワイシャツ男がくるかどうかを見ていると、男はまっすぐいったかと思いきや、私のいるほうへ入ってきた。時間稼ぎをしたというわけである。

 みえすいた所業に気もちが荒れてきた。こっちきやがってぇー。そう叫びつつ血相をかえて駆けだした。男とすれちがいざま、ごほっとかましてやった。いまここでそれ以上のことはできないと、自分を抑えていた。飛び蹴りをくらわしたなら防犯カメラに映り逮捕の憂き目をみよう。これまで構築してきて現在進行中のものが崩壊してしまう。ほげぇー。

●コメダ珈琲店のシロノワール。ペトロ・ネメシェギ。

1116.2023年10/30 きのう外苑東通りの横断歩道をわたっていくと、むこうからきている男がむかってきた。40くらい。もっとも顔はそむけていた。それで右へよけた。すると男は、なおも足先をこっちにむけてきた。さらに右へよけ、あいだをとってすれちがった。このあと、男を見てやった。私のいたほうとはちがう方向の道へ入っていくのがみえた。またこんな男がいた。

 コメダ珈琲店が高円寺にオープンした。元はセブンイレブンがあったところである。モーニング文化のある名古屋でつとに知られた名店であり、いつしか東京のあちこちにできている。元横綱若乃花が名古屋でシロノワールを食べている映像を見たことがある。

 そこを通りがかるとき、なかのようすがみえた。歩道から店内が丸見えであり、岸田首相の経済、経済、経済ならぬ人、人、人である。オープン三日目にして大繁盛であり、コメダのことをみんな知っているのにちがいない。ただ、店内はせまい。一人用の席もあるけれど、左右と後方に人である。ゆっくりできるのかなあ。テイクアウトでよさそうだ。

「もはやひとりぼっちの人間は存在しません。イエズスがすべての人間の人生の旅の同伴者だからです。」(ペトロ・ネメシェギ『キリスト教とは何か』)

●中杉通りの女。百瀬文晃。マタイによる福音書。

1115.2023年11/7 阿佐ヶ谷パールセンターを歩いていると、むこうからきている女がななめにむかってきた。43くらい。女児を連れている。

 とっさに避けた。ふりむくと、この母子らしきふたりは福しんに入っていくとみえた。踏み台にするように侮弄同然にむかってきたあと、お金をつかって中華のごはんを食べる。やりたい放題である。

 中杉通りの歩道を阿佐ヶ谷駅方面へ歩いていた。歩道の左をいく私にたいして、右を男がきていた。そのうしろに自転車の女いる。45くらい。自転車にしてはゆっくりだ。男にあわせている。かつ、私との間合いを測っている。三人が横にならびあう瞬間を狙って、男を抜き去り私とごく間近くすれちがおうというわけである。またこんな女がいた。

 車道側に寄り、女に背をむけて待った。その自転車が脇をとおっていくとき、いってやった。

――狙ったあ。

 杉並学院の正門前をすぎた。犬の散歩の女がみえたので枝道に入りこむ。

 右にまがった。むこうから男がきていた。この男は狭い道の真ん中へと移った。うえっ。

 もどることにし、左にまがった。枝道をでようとするとき、右から女がきているのがみえた。同じ枝道をもどることにした。

 JR高架下近くまでいくと、またも人がきていたので反転すると、さっきの女が私のあとをきていたとわかった。うえっ。この女は私にむかってきた。

 結局、はじめ予定していた道をとった。

 馬橋通りを高架下のほうへいく。その女があらわれ、私のいく予定の道へ入りこみそうだった。そこへいくなら、さっき私のあとをきたことで回り道をしている。やっぱり人のあとをわざわざきたというわけである。またこんなのだ。

 ローソン100高円寺北店に男があらわれた。60くらい。スーツ姿のこの男は、通路に入った私を追いかけてきて、こっちに体をむけ私を見た。

 45くらいの男がいた。棚にたいして体を30度ずらし、横目で私を見つづけた。

 小道と小道がT字に交わるところに犬の散歩をしている女がいた。23くらい。体のむきからしてこっちへくるようにはみえない。私が近づいて右をとるなら、こんな女に見られつづけよう。そう思い、もどることにした。左へまがるときふりむくと、その女がうしろをきていた。こっちを見ている。うえっ。まただ。

 内なるまなざしが盲目のままの人ばかりがいる。

 わかき日の百瀬文晃はイエズスについて、こう書いた。「私たちがさまよい出て、離れていくときには心を傷め、御自分のもとに帰ってくるときを待ちわび、また私たちが傷つき倒れているときには、ともに傷つき、再び立って新たな出発を試みるように呼びかけておられるかた」である、と。(百瀬文晃『キリストを知るために』)

 マタイによる福音書に、こうある。「だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。」

●82才のばあば。

1114.2023年10/15 NHKR1朝六時台において82才のばあばからこんな投稿があったと、アナウンサー男性が読んだ。

――飛行機で一時間かけて高校の同窓会にいきます。82才にもなってそういうつながりがあってしあわせです。

 うえっ。この人は自分のことをばあばといい、子も孫もいることを匂わせている。同窓会だとかしあわせだとかいって、人とのちがいを解消する針路をとっていない。the日本人そのものである。

●ねずみ男。コリント人への第一の手紙。

1113.2023年10/30 自転車の男が細い路地に曲がりこんできた。73くらい。中央から私のいるほうに前輪のむきをかえた。うえっ。ねずみ男みたいな、からっぽの顔つきをしていた。

 もうすぐBig-Aというとき、女が住宅に入ろうとしていた。50くらい。去っていく私にぴしーっとファスナーの音をたてた。

 パチンコ店の駐輪場に男がいた。20くらい。路地に入っていく私を見て、その女とおなじことをした。

 ホームにて折り返しの電車を待った。となりのホームに発車待ちの始発がとまっている。そこにすわっている女が、首をのばすようにして私を遠眺めしていた。43くらい。自身のことより、目にみえる他人のことというわけである。

 サラリーマンの多い道をいく。セブンイレブンからでてきたそのひとり、30くらいは、串にさした唐揚げを食べつつ道の反対側、すなわち私の歩いているほうへ移ってこようとした。またこんなやつだ。

 こんな男とむきあう前に、こいつのいたほうへ道を横切った。

 階段をころばないようにおりていく。スーツ姿のサラリーマン男、32くらいがスマホを顔の前に掲げて、それを見つつゆっくりゆっくり階段口に近づいてきた。私を充分に意識し、おりていく私の目の前を通らないようにしているとみえた。

 曲がり階段の左端からおりた。その男が目の前にいる。その目の端で見られつつ、男の横をすれちがうように地上でさらに左へまわりこんだ。男から逃れ、ふりかえった。男が道の反対側へいくのがみえた。先刻までの意図はみえみえだった。

 電車をおりようとするとき、エスカレーター口の混雑を考えた。車内を歩きだす。このときその方向にいる女が、私に顔をむけ、にらむように見た。30くらい。私は乗りあわせただれかれに、心的交わりをさそいかけようなどという気をもっていない。当の勤め帰りふう女は、いちいちかかわってきた。次にこんな場面にでくわしたら、顔をそむけてやろう。

「愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。」(13。4-7)

●どじょう顔の男。ペトロ・ネメシェギ。

1112.2023年11/1 まいばすけっと中野駅西店においてレジのほうへいくと、会計中の女がいた。23くらい。体を30度こちらにむけ、私をうかがっている。だから私はサービス品のおいてあるところに体をむけ、それを見ていた。

 ごほっ。

 右の出入口からずんずん入ってきた男が口を鳴らした。52くらい。スーツ姿、勤め帰りふう。白マスクを口元から浮かせ、音を私の耳にとばしたかっこうである。じゃまだというわけだ。どじょう顔をしているのがみえた。もの慣れたやり口からすると、他の場面でもやってきているにちがいない。経済の地平にいるばかりで何の品位も育ててきていないと私に知らしめた。何日か前のあの銀行員、中杉通りにある三井住友銀行の男と同じである。

 レジの順番待ちで人がいるなら、私ならばもうひとつの通路をとる。元々狭いほうへはいかない。

「この世では、善を選ぶ人こそ損をし、ずるい人、暴力をふるう人、良心のことを心にかけない人こそ得をするかのように見えます。しかし、それはただそう見えるだけです。善の神が在るからです。」(ペトロ・ネメシェギ『キリスト教とは何か』)

●杉並学院。女子生徒のスカート。

1111.2023年11/1 ルック商店街で男が古着屋からでてきた。23くらい。この店員ふう男は、私のうしろへきた。くしゃーん。くしゃみのまねをわざとやった。

 駅周辺はストレスが多い。それを思い、緑道のほうを歩いた。男とすれちがう。70くらい。この男はすぐに立ちどまり、体をこっちにむけた。歩き去っていく私を見つづけるというわけである。ぶつぶついってやると、何かと訊いた。うえっ。

 杉並学院の女子生徒が自転車に乗っていた。私の目の前で、むかって左へ曲がった。私も予定通り左へ曲がった。この生徒は左手をスカートのうしろにまわし、サドルにからまって乱れていないかみた。ついで右手でそうやった。これ見よがしにたしかめた。このあとセブンイレブンのあるほうへ曲がった。

 スカートが気になるなら、ズボンをはけばいい。

 阿佐ヶ谷パールセンターへでるとき人がきているので、建物の出入口にいた。歩いていった女が首を、ななめうしろのこっちにまわして私を見つづけている。30くらい。私がうしろをくると思っているらしい。

 予定をかえ、この女がきたほうをとった。

 ●典型女――セブンイレブンの場合。

1110.2023年10/28 環七。むこうからきている男27くらいは、ずーっとこっちの姿を見ていた。

 必要があって高円寺通りのセブンイレブンでコピーをしていた。右ななめうしろに女があらわれた。50くらい。すでに店内にいた女である。私を見にきて、そこにある商品を見るふりをしているとみえた。

 nanacoでの支払いにしくじった。おくところをまちがえたのである。10円返金のレシートがでてきたから、それをもってレジへいく。

 その手続きのさなか、さっきの女が真うしろの通路にきた。体を私にむけ顔はアイスボックスにむけ、そこに手をいれている。ここでも商品に興味があるふりで、私の動静をさぐっているとみえた。女は店内カゴを手にしていないばかりか、いまだ商品をひとつももっていなかった。

 おわって出入口へと離れるや、女は私のいたレジ前を通っておにぎりの棚へむかった。当初からこれが目当てだったにちがいない。人にどう思われているのか、何の神経も働かせていなかった。

 阿佐ヶ谷駅ホームにて、ななめうしろの自販機の脇から男が私を見つづけた。58くらい。私が動くと、私に体をむけ目で追った。うえっ。

 きた電車に乗った。走りだして、その男がベンチできょろついているのがみえた。黒の革ジャンを着ている。東西線の直通を待っているのか。

 ごほっ。すわっている男が口を鳴らした。50くらい。これに呼応するように、この男の真ん前、すなわち立っている私の右にすわっている男がごほっと同じことをした。35くらい。このあと、どちらも何回かやった。

●ベーカリーのサンジェルマン。B・パステルナーク。②

1109.10/29 駅のホームに男がいた。50くらい。スーツ姿。改札のあるフロアの階段からおりてきた私を見つつ、緩慢に歩いてくる。私を見ることが目的とみえた。

 すれちがう直前、男は反転した。私の行く手のほうに体をむけて立ちどまった。今度は歩いていく私の後ろ姿をたっぷり見るつもりなのである。

 しばらく歩いてふりかえった。当の男が私を見つづけているのがみえた。典型男である。

 ドア前にドアをむいて立った。ふたりがけの席があいたので、そこにすわった。すじかいに女がいる。40くらい。隙に乗じてはこっちを見ている。そんなやつだった。私が立っているときからずっと私を見ていたのにちがいない。

 阿佐ヶ谷でおりるとき、この女は私を見つつ立った。あわせているとみえた。要するに、当駅でおりるつもりではなかったのに、こっちがおりるからおりるというわけである。スマホではなく冊子を見ていた私のことが気になってならなかったか。癪にさわったのか。

 思いがけずリュックがぱんぱんになっていた。ベンチでウインドブレーカーと冊子をリュックにいれよう。あいているベンチを見つけたとき、その女が私のほうにきた。追ってきた。男のいない中年女にみえた。

 こんな女から離れ、遠いところのベンチにむかう。近くに男がきた。68くらい。私を見て、近いほうにすわった。うえっ。そこから首をまわし、またも私を見た。げっ。

 やることをやって階段口にもどったとき、あの女がいまださっきのベンチにすわっているのがみえた。次の各停を待っていよう。ひまな女だ。

 中杉通りの歩道を南へとった。サンジェルマンのほうから女子中学生とみえるふたりがきている。両人ともプーマのちいさな動物ロゴのあしらわれた紺色ジャージ姿であり、部活帰りにみえた。私とすれちがおうとするとき、そのうしろにきていた自転車の女が、私と女子中学生ふたりとのあいだに割りこむように入りこんだ。私だけ南をむいていたけれど全員が一刹那横一線にならんだ。謀られた。自転車の眼鏡女45くらいが、狙ってまんまと成功させた。人の視線をばらかしたのである。またこんなのがいた。

 高円寺の南口にある商店街パルから枝道へ入った。男と女がいた。カップルである。男が自転車をだそうとし、女25くらいは私がくることに気づくや私を待ちうけるように体をこっちにむけた。

 こんな女に見られつづけて歩けるか。否だ。商店街にもどることにした。

 ゴルドンがジバゴに語ったことのなかに、こうあった。「ではなくて、福音書が語ったのは、心によって生みだされた新しい生き方、新しい型の社会には、つまり、神の王国と呼ばれているところには、民族[ナロード]ではなくて、個としての人格があるだけだ、ということだったんだ。」(B・パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』)

●アケビコノハがいるだなんて。①

1108.10/29 きのう、まいばすけっと中野駅西店において女23くらいが、私のいる通路に入ってきた。体をこっちにむけ、顔は総菜の棚にむけていた。またこんなのだ。

 レジ会計中、この女はうしろにきた。私より先にレジにはいかないと決めていたとみえないこともない。あいだを詰めている。ちらちらちらちらこっちの後ろつきを見た。

 中野駅北口方面をいく。狭い十字路の角にセブンイレブンがあり、その出入口に何人かの人がかたまっていた。そこを右にとると、うっとそのなかのひとりが口を鳴らした。私を見ていたというわけである。35くらい。

 パチンコ店の洗面所で男が手を洗っていた。30くらい。髪ぼさぼさ。私が入ってくるのを鏡越しに見たあと、首をまわし、じかに私を見た。狭いというのにどこへいくのかを目で追いかけた。手なんて早く洗えばいいのにそうはしていなかった。

 空間のすじむこうの男は23くらい、バッグから何かとりだそうとする。これをいいことに、いちいちこっちを見た。

 駅のホームを歩く。電車は時間調整でとまっている。ごほっ。電車のなかから女が口を鳴らした。18くらい。私が赤いハンカチを畳みなおしているのを見て反応したのにちがいない。

 横断歩道の途中に自転車の男がいた。60くらい。乗ったまま動かない。えっ?私が渡ってくるのを待ちかまえている。その横を通りすぎたあと、私のうしろで左へいった。うえっ。

 寺の門前に男があらわれた。58くらい。寺内からあらわれた。そこに立ちどまった。私がきているのがわかって、待ちかまえている。まただ。自分のことをしていない。the日本人め。

 マンションの階段をのぼっていく。壁に枯れ葉がくっついている。そう思ったけれど、脚とみえるものが左右対称にある。枯れ葉そっくりの虫にちがいない。

 息を吹きかけてみた。動かない。指でさわると、あわてふためくように飛んだ。ふたつの羽に大きな丸の、目玉のような黄色っぽい模様があった。天敵をおどろかすためだろう。アケビコノハである。

●回転寿司の銚子丸。③

1107.2023年10/22 回転寿司の銚子丸がみえてきた。そこから男が歩道にでてきた。70くらい。ガードレールに腰をもたせかけ、体を同店の出入口にむけた。このままだと私はその下衆男の前を、見られながらいくことになる。うえっ。道を渡ることを考えた。遠くに車のライトがみえた。渡るのか渡らないのか。車は危険を察知しスピードをゆるめた。

 この車がいってから渡った。その男が、遅れてでてきた女67くらいと合流するのがみえた。食べおえて帰るのである。

 野方の商店街を歩く。前方から自転車の男がきた。40くらい。きょろきょろし、こっちを見ている。左手をかざしてやると、ごほっと口を鳴らして脇を通りすぎた。

 うううううっ。うしろから、そんなように口で音をたてて自転車の男がきたかと思うと、人で狭くなっているところを通りぬけていった。47くらい。またこんなのがいた。

 環七の歩道を歩いた。むこうから人がくるので車道側に寄った。

 ごほっ。

 オートバイの男が私を見てそうやった。50くらい。学知なく感情の陶冶もなさそうな醜い顔をヘルメットの下にさらしていた。やりかえしたときオートバイは左にいた。去っていくそいつに口メガホンで二度三度とやりかえした。

 反転し歩きだすと、きていた男35くらいが私を見ていた。げっ。見られた。

 まいばすけっと高円寺大和陸橋店に入った。会計にレジ前にいくと女が、ふたつあるレジのむこう側からあらわれた。30くらい。順番を意識したにちがいなく、私のうしろにまわった。このあとすぐ、私の前にでて、だれもいないセルフレジをつかいだした。うっ?はじめからそこにいかなかったのはなぜだ。

 この女の左で会計に入った。女は体をこっちにむけてマイバッグに商品を詰めた。うえっ。

 背をむけてやった。

 セブンイレブンでカレーパンを買おうとした。レジちかくへいくと、すでにそこにいた男23くらいがこっちに顔をむけた。たまらず私は通路にひっこんだ。

 聖者のようにこの世のものではない何ものかを見つめる人間の面持ち、そんなものを経済生活一点張りのこの都会のだれが一体そなえていよう。

●ヘンタイかソドムの徒か。②

1106.2023年10/22 空腹ゆえに、めずらしくセブンイレブンに寄った。外で肉まんを食べていると、背中側を女60くらいが通っていく。ごほごほっ。女は口を鳴らした。まただ。

 食べおえ、今度は紙コップのホットコーヒーを買おうとした。このときRサイズを、きまってSといってしまう自分がいた。

 コーヒーマシンで抽出中、横のレジ前に男がきた。58くらい。体を30度こっちにむけて会計をしている。うえっ。こんな男に背をむけた。

 学田公園へと右をとるとき、犬の散歩をする女がいた。そのままいくなら道をあいだにこの女と並びあうことになる。うわぁっ。見られるにきまっている。

 もどった。女との距離があくまで、元きた道をもどった。時間に余裕はある。

 中村南スポーツセンターへ入った。ゲートを通って男子更衣室のほうへいく。そこに扉はない。まわりこんでいる通路がまっすぐになったとき、あけすけなのをいいことにか男が真裸を、歩いてくる私にさらしていた。30くらい。なんで何も身につけていない体をこっちにむけているのだろう。ヘンタイかソドムの徒か。

 着替え中の人がいるところを避け、奥へいく。小学生がいた。この男子は凡俗の大人がやるように体を私にむけて服を着た。うえっ。10才くらい。親のまねをして、押しも押されもせぬthe日本人になりおおせるにちがいない。

 水からあがってきた人が私のそばをつかいたそうなので、真ん中のロッカー群に移ることにした。すると、まだ着替えをしている男、30くらいがちらちら私を見た。うえっ。やっぱりだ。

 プール内はいつもと似ていた。私がコース内に入ると泳ぎだす女、私にあわせてコース内に入るも泳ぎださない女、うしろからごほっと口鳴らしをする男、泳ぎだすのかださないのかぼやかしている男、腕や脚がこっちに当たるのに上級コースで、うまいけれどひとりよがりに泳いでいる男、それやこれやの女や男がいた。

●猫が車のタイヤで爪をとぐ。①

1105.2023年10/22 野方警察署を左に野方駅方面への道に入った。駐車場に猫がいた。とまっている車の後輪のところで脚の関節をのばし、挑みかかる体勢をとっている。何だ何だ。ひきよせられ近づくと、車と車のあいだにもう一匹いた。そっちのは純日本種ではないとみえ、顔のまわりの毛がばさばさに立っていた。

 二匹とも太り気味である。人間の私がいるにもかかわらず二匹の猫は、一本のタイヤの両側で相対して後脚で立ち、一心不乱に爪をとぎだした。タイヤはあたらしい。やべぇー。

 道から車が入りこんでくる。私は車のほうへよけた。猫を見ると、もうそこにはいなかった。

●オーケーのロースカツ重。

1104.2023年10/21 銀座にディスカウントスーパーのオーケーが開店し、299円のロースカツ重が話題になっている。ニュースでそう聞いた。

 それがあれば買おうと、きのうにつづいてオーケー高円寺店に入った。時刻はほぼおなじなのにきのうほどは込んでいなかった。

 きのうあった野辺山牛乳はひとつもなく、かわりに同じメーカーの本体価格204円のがあった。きのうのは143円だから、何と61円もちがう。私には必需品であり、それをとってカゴにいれた。次の売場へと体のむきをかえると、右に男がおり、この男23くらいはななめうしろから私の後ろ姿を見ていたのだとわかった。うえっ。

 総菜類は売れ残っているものばかりといった感じにみえた。ロースカツ重など見当たらない。おそくとも昼迄にこないと買えないのかもしれない。

 あったら買おうと思っていたひとつの商品は、もともとないとみえた。まいばすけっとで買うしかない。

 出口はひとつだけある。そこから遠いほうのレジでカード会計をすませた。

 すいている詰め台でレジ袋に購入品を詰めおえた。カゴを所定のところにいれつつ、出口へむかうと、女がこっちに体をむけて私を見ていた。50くらい、やや太め。人の詰め作業の一部始終を見ていたのにちがいない。精神からっぽ女ここにあり。

 この女はレジを通りぬけたところに立ち、夫らしき男がまだ内側で会計中である。私がでていくときになって女はようやく体をその男のほうにむけた。

 オーケーでなくても、スーパーにはこういう女がいる。

 ジャージー牛乳の味が204円に値するのか、よくわからなかった。

 この店に寄らなくてもいい。

 翌日、まいばすけっとでメイトーしっかり濃厚牛乳を買う。賞味期限が迫っており30%引きシールがはってあった。本体価格149円が45円引きの104円である。オーケーのジャージー牛乳とは100円もちがう。メイトーは成分無調整ではなく乳飲料の分類だけれども、味はいい。

●オーケーで野辺山高原牛乳を買う。②

1103.2023年10/20 駅方面に歩きだす。うっ。左ななめうしろから、いつもの口鳴らし音がとんできた。ふりむきつつやりかえした。男70くらいがにやにやした顔で私を見ながらきていた。子犬のリードを手にしている。連れの男もいる。赤の他人へのちょっかい男、精神の奥行きのない男がまたいた。

 もどることにした。十字路にローソンがみえた。残額の減ったSuicaのチャージをしておこう。

 交番の手前の、ちいさな交差点に喫煙所がある。男35くらいスーツ姿がたばこをすいながら体を、レジ袋ひとつを手に提げた私にむけ、凝視するように私を見ている。

 左手をかざす。信号なんて無視し、横断歩道をわたった。緑道を突っきり、陸橋方面へ道をとった。

 まいばすけっと、ローソン100、それにきょうのオーケーのレシートを見比べた。オーケーが安いかどうか。前二店のほうが安いのもある。

 オーケーのレシートの上のほうに、こまかい字がある。会員になって現金で支払うと食料品が本体価格の103分の3割引きされる。100分の3ではない。へーえ。消費税が見かけ上5%弱になるけれど、カードがつかえないとなると、ちいさい財布を好んでつかう私には釣り銭じゃらじゃらの扱いが厄介きわまりない。

 まいばすけっとでは、WAONにけっこうポイントがつく。ローソン100ではPontaのポイントがたまる。ロッピでの商品引換はお得であり、ラインナップからさがすのはたのしみである。

 どこで買おうが、たいしてかわらない。初めて買った野辺山高原牛乳はまあまあ味があった。また買おう。

 いつの日か、こんな都会を脱出しよう。

●オーケー高円寺店へ初めて入ってみた。①

1102.2023年10/20 TBSラジオのジェーン・スーの番組でここ数年、年に一回、首都圏のどのスーパーがいちばんいいかをリスナー投票できめるという企画がある。今年だったか去年だったか、一位はヤオコーである。二位か三位がオーケーであり、この店は高円寺にもある。安いという噂は知っていた。だが、ほとんど利用してはいない。スーパーが苦手だから、環八に面している荻窪店でスティックコーヒーの箱を買ったことがあるくらいである。

 高円寺店へ初めて入った。びっくりだあ。人だらけ。祭りの縁日みたい。欲望の集積場だ。

 ごほっとされるかな。うっと口で排撃音をたてられるかな。

 買う予定のものは、いつものように紙に書いてある。それを見ながらキャベツサラダの袋の前にいると、ちかくの男25くらいが私に体をむけ、首をまわして顔はそのサラダ類へむけていた。またこんなのがいた。どこにだっている。

 この男のうしろへまわった。キャベツとレタスのサラダをカゴにいれた。さて、ドレッシングはどこにある?ない。どうしよう。作業中の女店員さんにきくと、場所を教えてくれた。けれど初めてここにきたのでよくわからなかった。

 カゴを人に当てないように歩いた。パン売り場が込んでいた。とまって動かない女、女、女がおり、女店員さんがしゃがんで作業をしている。どの女も中年にみえた。

 その女のひとり、50くらいはパン棚に顔をむけ、じーっと見ているばかりで手にとろうともしない。だからその女の脇から手をのばし、この女に見られていることはわかっていたけれど、もともと買う予定だったパン袋をひとつとった。消費期限がけっこうあるとわかり、もうひとつ同じものをとってカゴにいれ、ずーっとそこにいると女にぶつくさいいつつそこを離れた。

 ドレッシングの小袋は、総菜売場で弁当類の整理をしていた男性店員さんに訊いた末、すぐそこにあるとわかった。あった、あったと小声で喚声をあげた。ふりかえれば、あの最初の女店員さんの教えてくれたとおりだった。

 レジの順番待ちにつこうというとき左手の先にいる女55くらいは、私が気づくより前に私に気づいたようで首をまわし、横目ながらしかと私をにらんだ。うえっ。商品ではなく人を見る。やっぱりこの手の女がいた。

 すぐに順番がきた。カードの一覧からするとedyもWAONもだめで、私がつかえるのはSuicaだけである。現金支払いでは釣り銭の小銭で財布がふくらむから、Suicaにした。残額はある。即時のチャージなんて無理だろうね。Suicaをあてるところがちがっており、レジ係に直されたのち支払いがすんだ。このとき次の男23くらいが落ち着きなく、こっちに体をむけていた。

 詰め台のあいているところへいく。右の女は45くらい。体を台にたいして45度にしている。ほかの人を見るためにそうやっている?左の男は35くらい、マイバッグらしきものをカゴのなかではなく右におき、商品をいれるたびに顔をこっちにむけた。うえっ。キモーイ。

 右の女の、もっと右のほうにだれもいなくなったので、レジ袋をいれたカゴを手にそこへ移った。左にさっきの23くらいの男がきた。ロール巻きの小袋をひとつとって、じろじろ見られる前に退出口からでた。