JUKEBOX から きこえてきたアメリカ

JUKEBOX から きこえてきたアメリカ

テキサス・マンハッタン・ハリウッドと
アメリカ滞在時の90年代を中心に 当時の思い出の曲やジュークボックスでかけた曲
そして、80年代 70年代など懐かしい洋楽をご紹介できればと思います。

 

 

SARA SMILE / HALL & OATES

 

 

 

 

 

 

今回のマンハッタンでは、ライブを1つしか観る時間がなかったのですが

久しぶりの BLUE NOTE で、心地いいライブを観れました。

全く知らないR&B系のギタリストでしたがMCが上手いので、やっぱり

アメリカ アメリカ旗 のライブはいいなって思いました。

久しぶりの BLUE NOTE は若干広くなったと言うか、昔よりも席の間隔が

ほぼないみたいな、ぎゅうぎゅう詰めで、これ入れ過ぎじゃないかなって

思わずにはいられなかったですが、雰囲気は昔と同じで洒落ていましたよ。

 

それにしても

一番円安の時に行ってしまったので、ライブ1つ観るのに、食事と土産で

昔じゃ信じられない金額になっていました(笑)

僕がいた頃の昔の アメリカ時代 アメリカ旗 のよさ、マンハッタン時代のよさって

とにかく毎晩ライブを観れるぐらい、もちろん大小ありますが、あまりに

安かったから、"この金額でライブを観れるの?" そんな夢のような環境で

したが、今日ではもう感じられないですね(笑)

 

 

さて

1975年にリリースされたアルバム "DARYL HALL & JOHN OATES" に

収録され、アイコンになった最高傑作 "SARA SMILE" です。

今回の BLUE NOTE でのギタリストがゲストのギタリストを迎えて、この 

"SARA SMILE" のカバーをやってくれて、ホント最高にうまかったです。

 

何だろう、僕はゲストのギタリストのことは知らなかったですが、どうも

JAZZ 界とか R&B 界で重鎮だったようです。

その彼を呼ぶ時のMCの上手さや盛り上げ方にアメリカ アメリカ旗 らしさを感じ

たし、観客が大喜びしていたので、あの高揚感、あの雰囲気、アメリカ アメリカ旗 

でライブを観れるってホント最高だなって思いました。

 

昨年は大きなアリーナで NICKELBACK を観ましたが、あれはあれで最高

にぶっ飛んだアメリカ感 アメリカ旗 を感じられましたが、今回の遥かに小さい箱

ライブハウスの BLUE NOTE で観るライブは、もう言葉に出来ないぐらい

最高でした。

 

 

 

僕はこの BLUE NOTE で一体どれぐらいの数のライブを観たのか、全く

思い出せないですが、いくつもある中で、最高の思い出は、僕にとっては

人生最大級のライブになった RAY CHARLES のライブです。

僕のアメリカ アメリカ旗 での夢は映画 "BLUES BROTHERS" に出ている重鎮の

ライブを観ることでした。

その1人 RAY CHARLES を昔の BLUE NOTE で観れたのは、僕の人生の

宝物です。

この時の話を書こう書こうと思ってからもう何年も経っていますが、今回 

BLUE NOTE に行けたことで、色々と思い出したので、そろそろ書こうと

思います(;^_^A

 

 

 

 

 

 

 

■CAMELLIA

■ALONE TOO LONG

■SARA SMILE

 

 

 

 

このアルバムからは3枚のシングルがリリースされ、全米17位 アメリカ旗 を記録

クロスオーバーヒットして、初めてR&Bチャートでも50位に入りました。

 

 

HALL & OATES にとって初めてのベスト10ヒットになり、全米4位 アメリカ旗 を

記録し、R&Bチャートでも23位のクロスオーバーヒットになりました。

その後、特に多くのR&B系のアーティストたちに愛されカバーされ続ける

曲にになりました。

そして多くのメディアのサウンドトラックに使われ続けています。

 

マンハッタンで暮らしていた間、いつも夜景を見ながら "SARA SMILE" を

聴いていました。

このアーバンな感じがマンハッタンの夜景に合っていて、今でも思い浮かべ

ることが出来ます。

 

 

■US ADULT CONTEMPORARY チャート18位

■US R&B チャート23位

■GOLD DISC 獲得

 

 

HALL & OATES もマンハッタンが拠点になって活動していましたが、当時

最高のライブを観れました。

このライブのことも書き残しておきたいな。

あれこれ多過ぎて、時間がありません (;^_^A

 

 

 

 

 

 

 

 

MY DREAM IS STILL ALIVE

ROUGH BOY

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ENGLISHMAN IN NEW YORK / STING

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりのマンハッタンから戻ってきましたが、ワシントン D.C. 共にとにかく

暑かったし、タイムズスクエアの空気は僕がいた頃よりも悪くなってました(笑)

僕がいた頃は "しょんべん" 臭い街でしたが、今は完全に "ゴミ" 臭い街になって

世界の広告のアイコン タイムズスクエアはごちゃごちゃしてるだけで、様変わり

していて、アメリカ感 アメリカ旗 がなくて、どこか別の新興国の街みたいに感じました。

昔のほうがずっといいなって思いました。

あと寂しく思ったのは母国の企業の広告がなかったことです・・・

僕がいた頃は母国の企業の広告のピークで、毎日誇らしく思っていました。

 

早朝も夜中もほとんど寝ずに、マンハッタンをうろうろしましたが、人がいない

時間帯はやっぱり最高ですね。

早朝の土砂降りの雨に見舞われましたが、全身びしょ濡れで RADIO CITY HALL 

の屋根で、アミーゴ2人と完全に怪しい他の2人と僕で雨宿りしていました(笑)

土砂降りのマンハッタンは雰囲気があっていい映像が撮れました。

 

とにかく観光シーズン真っ只中だったので、マンハッタンのどこも人が多過ぎて

疲れました。

 

地下鉄は昔からですが、超空気が悪いし、どれだけ日本の街や環境が優れている

のかを実感できます。

比較するだけの同じ土俵にすらのっていないです。

 

このSNS時代とんでもない人の数と、ルールを守らない国の人種がうろうろし

マンハッタンの景観を損ねています。

金のある連中はマンハッタンでも特別な生活空間を確保しているか、開発されて

環境がよくなって洒落た郊外で、凡人には想像出来ない生活をしてるんだろうな。

そう想像出来ます。

逆にワシントン D.C. は空気も環境も相変わらず良かったです。

もちろん街の規模が違い過ぎるので、比べるものではないですが、いい街だな。

そう思えました。

セントラルパークでもそうでしたが、メモリアルパークに健康意識が高い連中が

たくさんいて、アメリカ アメリカ旗 らしさを感じました。

昔からこの2つの街にいる意識の高い連中が存在することは、変わってないなっ

て思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■WE'LL BE TOGETHER

■BE STILL MY BEATING HEART

■ENGLISHMAN IN NEW YORK

■FRAGILE

■THEY DANCE ALONE

 

 

 

 

1987年にリリースされた2枚目のアルバム "...NOTHING LIKE THE SUN" 

僕のテキサス時代 texas の寮にいた頃の思い出深いアルバムです。

とにかく当時のMTVで、リードシングルになった "WE'LL BE TOGETHER" に

始まって、ソロになってからの STING の映像戦略は洒落ていて、アメリカ アメリカ旗 

のMTVを支配していたなって思います。

 

このアルバムからは5枚ものシングルがリリースされ、全米9位 アメリカ旗 のヒットに

なり、クロスオーバーヒットして、R&Bチャートでも52位のヒットを記録

地元イギリスでは初の1位 イギリス になり、世界中でベスト10ヒットになりました。

 

それまで、エンジニアとして多くのアーティストのアルバムの仕事をしてきた 

NEIL DORFSMAN をプロデューサーに抜擢し、エンジニアに HUGH PADGHAM 

を迎えて制作されましたが、このアルバムでの大成功で NEIL DORFSMAN は

プロデューサーとしても、次々と多くのアーティストを成功させていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

3枚目のシングルヒットになったこの "ENGLISHMAN IN NEW YORK" は後に

多くのアーティストたちにカバーされるアイコンになりました。

マンハッタンにいる頃に、仲間と俺たちは "JAPANESE IN NEW YOROK" だな

って、皆やっていましたが、変え歌を唄っていました。

この "ENGLISHMAN IN NEW YORK" は全米84位 アメリカ旗 のヒットで終わってし

まいましたが、いつまでも愛されているスティングのアイコンです。

 

"NEW YORK" って言うと、圧倒的なビル群と美しい街並みのイメージが思い浮

かぶと思いますが、ニューヨーク州自体は車でさんざん走りましたが、ほとんど

何もない田舎です。

僕も最初はニューヨークのイメージはまさにそれでしたが、住んでみて分かる

ことは、住んでいる人たちは皆 "マンハッタン" って呼ぶことです。

ニューヨークと言うと想像しやすいし、郊外に住んでいたのなら、ニューヨーク

って言いますが。

 

このビル群や街並みは "MANHATTAN" マンハッタンのイメージそのものです。

 

だから "ENGLISHMAN IN MANHATTAN" かな

 

このPVでも出てくるのはマンハッタンの街そのもので、洒落たマンハッタンが

観れるPVです。

窓越しに、うっすら遠くに見えるツインタワーのシーンが、今では最高にカッコ

いいなって思えます。

 

 

 

 

STING のことについて、少し書いています。お時間あれば

■JAMAICAN IN NEW YORK / SHINEHEAD がカバーしヒットしました。

■IT'S PROBABLY ME / 骨太な男らしい傑作

 

 

 

 

 

 

 

MY DREAM IS STILL ALIVE

ROUGH BOY

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

LIFE / K-CI & JOJO

 

 

 

 

 

1999年にリリースされた2枚目のアルバム "IT'S REAL" に 収録された傑作

たまらなくシビれる "LIFE" です。

"JODECI" にいた K-CI & JOJO の兄妹が満を持しデビューし、成功を収めた後

待望されたこのアルバムがリリースされました。

この "LIFE" は同名映画 "LIFE" の主題歌としてリリースされ、ヒットしました。

 

このPVの冒頭のシーンやセリフが、アメリカ アメリカ旗 の黒歴史上でさんざんあった

事実や罪を象徴していますが、僕はこのテーマに関係するドキュメンタリーは

もちろん映画などさんざん観てきましたし、縁のある土地も多くを巡りました。

同じテーマなら STEPHEN KING の映画 "THE GREEN MILE" がありましたね。

恐ろしいアメリカ  アメリカ旗  を知る上で必要なものです。

それを勉強できる映画だけでも山のようにありますから、ぜひ時間があるときに

ゆっくり観ていただければと思います。

 

日本人である僕たちにとっても、アメリカ アメリカ旗 というか、白人が世界中でやって

きたこと含め、日本人にやったことはとんでもなく恐ろしいものです。

去年の夏も、戦争が始まり当時アメリカにいた日本人が全てを奪われ収容された

キャンプ跡の1つで、ワイオミングにある田舎の小さな誰も知らないような施設

に行ってきました。

ひっそりあるだけで誰も気にするようなものではありませんが、日本人である僕

にとっては重要なことです。

僕はそんな土地や施設をさんざん旅してきました。

僕はただのアメリカ好きの馬鹿じゃない、日本人の誇りを持っているからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この映画 "LIFE" 自体はブラックコメディなので、ホントに笑えるので大好きな

笑えるアメリカ アメリカ旗 らしくて EDDIE MURPHY らしいコメディ映画です。

EDDIE MURPHY と MARTIN LAWRENCE の最強コンビで制作されたこの映画

に関しては、話出すと切りがないので、またゆっくり書き残そうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

■LIFE 

■FORTUNATE

■NEW DAY

■IT'S GONNA RAIN

 

 

 

 

錚々たるR&B界の面子がクレジットされたサウンドトラックは、全米10位 アメリカ旗 

R&Bチャート2位を記録しました。

R. KELLY が提供しプロデュースし、シングルヒットになった "FORTUNATE" 

は MAXWELL にとって、最初で最後のナショナルチャートベスト10ヒット 

全米4位 アメリカ旗 を記録して、R&Bチャート1位のヒットになり GOLD DISC を

獲得しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時待望されていた K-CI & JOJO の2枚目のアルバム "IT'S REAL" からの

リードシングルになり、コメディ映画 "LIFE" のサウンドトラックからも

同時にリリースされました。

何んと言っても、当時超黄金期が続いていた R. KELLY がプロデュースした

ので、自分の曲だけをリリースしてヒットさせるだけでなく、楽曲を次々と

他のアーティストに提供して、それらをヒットさせていく R. KELLY の天才

ぶりは、本当に凄いなって思いました。

 

この "LIFE" は全米60位 アメリカ旗 のヒットになり、R&Bチャート15位を記録

しました。

 

裁判沙汰になって、結果など、どうなったのかアップデートしていませんが

アメリカ アメリカ旗 のことなので、とんでもない吊し上げになったんじゃないかな・・・

もちろん色々悪いこともさんざんやっていたとは思いますが R. KELLY には

この "LIFE" のようないい曲がたくさんあるので、問題さえなければ、まだ

まだいい曲をたくさん残してくれたのになって思います。

天文学的な成功をしてしまうと、それに群がる輩や悪意のある連中が、どう

吊し上げるのか、手ぐすねを引いて待っています。

またその吊し上げは、アメリカにいないと絶対に理解出来ないぐらい、半端

じゃないので、アメリカ アメリカ旗 は本当に怖いなって思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

MY DREAM IS STILL ALIVE

ROUGH BOY