祖父の物語、終わりにあたって…
まず、ここまで辿りつけたことに
大げさですが、感慨があります。
私を励まして下さった
新しくお知り合いになった方々に感謝を。
そして陰に陽に、私を黙って見守ったり支えてくれた、友人や後輩達に感謝したいと思います。
いつもありがとう。
「明るい元の私に、早く戻ってほしい」と皆に言われて…
ゆっくり元気を目指します。
私は最近、自分の先の目標や
使命と感じたことを失ってしまいました。
長く仕事をしていれば、辛いことはあります。
でも仕事以外で、辛かったことは
周囲にも同じ経験をした人が多く
その度に、励ましや助けを受けてきました。
ただ、誰も理解も想像もできず、
経験のない世界での出来事は
周囲が助言もできませんし、
自分も咀嚼や消化ができませんでした。
考え悩み、暗闇を手探りで進む中で
聞こえてくるのは手引きでなく
受け止め難い感情…。
自分も、他人に決して発したことのない言葉に驚いたり、嫌悪を感じたり。
「事実だけ追っても、あなたは間違っていない。
普通に生きてきて、人としてあるはずの常識や、持っている感覚から外れてはいけない。
もたらされる結果は、あなたにとって最善」
完全に自分を見失っている状態の時
そんな友人達の言葉に、何度も救われました。
そして何故、長く生きてきて
そんな事に合わなければならなかったのか、
まだ、その意味の全てを探せずにいます。
その中でも自分が感じているのは、
「どんな辛いことがあっても、
生き抜いていかなければならない」
という、祖父からのメッセージでした。
そして、学んだこと…
人に頼ってばかりでなく、時には一人で考えること
ただ、第三者の視点や意見は大事で
そこには真実が含まれている
時間をかけて考えるより、
とりあえず動くことが大事な時もある
自分にもいいとこ、悪いところがある。相手がいる場合、いいところも悪いところも含めて、全てがその人である
努力しても不可能なことを
口にしてはいけない
(不可能なことを示されて、そう思いました)
気に入らないことを、すぐやり返すのは子供である証拠、どちらかが大人でなければいけない
どんなにウソのないことを示しても
常に疑われたら、信頼関係は成立しない
本当に進むべき道なら、
自然にスムーズに進んでいくはず
清濁合わせ飲むことと、
看過してはいけない違和感を
区別して見極めること
何かをしてもらったら感謝すること
「ありがとう」と「ごめんね」は
どちらかだけでなく、互いに言い合うことが大事
上手くいかなかった場合でも
人生は、なんとかなるし、
なんとかしなくちゃいけない
ポジティブである方が、おめでたい人に見えても尊くて幸せ
何歳でも挑戦できるし、
何歳からでも人生は変えられる
自分の勝手ルールは変えてもいいが
法律や道理等、社会人として守るべきことを守ることが大前提、
守れないのは論外
時が経って、感謝だけを思い出せるのがベスト
その為に、これからいい人生を歩まなければいけない
既に、たくさん学んだことがわかりました。
それを確認することができたこの場所と祖父に感謝して、
この物語を終わりたいと思います。
ありがとうございました。
