さちは一瞬満たされた事で
これからも少しずつでも頑張っていけると
安心して心が前向きになっていたように思えた。

けど結局

さちの心は全然安定しなかった。


自分でもわかんなくなっていた。

かなり情緒不安定になっていたと思う。



あの日から二日後
さちは彼と二週間ぶりのデートを楽しんでいた。

新しく見つけたお店でランチをして
今までと何も変わらないような
楽しい時間を過ごした。

ただ


デートの途中で何度か
気分が落ち込みすごい不安に襲われる。


今また感じ始めた幸せが怖かった。

頑張って気を取り直したが
彼が観たがってた映画が始まる寸前
自分もすごく楽しみにしていたのに
なぜかまた激しく気分が落ち込んでしまった。

彼に気づかれないようにしてたけど
彼が気づいて心配してくれた。


ごめんね。
せっかく一緒にいるのに。

すごく申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


でも映画はすごく楽しくて
終わる頃には気分がすごく良くなっていた。


夜は一緒にライブに行って
ふたりともすごく楽しんで
帰りもライブの話ですごく話がはずんで
また次のライブも行こうとか
今度はどうしようとか
そんな先に繋がる話をしたりしていた。


すごく楽しいのになんでだろう
また気分が落ち込みそうになった。

こんなに楽しく過ごせた一日が
今お互い良い気分で終わろうとしているのに
さちはどうしてもまた彼と話がしたくなった。

なんで今日こんな気持ちになるのか。


思えば二日前

さちは自分の事を嫌いになったわけじゃないって
言ってもらえた事で安心しきっていて
いろいろ聞きたい事や話したい事があったけど
彼の話をただ聞く事に専念していた。

あの日はもの足りていた、確かに。

でも今こんなに自分が不安で
話を聞いて欲しいと思ってしまう。

でも今さちが話しだせば
今日楽しかったこの一日を
台無しにしてしまう気がした。

さちはものすごく迷った。

でもこのまま帰ってしまったら
きっと落ち込んでしまう。

またひとりで
どうしようもない不安に襲われて苦しくなってしまう。


どうすればいいんだろう。

自分はどうしても話したい。
彼の事を思えばこれ以上
負担になる事は話したくない気持ちと葛藤した。


どうすればいい。
どっちもとれない。

どうすればいいんだ。
仕事が終わればすぐ帰って
早く寝てしまいたい。

心と体の疲れを少しでも軽くするには
たくさん休む事。

さちに会っている余裕がないほどだったんだろうなって
思う気持ちと同時に
さちじゃ彼の支えにはなれていないんだって
虚しく思った。

だからせめて今は
心にあるもやもやをたくさん吐き出させてあげたくて
ひたすら彼の話を聞いた。
少しでも彼の気持ちが楽になればいいな。
今この時間だけでも
さちは彼の支えになれているだろうか。

気がつけば涙は止まっていた。

でも話の途中でまた溢れ出たりした。



今日会えた事
さちが嫌いになった訳じゃないって
言ってもらえた事
彼が思い詰めている事を話してくれた事
それだけで十分だった。

ここに来るまで
不安でいっぱいだったさちの気持ちは
帰る頃にはだいぶ落ち着いていて
しばらく彼と田んぼに囲まれた
真っすぐな道路を散歩して
ひさしぶりに肩を抱いてもらえて
今大好きな彼と時間を共有してる事に
すごく幸せを感じた。

ただ散歩できるだけでもいい。
さちがずっと望んでいた二人の時間だった。




彼が途中まで送ってくれて
笑顔でお別れをした。







あんなに不安であんなにたくさん泣いて
どうしようもない気持ちで走っていた道を
今満たされた気持ちで家に向かって引き返している。

もう二人の関係で悩むのが嫌で
もうダメだ、もう無理だって
思ってたけど
また頑張ってみようって
また時間をかけて立て直して行こうって
そう思えた。



家に着いたらすごくお腹がぺこぺこだった。
きっと気持ちが落ち着いたらかな。

ご飯を食べてから上司に連絡した。
まだしばらく大変かもしれないけど
頑張れなってまた応援してくれた。


ホントにこの人に相談して良かった。
あの時もう一度だけ頑張れって言ってもらえたから
今こうして乗り超えられたから。

さちは感謝の気持ちでいっぱいだった。
今さちのためだけに彼が隣にいる。

彼の気持ちがわからなくて辛いはずなのに
なんで今こんなに嬉しいんだろう。
ただ二人きりで会う事さえしばらくなかったから
それだけでもかなり満たされていた。

さちは神社まで手をつないでいる間
会いたかった気持ちを笑顔で伝えた。
嬉しい気持ちも。


彼の家から100mくらい先の
小さな神社にたどり着いた。
入り口の階段に腰をかける。


まだ涙は止まらない。

さちは笑顔を真剣な顔に変えて少しずつ話す。



のぞむが何を思っているのか。
聞きたいよ。

さちはこのままじゃ辛いと言った。



のぞむは

別にさちの事が嫌いになった訳じゃない。




ただ仕事の事で頭がいっぱいで
さちをかまってあげられる余裕がないと言う。



さちはそんな答えが返って来ると思わなかった。

彼がそんなに仕事の事で思い詰めてるなんて
少しも思っていなかったから。





私たちの仕事は営業販売。

売り上げの事とかノルマの事とか
店自体が売り上げ不振で
特に私たちの持ち場は責め立てられている。

お客様からは見えないが
接客中でも飛び交う
レシーバーを通しての上司からの罵声とか
ろくに休憩ももらえず必死に働いても
さんざんな扱いをされてしまう。

もう半年近くその状態が続いている。

その事に、彼はすごく嫌気がさしていた。


今までは二人で食事の時に
たくさん愚痴って発散させて
うまくやっていくにはどうすればいいか
そんな辛い状況でも改善方法を考えてきた。

二人で頑張ってきた。


でもどうあがいてもどんどんひどくなる一方で
彼は仕事に対して何も望めなくなっていた。


仕事に対しての気持ちを
こんなにたんたんと話す彼は初めて見た。


もし電話に出なかったら
いつまででも
朝まででも待っていようと思った。

このまま会えなかったら
さちはおかしくなると思ったから。


どきどきしながら1コールずつ数えた。



4コールで止まる。



のぞむ出た。

どうしたの?

今のぞむの家の前にいるよ。
会いたいから会いにきた。
ごはん食べた?


え、うーん...
食べてないよ。
さち泣いてるの?
とりあえず行くから。



冷静な彼の声を聞いて
気持ちが落ち着いた自分がいた。

電話にでてくれた

良かった。



彼を待つたった数分が
すごく長く感じた。

田んぼに囲まれた交差点。
きれいな空気と
静かに響く虫の声がすごく新鮮だ。


彼はこんないいところにいるんだな。



数時間前まで一緒に仕事をしていた彼が
恋人の顔でさちいる交差点まで来た。

さちはずっと止まらない
涙でくしゃくしゃなってしまった顔を
笑顔に変えて彼を迎えた。


彼はすぐさちの手を握ってくれた。

彼に会えてすごく嬉しい。
会社ではなく別の場所で。


近くの神社に向かって歩き出す。


べつにさちの事を嫌になったとかじゃないんだ。

彼は歩きながらそう言ってくれた。
さちは泣きながら車を走らせていた。

彼の家へ向かっていた。


さちはひとりぼっちだよ。
強がっていても
ホントはすごく不安で
ホントはいつだってのぞむと一緒にいたい。
もうこんな思いは辛くて
このまま冷めていけばいいって
そう願ってたんだよ。
自分が傷つかなくてすむように。
もうひとりで泣かないように。

ただもう一度だけ
頑張って向き合ってみようって
向き合えていないのは自分じゃないかって
思えたのに

のぞむはこっちを向いてくれなかった。



こんな宙ぶらりんな状態が続くなら
いっそふられた方がましだ。


心がちぎれそうだった。

さちは自分の気持ちをセーブする事をやめた。
もう我慢できなかった。




気がつけば彼の家の前まで来ていた。

今まで数えるほどしか来た事がない彼の家の前。
部屋に入った事は一度もない。


彼の車があってほっとした。
いなかったらどうしようって思ってたから。

でも、もし彼が家から出てきてくれなかったら...
今度は不安に襲われていた。



さちの携帯が鳴った。

上司からだ。

会社を出る前さちから電話したがつながらなかった。
それの折り返し。


さちは冷静なふりをして話していた。
でもやっぱり泣き出してしまう。


上司は背中を押してくれた。

お前すごいよ。
さちが思うように話な。
気持ちをぶつけておいで。

頑張れ。



さちは泣きながら笑ってありがとうを言った。


不安でいっぱいだったさちの心は少し落ち着いた。

電話を切って車を降りた。



こんなに彼に電話をすることに緊張した事はあるだろうか。
いつも5コールで留守番センターにつながる。
いつも家では手元に携帯を置いていない彼。



お願い、電話出て。