皆さん、こんにちは。今回は森本哲郎「読書の旅」(講談社文庫)からの気づきについてです。
同書は「世界もまた一冊の書物である。真の読書というのは、けっきょくは世界という書物を読み、人間という本を読むことである。私の読書の旅の目的地も、じつはそこにある。(本文より抜粋)」という一文から始まっています。
著者は「人間という本を読む」ことについて、「ときどき私は、最も人間的な行為とは「読む」ということではないか-と思う。人間とは「読む動物ではなかろうか、と。(中略)私たちは相手の気持ちを読みとり、それに共感したり、反発したりしながら日常の世界をつくりあげているのである。」としています。
この言葉に出会ったころ、私も「真の読書とは何だろう」となんとなく考えたりすることもあり、その明快さ、自然体でのスケールの大きさに強烈なインパクトを受けたことを今でも覚えています。
さらに、「読書」について強烈なインパクトを感じた本ということで、サミュエル・スマイル著(竹内均訳) 「自助論」(三笠書房)も、この際挙げておきたいと思います。
同書は「読書」について、「すぐれた書物は確かに有益で、学ぶべき点が多い。だがそれも、精神をみがき上げる方法の一つにすぎない。人格の形成には、むしろ実地に体験したりすばらしい手本に学んだりするほうが効果が大きいだろう。(本文より抜粋)」としています。
また、「読書の本質」について「知識の量より知識を得る目的のほうがはるかに重要な問題である。(中略)知識は、人生の高い目的をより有効に追求するための活力源でなくてはならない(本文より抜粋)」ことを指摘しています。
「読書の旅」、「自助論」の2冊の本が強烈なインパクトを持つのは、いずれも「読書の能動性」のスケールの大きさにあるのではないか、と私は思います。
「読書論」は無数にありますが、スケールの大きい「能動的読書論」を皆さんにご紹介いたしたく、ブログに掲載してみました。
では、今回はこのへんで。失礼いたします。
