こんにちは。歴史マニアです。
今回の検証は③足利義昭の黒幕説についての検証を書きます。
①秀吉・・・・・・黒幕説
②京都朝廷・・・・黒幕説
③足利義昭・・・・黒幕説
複数犯では
④光秀・家康・・・説
⑤光秀・京都朝廷・説
足利義昭の黒幕説については信長との関係が悪くなった時から常に陰謀を巡らして来た存在である訳だから黒幕?というのは違うと思う。「義昭の動機については十分過ぎるほどあるけど」
但し、光秀が足利義昭の誘いに乗ったのであれば、足利義昭黒幕説が成り立つが・・・・
私の考えでは足利義昭の誘いすら無かったと思う。
それは足利義昭を光秀が裏切ったからだ。(見捨てた)この時の足利義昭の身分は将軍である。その立場から見ても将軍を裏切った家臣に誘いを出すとは考えられない。
足利義昭が以前から書状を各地の諸大名に送っていたのは信長と敵対関係にある大名に対してである。
光秀からしてみれば、この時期の足利義昭は身分は将軍であっても領地も家臣もいないただの人であるし、今更、足利幕府を再興させるメリットもないのだから。
武力があっての将軍だから何もない足利義昭が本能寺の変の黒幕とは成り得ない。
その根拠は、鎌倉幕府・足利幕府の時代で反乱が起きるのは
いつの時代も京都を中心に西側からの大名であり、交通や商業の盛んな地域からである。なぜか?情報が伝わりやすいからである。政権体制(将軍)の情報が伝われば将軍の権威は失墜する。関東・北陸・東北地方は比較的、情報が伝わりにくいから将軍の権威はそこまで失墜していない。
まして、この時期足利義昭がいたのは商業・交通に便利な中国地方である。毛利氏からすればただ火中に栗を拾わせようとする厄介な存在だけである。
さらには足利幕府を潰され京より追放された将軍の身分だけを持った足利義昭に毛利氏が味方する意味も無い。
足利義昭黒幕説の始まりは・・・「室町幕府を滅亡させられ・自身は追放させられたから」からだと思うし、光秀が各地に送った書状の内容が、上意からである意味の内容になっているからだと思う。
ただ前述したように、光秀自身が単独犯でない事を諸大名に証明する為、また斉藤らが起こした事変(私はそう考えている)の為、パニック状態で各勢力と合戦をしなければならない状況だった。
何が何でも味方を集めなければならなかったら足利義昭を光秀が利用した。
状況を確認してみると下記の状況下である。
秀吉は中国大返しで接近中・組下大名の細川氏は味方拒否・中川氏・高山氏は味方拒否・筒井氏は帰趨が不明・近江衆は味方拒否・摂津の池田氏は敵対・四国討伐勢の本隊・神戸信孝・丹羽長秀は敵対・毛利(足利義昭)は秀吉を追撃せず。
であるどこを見渡しても敵だらけで光秀の部隊は僅か1万6千人程度である。
光秀からして見れば自分の部隊の起こした事変を正当化する必要が絶対条件だった・・だから足利義昭の指示・命令で行った内容の書状になった。私自身でもそうする。
少し内容がそれたが・・・
検証結果・・足利義昭黒幕説は無いと私は結論しました。
皆様はどうお考えですか?
歴史マニア
