前文の動画にあるように
ホント、見てみたら音楽って素晴らしいと思った。
そして心揺さぶられた。
色々調べてみたら彼らは22歳とか19歳とか……
何と自分よりも若いではないか!!
しっかしこんなに上手くなれるなんて一体どれほどの時間を音楽に費やしてきたのだろうか?
さぞかし色んなモノを選ばず「音楽」ばかり選択してきたんだろうなぁー
もう取り返しのつかない「時間」
もし小学、中学から音楽にどっぷり漬かっていたなら…
今の自分など比べ物にならないのであろうなぁ…
まぁ時間もあるし、環境ってーのもあるんだろうな。
環境…ね。
小学の時には金管バンドに入っていた。
打楽器隊なのでドラムに憧れたが、いいことスネアドラムかコンガ。
最悪マラカス(笑)
僕の情熱的なマラカスによく「マラカスマスター」と言われたものだ!フッ。
定期演奏会。豪華なホテルで、外国人とかビルのオーナーとかなんか偉そうな方々の前で自分はマラカス。死にたくなった(笑)
中学は個人的に凄くバンド組みたかったんで、仲のいい友達を無理やり誘って「CROSS NIGHTMARE」なんての作って、名前「ハイゼ」とか名乗ってみたり、第一回バンド会議なんかしたり、今でも残るボロボロの計画書にはメジャーデビューして、2003年には東京武道館一ヶ月ライブとか海外デビューしているらしい。
へぇ………
痛すぎるな俺の中二時代(笑)
暗黒!カオス!!
高校は一応、三年間学校祭で歌い続けたかな。「もう止めたほうがいいんじゃない」とも言われたけど、意志で貫き通した。
一年の時は300以上の生徒やOBの前でたった一人で歌った。緊張であんなに心臓の音が近く感じたことはない。歌詞も歌もボロボロになり、負けて笑われた。
悔しくて控え室でずっと泣いてた。涙が止まらなかった
二年の時は先輩と組んで出たが、その先輩が本番途中で「歌詞なんだっけ?」と耳打ちしてきた、オレは「ふざけんなよ」という思いでいっぱいだったが、即興で先輩のパートも歌ったが負けた。
三年の時は三曲歌った。
1、2曲はスムーズに流れた。一部だが、生徒も前に来てノリノリで聴いてくれた。
最後の3曲目、アコギのヤツと自分のGLAYの「HOWEVER」
1年、2年の時に悔しくて悔しくて、報われなかった。
バカにしたヤツを見返してやりたかった。
僕にとって歌う理由は、もしかしたらただそれだけだったかもしれない
それが、2番の途中でヤツは演奏を忘れたのか止めて、コッチを見てニヤニヤしだした。
ふざけんなよ!!!
高校最後の学校祭。親友と毎日毎日一生懸命練習したのに、頑張って頑張って最後の最後でこんなオチかよ!?
僕は色々な気持ちを必死に押さえ、歯を食いしばって、ギターがなくてもアカペラで歌い続けた。
しかしバンドは愚か、ギターの音すらない戸惑いと震えた声など受け入れられるはずもなく、僕の三年間は終わった。
誰一人見返せなかった……
あれほど神だとか運命だとか恨んだことはない。
でもまぁ結果としてはそれが今の自分を支える要因のひとつで
今の自分を作っている……
その後、就職して普通の社員として二年半生きたが、どうしても「夢」とやらを捨てきれず、僕は再び音楽に堕ちた。
寮の管理人の言葉
「夢は見るモノじゃない、この手でしっかりと掴むものだ!夢を掴め!」
忘れられないねぇ~名言。管理人大嫌いだったけど(笑)
その後はまぁ「バンド組もうぜ!!」って色々な人と関わりをもっても、混じり気のない100%素人ですから、散々叩かれてきました。
そりゃーもう…ね……ひどいひどい(笑)
現在はこれも縁なのかなんなのか、GLAYのコピーバンドに拾われ早一年半近いのかな?
これからも仲良くしたいものですな。
高校時代は「笑ったヤツを見返してやりたい!」そういう負めいた気持ちで歌っていた。
でも時は流れ、今はもうそういう気持ちはない。
「救いたい」のだ。
心の闇から