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年間365冊読書する!

都内のしがない大学生です。
一日一冊、年間で365冊とにかく色々なジャンルの本を読んでここにまとめます!
本を読みたいけど一歩踏み切れない方、一緒に頑張ってみませんか?
気が向いたら最近の考え事とかも書きます。

今日は最近村上隆の著作で賞賛されていた、中野京子の「怖い絵」シリーズの一冊を読んでみました。
このシリーズは美術史に残る名画の「怖さ」という魅力に着目したとても面白い解説書です。

まず、その「怖さ」とは何か?
アートの作品を見て、誰しも「違和感がある」「なんとなく不安になる」といった印象を受けたことはあると思います。
実は、そんなどこか引っかかる作品こそが時代を越えて残り続ける名画になることが多いんです。
例えば、次の絵画を見てください。



これは、ガブリエル・デストレとその姉妹ビヤール公爵夫人とみなされる肖像 というルーブル美術館の中でも人気のある作品ですが、その寓意性はともかくとても「引っかかる」作品だと思いませんか?微かに微笑みながら乳首をつまむ左の女性も、結婚指輪を同じようにつまんでいる右の女性も、どこか異様で不気味です。
こういった絵画の、ただ「きれい」で「上手」なだけの作品にはない魅力を「怖い」と言っている訳です。

当書にはその観点で選ばれた絵画が20程取り上げられています。
今回はその中でも個人的に一番面白かったミレーの「晩鐘」の解説をお話したいと思います。
まずは自分なりに鑑賞してみてください。

ミレー「晩鐘」

一日の終わりを告げる晩鐘が鳴り響く夕暮れ、貧しい農家の夫婦が収穫したじゃがいもの籠を見まもる風景を描いています。
そんな農家の慎ましやかな生活が、とても静謐に感じられる感慨深い絵です(かのゴッホを始めとしてとても影響力のある作品だったそうです)。

しかし、そんな従来の評価に異論を唱えたのが、シュールレアリズムの第一人者であるサルバドール•ダリです。
ダリは幼少期にこの絵に接し、何とも言えぬ恐怖を覚えたそうです。
どうやら、絵の中のじゃがいもの籠が「亡くなった子ども」のように感じられたからだそうです。
たしかに、言われてみるとすごく納得ができます。実際にその後X線で調べたところ、じゃがいもの籠の下に黒い壷のようなものが描かれていたことも分かったそうです(亡き子の棺と断定はできないですが)。

さらにダリは妄想(?)を進めます。
「夫婦のように見える二人は実は母と息子であり、二人はかまきりの雌雄を象徴している。母はかまきりの食前の構えをしており、これは二人がこの後性交をすることを示している。息子は性交前の興奮から勃起しているのを、帽子で隠そうとしている。ほら、地面に刺さった鍬も、明らかに男根を象徴しているだろう。」
そんなことを平然と言う訳です。

もちろん根拠が不十分でこの説が認められている訳ではありませんが、いかにもシュールレアリストらしい羨ましい限りの想像力です。
そしてダリからこれほどまでに想像力を引き出したこの絵も、やはりさすがと言わざるを得ないのではないでしょうか。