僕とコンピューターゲーム1
本日から題して「僕とコンピューターゲーム」をつづって行こうと思います。 パソコン暦は最初のMSXでキーボードを触った頃からすると、かなりの年月が経っておりますが、コンピューターゲームとの付き合いはもっと長くなります。 まずはこれ!1 任天堂 テレビゲーム15 小学生のときだったと思います。 自宅の近所の若いご夫婦が任天堂のテレビゲーム6だか15あたりをお持ちだったので、プレイさせてもらった覚えがあります。 ゲームはボールを打ち合うテーブルテニス的なゲームでした。 それがコンピューターゲームとの最初の出会いだったような。 厳密にいうと、この任天堂テレビゲーム15(または6)は演算プロセッサーではなく、ロジック回路で動いていたようなので、コンピューターゲームではないのかもしれませんが、コンピューターや電子モノに興味が出た最初の体験となります。 その後、ゲームセンターでインベーダーゲーム、ギャラクシアンなどが流行り、ブルジョア(お金持ち)中学生のプレイする画面をひたすら見ていました。 しかし小学生に自由にできるお金もないし、友達の家でLSIゲームを主に楽しんでいました。 その後、テレビに映して楽しめるゲームで軽い衝撃を受けたのは、他人の家で遊んだテレビベーダーというゲーム機だったように記憶してます。 伯父にトミーブラックレーサーを買ってもらったのもよく覚えています。 故障したおりに、盛大に分解してしまい元に戻せなくなって、いつのまにか家からなくなっていました。 このゲームもコンピューターなどなく、電動モーターと歯車とセンサーだけで動いていました。 いまだにどういう仕組みなのか検討もつきません。2 ゼビウスとの出会い 初めて見たのはお好み焼き屋の店先に設置されていたアップライト筐体のAC版ゼビウス。 そのゲームのグラフィックの美しさに見惚れ、相変わらずお金がないのでプレイもせずにボーっとデモ画面を見てました。 当時は電気屋にもよく遊びに行ったので、当時のパソコンにはなんとなく興味がありました。NECのPC6001とかSHARPのX1とか、各社からでていた共通規格のMSXパソコンとか。MSXは今考えると、現在のPC/AT互換機の考え方に通じるものがありました。 画面に表示されてるグラフィックはファミコンに比べ細かい解像度のものもありましたが、そのほとんどは動きが悪く色数の少ないしょぼいゲームが動いてましたが、なにより自分でゲームが作れるプログラミングできる! というのが、当時の少年たちにとってのステータスでした。 そして「ゼビウス」が当時のパソコンに一斉に移植されるのは、そう時間はかかりませんでした。しかし、どの機種のゼビウスも画面がよろしくなかった。当時のパソコンはゲームセンターのゲーム機に比べて性能が追いつかなかったからなんですが、今、見るとかなり工夫の跡がみられたり、それはそれとしてなかなか味があります。3 スターフォース そうこうしてるうちに83年の年末、ファミコンが発売されました。最初は友達の家で、エキサイトバイクなどをプレイしておりましたが、特に購買欲をそそられるわけでもなかったようい思います。 それから、84年11月にやっと「ゼビウス」が発売されました。 しかし、僕はこのことにこれっぽっちも気がついていません。 友達の家で、セガSG1000版のスターフォースにはまり、AC版にもはまり、ゼビウスのことは忘れていたように思います。 原作のAC版もセガ版もスターフォースはほんとに良く出来たゲームで、今でもこのゲームデザインもバランスも、その考え方自体が僕のコンピューターゲームに対する源流なんじゃないかと思えます。 AC版に忠実移植されたX680x0版パッケージとSG1000版スターフォース(MYCARD版) ところで、その友達の弟君が、ファミコンを買ったというので、ハドソン製のファミコン版スターフォースを見物したわけですが、映像はともかく動きや音のニュアンスはセガ版に及ばず、ゲームの移植作業はセンスとプログラミングテクニックが伴うものだと自覚したのもこのころです。 そのころからファミコンがほしくなってくるのですが、バイトを経験しながらもなぜか結局ファミコンは買わず、ミニコンポを買っていたような・・・。4 ファミコン来る! 85年末にスーパーマリオを皮切りに空前のファミコンブームがおこり、そのときにやっとスターラスターと一緒に「ゼビウス」を買いました。本体はなぜか、母親がスーパーマリオといっしょに、いきなり買ってきました。おもちゃをうれしそうに抱えて帰ってきた母は、あれっきり見てません。それからは、パソコンのことは忘れてファミコン三昧でした。 最新ゲーム機 Wiiとファミコン「スターラスター」「ゼビウス」。 ゲームセンターのゲームが年を追うごとに音もグラフィックもキレイなって行くにつれ、ファミコンの性能に我慢できなくなってくるのが86年くらいでした。ファミコンのゼビウスも当時はキレイだと思っていましたが、AC版にあるような独特のメタリック感も再現されていないし、アンドアジェネシスも浮かないし、地上絵もなかったですしね。 そんな中、86年末衝撃が起こりました! シャープX68000が発表されたのです。当時のゲームセンターで活躍していた機械と同じCPUそして音楽性能! なにもかもが当時のパソコンを凌駕していました。本当にほしくなったパソコンでした。しかし、高校生にはお金がありません。当時フルセットで定価50万はしたのです。 88年に、そのX68000のことを思いながら、回転寿司屋で働いたバイト料で、グラディウス2やりたさにMSX2というパソコンを買いました。 ファミコンと似たような機能でしたが、色がちょっと多かったんです。静止画もファミコンよりはきれい。音はPSG3和音だったのですが、FMパックをつけると音色はX68000には及ばないものの、FM9和音を楽しむことができました。 でもやはりほしいのはX68000。当然、ゼビウスも移植され、最初から付いているゲーム「グラディウス」はゲームセンターのと同じく美しかったのです。効果音も美しい。音楽は似てませんでしたが、今となってはFM音源アレンジで味わい深い楽曲ともいえます。 あのときはNECのゲーム機「PCエンジン」も発売されましたが、X68000には及びませんでしたし、クリエイティブなことはなにもできませんでしたね。やはり本命は、本格的なゲーム作りが楽しめる究極のパソコンです。5 念願のX68000 それで、89年に社会人になり、速攻でX68000を買いに行ったのは言うまでもありません。当時は型落ちしていた機種を見つけて32万くらいで買えました。生まれて初めてのローンでありました。 いろいろとやりたい気持ちはありましたが、仕事でゲームに携わるようになり、とうとう使いこなせず我家では高級ビデオゲーム機として存在しました。 電源装置も修理し、今も現役です。いつかはなにかを作ってやりたいと思っています。 マウストラックボールのボールもダメになってしまいました。 硬質ゴムで、一見鉄の玉のようにも思えるこのボール。同じようなものがまだ手に入るのでしょうか? では、また次回の更新で。