時を越えて思い伝える~リーディングセラピストMaho~
  • 22Sep
    • 満員御礼!新潟ヒーリングマーケット ーその③ー

      9/17(月)いよいよ最終日となりました!昨夜の懇親会で、知叡さんからご提案いただいた事もあるので、神社に参拝してから早めに会場入りします。娘にとって、ある意味勝負とも言える日。新潟ヒーリングマーケットの2日間で成長した自分を発揮する日。こんな日にお会いしたいと思った神様は【諏訪神社】と【白山神社】の神様でした。物事を勢いに乗せて後押しをくださる諏訪神社の神様『建御名方神 タケミタカタノカミ』まずはこちらの神社にご挨拶に行きました。こちらも昨日の開運稲荷神社と同じく、住宅街の一角にある神社でした。ピリッとする諏訪神社ならではの空気感が漂います。お稲荷様もご一緒にいらしたのですね!今日が最終日である事や、娘の勝負をかけた日である事をご報告しました。建御名方神は武神ですから、とても大きなお力を貸していただけます。次にご挨拶させていただいたのは、【白山神社】こちらの白山神社は、新潟総鎮守として新潟の生成に深く関わり、湊町 新潟の発展するなかで新潟市民はもとより多くの方に崇敬されています。創建は古く延喜(901~)とも寛治(1087~)とも言われています。戦国時代には上杉景勝が戦勝の帰途に鏡と啓を寄進し、当時すでに大社であったことが分かっているそうです。御祭神の『菊理媛大神 ククリヒメオオカミ』は、加賀国・現在の石川県の霊峰白山を御神体とする神様です。古事記や日本書紀の本文には登場せず、日本書紀の一書において1度だけ登場する神様で神産みにより現世と黄泉に別れてしまった伊弉諾尊(イザナギ)・伊弉冉尊(イザナミ)が、黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)で夫婦喧嘩を始めた際に取り持った神様とされています。何を話して取り持ったかは記載されておらず、出自も書かれてはいませんが、生者と死者を取り持った事から、シャーマン(巫女)の女神ではないかとされ、穢れを祓う神格とされています。この事からご縁繋ぎの神様としての信仰が篤い神様なのです。私の受け取るメッセージでは、数あるご縁繋ぎの神様の中でも、菊理媛大神は決別という意味合いも持った神様です。必要なご縁を繋ぎ、不必要なご縁…つまり、より発展していくための道筋において今現在不必要…という意味合いになりますが、そちらの縁に関しては上手く取り持ち計らう事で、離してくださるお力を持つ神様だと感じています。私たち…特に日本人は義理や人情に熱く、不必要となってしまった縁を離す事が苦手です。縁を繋ぎ続ける事は決して悪い事ではないのですが、時にその部分に囚われ飛躍出来ない事もあります。私はむしろ、今向かうべき事柄が違う相手との縁を離す事に罪悪感を感じる事よりも、結果として差が生まれたステージに相手が登って来た時に受け入れない事の方が『悪』だと感じます。人それぞれにペースがあり、自分が先に登る事もあれば、相手が先に登る事もあるのです。自分はこうだから…といった、自分自身への囚われに対しても決別のお力を発揮してくださる神様でもありますから、娘にとって素晴らしく良い神様にご縁を繋ぐ事が出来ました!本殿の傍にこんなおみくじを見つけました。今年は新潟開港150周年なんですね!明治維新も150年。鎖国時代を終えた日本が大きく海外の国々に開いたその年に、この新潟も飛躍していったのでしょう。その飛躍にあやかるため私も釣り竿を持ち、おみくじの鯛を釣らせていただきました❤白山神社の敷地はとても広く、摂社もたくさんあります。隣接した公園も癒しの場となっていました。※こちらの公園部分からライブ配信をしました。よろしければご覧くださいね。https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1082764848545047&id=100004346264294いよいよ会場入りです。既に会場入口付近のスペースに机が設置されていました。物販の商品を移動させ、イベントスタートを迎えると、前日迄よりも多くのお客様が商品を手に取って見てくれています。さすがの配置です。私と離れた場所に行っても、もう初日の娘には戻っていません。実に活き活きと接客をこなしています。私自身も満員御礼をいただき、お時間のご用意が出来ずにお断りせざるを得なかったお客様もいらっしゃるほどに賑わいました。本当にありがたかったです❤3日間に渡り開催された『第4回新潟ヒーリングマーケット』は、連日大盛況で終了しました。最終日の懇親会。達成感を出店者の皆さんと分かち合いたいところでしたが、またしばらく会うことの出来なくなる友人と、再び食事を共にする事にしました。ホテルまで来てくれた友人と、徒歩圏内の居酒屋へ。初日と違い翌日は帰るだけですから、久しぶりに気遣いせずに呑みました。当時娘の高校の部活は、お母さんたちの部活の様でもありました。私はホテル業に就いていたため大会のある休日に参加することは難しく、一番忙しくて大変な仕事を全て他のお母さんたちに任せてしまった感は否めないのですが、それでもたまに参加すると皆が受け入れてくれました。申し訳なさから足が遠のかないように気遣ってくれたお母さんたちは、自分の子どもを含めたチームメイト全員に対して一緒に子育てをした仲間です。私は私にしか出来ない部分を…と、子どもたちが引退する時に合わせて数秘術鑑定を全員にプレゼントした思い出があります。そんな思い出も、いまや懐かしい出来事としてセピア色に染まっています。あっという間に時は経ち、店員さんからのラストオーダーの声をきっかけに席を立ったくらいでした。一緒にホテルまで歩き、名残り惜しさを噛み締めながら部屋へと戻りました。ーその④へ続く

      NEW!

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  • 21Sep
    • 満員御礼!新潟ヒーリングマーケット ーその②ー

      9/15(土)イベント初日であるこの日は、早めに会場へ向かいました!テーブル上の細かなセッティングのチェックや諸々の準備があるからです。最終チェックを終え、準備万端でオープンを迎えます。※オープン直前の会場からライブ配信をしました。よろしければご覧くださいね!https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1081713238650208&id=100004346264294初めての新潟で、たくさんのお客様に恵まれご縁を繋いでいただけた事を、嬉しく思います。昨夜再会した友人も娘さんと一緒に来てくれましたし、出店者の方からご紹介いただいたりもしました!温かいサポートでいつも通り、セッションに打ち込む事が出来ました。感謝です。娘はというと、開場から程なくして緊張から途端に元気がなくなり、半分ふてくされた状態になりました。「出来ない!」「ムリ!」という、いつものセリフが出始め、どんどん殻に閉じこもっていこうとします。いつもであれば逃げ出すことの出来るシチュエーションですが、そうはいきません。娘も承知しているものの、どうにもならない…といった感じです。私自身もいつもなら「勝手にしなさい!」と、突き放すところですが、そうはいかないのです。私たち母娘に向けられた試練なのですから、互いに向かわなければならないのです。イベントとは皆で創り出す物です。もちろん個々のビジネスもありますが、出店している皆が楽しむ事から湧き出すエネルギーは大切です。その状態でブースにいることの意味を話し、気持ちを切り替えに行ってきなさいと促しました。娘はブースを離れ、同時開催のミネラルショーのお店を覗いたりしながら、本人なりに気持ちの切り替えをがんばった様です。戻ってきた娘は、私のフライヤーを握りしめ、一生懸命会場内のお客様に配り始めました。時折、仲間の出店者の皆さんが声をかけてくれて、徐々に笑顔を取り戻していきます。ひとりの孤独な戦いな訳ではなく、みんなに支えられ、互いに効果し合うものだという事に気付き始めたようでした。娘から受け取ったフライヤーで、私のセッションを受けてくださったり、娘のブースの商品を手に取って眺めてくださるお客様が増えてきました。この日販売で売り上げることは出来ませんでしたが、イベントが終了した時の娘の顔は、明らかに開始時とは違っていました。私たちの泊まるホテルは会場や駅から離れているため、ひと足お先に会場を後にしました。信濃川を渡る大きな橋に差し掛かった時、綺麗な夕焼けが見れました。助手席の娘は興奮して「綺麗!綺麗!」と言いながら、何枚もスマホで写真を撮っています。この綺麗な夕焼けを、綺麗だと感じる事が出来るのは、精一杯がんばった証です。もしもあの時諦めていたならば、物悲しい景色に見えていたと思います。同じ景色、同じ事柄、同じ言葉…。受け取る情報の大元は何も変わらなくても、それを受け取るこちら側の状況によっては、大きく印象は変わるのです。この夕焼けを綺麗と感じられた娘は、もう大丈夫だと確信した出来事でした。ヒーマー懇親会の会場へは、路線バスに乗って向かいました。新潟市内はとても交通機関が発達していて、バスも短い待ち時間で次々にやってきます。普段あまりバスに乗らない生活なので、こんな移動ひとつとっても、なんだか楽しくて仕方ありません。駅から程近い居酒屋さんでの懇親会。朝食以降、何も食べていなかった私は【タレカツ丼定食】を注文しました。タレカツ丼、初めて食べましたが美味しかったです❤楽しい時間をワイワイと過ごし、娘も出店者さんの輪の中に入れていただきました。初日を無事に終え、いつものメンバーで過ごす時間にホッとしたのは事実です。充実感と安堵と共に、明日からもがんばろうという気持ちで満たされ、ホテルに戻ったと同時に寝落ちしたのは言うまでもありません(笑)********************9/16(日)イベント2日目は、どうしても日本海が見たいという私の思いで、会場に向かう前に寄っていく事にしました。せっかくなので、どこか神社にもご挨拶したいな…と地図を見ると、以前新潟の出店が決まった際にチェックしていた神社が近くにありました。そちらにご挨拶をしてから、日本海へと向かう事にしました。【開運稲荷神社】です。住宅街にある、小さな神社でした。たくさんの地域の方々から愛されているのを感じられる素敵な神社です。大分長い年月をこの地で過ごされているのでしょう。木彫りのお稲荷様のお姿は劣化されていますが、そのエネルギーはとても温かいです。社殿に近付くと、社の中から柏手が聞こえます。少し開いた戸の中にお賽銭を入れようとすると、中にはまだ私服の宮司さんがいらっしゃり、朝のお務めがちょうど終わった所のようでした。私たちに気付いた宮司さんが、「せっかくですからお祓いしましょう」と仰ってくださり、大麻(おおぬさ)で祓ってくださいました。私たちは朝から浄めていただく事が出来ました。有難い出来事でした。少し宮司さんとお話をさせていただいたのですが、この開運稲荷神社は360年程の歴史があり、廃藩置県により宮司さんの一族が引き継ぎこの地に移したのが明治だったとの事です。明治から現在までにも150年近い年月があるわけで、その長い長い年月を経て今もなお愛されている神社なのです。満ち溢れる温かさの理由が分かりました。宮司さんに御礼を伝え、私たちは日本海へと向かいました。※日本海を眺めながらライブ配信をしました。よろしければご覧くださいね!https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1082191415269057&id=100004346264294思いのほか穏やかな海にとても癒されました。素晴らしい神様からの歓迎もいただけて、私の根底に流れる母なる『海』を見ることが出来、この日のイベントへのワクワクが湧き上がるのを感じながら会場入りしました!2日目のこの日も、本当にたくさんのお客様にいらしていただきました!娘も昨日とはうって変わり、イベントスタートから意欲的にがんばっています。互いの成長を感じながらの1日となりました。この日の懇親会も同じ居酒屋さんで開催するとの事でしたので、ホテルに引き上げてから向かいました。すると、主催の知叡さんからひとつの提案をいただきました。「明日の最終日は、お嬢さんの物販ブースを前に出しましょう」2日間隣合っていたブースを離れ、娘が本当の意味でひとりでがんばるのです。きっと、私の思いを汲みながら様子を伺ってくださっていたのでしょう。娘が慣れるのを待って、この提案をしてくれたのだということをひしひしと感じました。イベントの合間や様々な時間を使って、幸子さんとふたりで話していてくださっていたのだろうと、私には分かりました。有難い提案でした。私にはもう娘がやっていけるだろうという確信がありましたし、精神的な部分の達成だけではなく商品が売れるという確かな事実もいただけると思いました。2日目のイベントでは有難い事に商品を購入してくださったお客様がいらっしゃいましたが、もっともっと販売の楽しみ。たくさんのお客様とのやり取りを楽しんでもらいたいと思っていました。そのチャンスをいただける事になった喜びを感じていました。ーその③へつづく

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  • 20Sep
    • 満員御礼!新潟ヒーリングマーケット ーその①ー

      9/15(土)16(日)17(月・祝)第4回新潟ヒーリングマーケットに出店しました。初めて行く新潟。しかも3日間開催。不安がなかったと言えば嘘になります。でも既に心が動いていたので、私は迷わず出店を決めました!出店を決めてからになるのですが、今年20歳を迎える私の娘がイマイチ自分の可能性に対して自信を持てずにいる事が気になっていたのを思い出し、思い切って出店させようと考えました。私が普段セッションブースの傍らで販売しているグッズを扱うオフィシャルショップを出店し、その出店料も娘本人に負担させ、私というセラピストを全く知らない土地で任す事で、自信を得る事が出来るのではないか?と考えたのです。もちろん強制とはいかないので、娘に選択を託しました。すると、しばし考えた後に「がんばってみる」と解答したのです。とはいえ、不安でいっぱいだったと思われます。申し込みも済んだ頃に、娘の高校時代の友人が新潟にいることを思い出して連絡してみると、久しぶりの再会が出来そうだと分かりました。その事でほんの少しだけ安心した顔が見れましたから(笑)そこからは私も大忙しでした。通常の業務や遠征の合間を縫って、3日間の販売に足りるだけの商品を用意する…という日々を送りました。販売ディスプレイなども考えたり、大変ではありましたが楽しく準備を整えていきました。おかげさまで、娘は新潟ヒーリングマーケットで見事に成長を果たしたと思います。もちろんそこには本人の努力もありますが、何より主催の幸子さんや知叡さんを始めとした、皆さんの温かい心添えやサポート、応援があったからだと思います。本当にヒーリングマーケットに託して良かった!感謝でいっぱいの旅になりました事を、この場を借りて御礼申しあげます。ありがとうございました❤********************新潟に向けての出発は、前日の9/14(金)。朝7:30頃に出発し、母娘の珍道中が始まりました。思えばお互いに忙しく、なかなかゆっくりと話す時間も取れていませんでした。高校の部活のチームメイトである同級生に再会することから、当時の事を話したり今現在のそれぞれの近況であったり…たわいない日々の様々な話だったり…5時間のドライブは母娘の距離を一気に縮めた時間であり、本当に体感的にもあっという間に感じました。※新潟県に入る少し前。赤城高原SAからライブ配信をしました。よろしければご覧くださいねhttps://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1081171038704428&id=100004346264294新潟県に入ってから、燕三条で高速を降りました。新潟でお仕事をさせていただくご挨拶を神様にするためです。その参拝神社に選んだのは、越後国一宮 彌彦神社でした。新潟県に入った途端に晴天が迎えてくれ、気温も暑いくらいです。車の外気温度の表示は28℃を指していました。広い弥彦神社の境内を歩き回ると、汗が吹き出すような陽気です。雪国のイメージから肌寒いと予想して長袖を着てきた私は、誰よりも汗だくになりました。駐車場の関係で正面ではない鳥居から境内に入ると、すぐに境内で飼育されている鹿に気付きました。彌彦神社の御祭神は『天香山命 あめのかごやまのみこと』伊夜日子大神(いやひこのおおかみ)とも呼ばれる、天照大御神のひ孫にあたられる神様です。天孫降臨した瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)と共に天降りをされました。紀伊国熊野神邑に住まわれていた天香山命の元に、熊野山中で東征中の神武天皇一行が難儀しているので、韴靈剣(ふつのみたまのみつるぎ)を献ずるよう、天照大御神と武甕槌命(たけみかづちのみこと)が夢の中で告げました。韴靈剣とはかつて武甕槌命が国土平定の際に用いられた威力のある霊剣です。夢告に従い天香山命が神武天皇に韴靈剣を献ずると、霊剣の威力によって危機を脱し次々と蛮族を平定。大和国に入られた神武天皇は初代天皇として即位されました。神武天皇即位四年(西暦紀元前657年)天香山命は、越の国平定の勅を受けて日本海を渡りこの地に御上陸されたと言われています。五穀豊穣をもたらした越後開拓の祖神である天香山命は、今もなお人々の崇敬を集めているのです。天照大御神と武甕槌命からの夢告に従い、神武天皇を助けた事により越後国を任された天香山命を祀る彌彦神社に鹿がいるのも納得です。武甕槌命の神使は鹿だからです。また、続日本書紀では越後56座の中で最高位の格式を与えられていたという記述があり、越後では彌彦神社に参拝しなければ1人前とみなされなかったとされていたそうです。今回、娘を連れて越後国へと入り、彌彦神社に参拝した理由はこれであったと痛感しました。越後国を慈しみ育てた神、天香山命の元で娘も育てて頂けると、感謝の気持ちでいっぱいになった参拝でした。彌彦神社を後にした私は、ヒーリングマーケット開催会場である新潟市産業振興センターへと向かいました。出発前日にナビに全ての目的地を登録した私は、その案内に従い車を進めます。すると、到着したのはブドウや梨の畑のど真ん中でした(笑)これが私のウッカリなところなのですが、会場のみ名前検索をし、よく確認もせずに登録していたのです。車内では大笑いでしたが、おかげで新潟でブドウや梨を栽培しているのだという事を知る事が出来ました。再びナビを設定し直して会場入りすると、お昼ご飯も食べずに主催の皆さんが会場設営をしてくださったようで、既に終えたあとでした。私たちもテーブルにセッティングをさせていただき、いよいよといった感じで気持ちも高まってきました。ホテルへと移動してから、この日は同級生家族と共に街へ出て食事を摂りました。美味しい料理に舌づつみを打ちながら、懐かしい話も弾みます。楽しい時間はあっという間ですね。すっかりご馳走になってしまいました。ありがとうございました!お腹も心も満たされて、翌日に備えての早めの就寝をしました。ーその②に続く

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  • 11Sep
    • 新潟ヒーリングマーケットに向けて

      今週末、9月15・16・ 17日開催の、新潟ヒーリングマーケットに向けて、たくさんのアクセサリーや雑貨が日々生まれています❤今まで販売してきたGALAXYピアスシリーズや、お願いくまちゃん、ペガサス、cosmoブレスや和CANDYブレスなど。おなじみの商品も、もちろん連れていきますが、新たな仲間が増えましたのでご紹介します❤☆cosmoブレス 3000円カラーが増えました✨☆pop’n soda ペンダント 1500円爽やかなソーダを思わせる、かわいいカラフルなペンダントです✨☆水引ピアス 5000円伝統工芸の水引で結んだピアスです。とっても軽いのに、POPカラーで存在感抜群ですよ✨☆海のピアスケース 2000円あなたの大切なアクセサリーを入れるピアスケース。ピアス以外にも使えます❤☆feather ペンダント 1800円あなたに幸せを運ぶペンダントです໒꒱☆mind bottle 1000円あなたとあなたのmindを繋ぐ、不思議なボトルです❤あなたに宛てた、あなたからの手紙を入れてくださいね✨まだまだ、たくさんの仲間たちが生まれていますよ!新潟の皆さん、楽しみにしていてくださいね💕https://www.facebook.com/events/1382878961863219/?ti=asセッションもお待ちしています✨事前予約が安心です。ご予約はこちらから。FBページhttps://www.facebook.com/readingmaho/LINE@https://line.me/R/ti/p/%40fdh0635s皆様とのご縁をお待ちしています✨

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  • 07Sep
    • 第35回 SPII コラム掲載

      今回のお話は限界あなたが超えたい限界はどこに向けてなのか。見つめるべき先の違いによっては、あなたの進み先は大きく変わります!https://www.spiri-tual.jp/single-post/spii/column/maho35

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  • 06Sep
    • 相模国一宮 寒川神社へお詣り

      今日はちょっと用事があり、車を走らせていました。ルート選択をいつものパターンと変えてみたら新湘南バイパスを走る事になり、茅ヶ崎中央出口で降りました。一般道を走り始めると寒川神社の案内板が何度も目に入り、時間に余裕もありましたので久しぶりにお詣りさせていただくことにしました。過去に詣らせていただいた時は、正月や週末が多かったので、境内に人がいっぱいいるイメージでしたが、今日はほとんどいらっしゃらず、天気も相まって清々しいピンと張った気に満たされていました。本殿で手を合わせると、御祈祷が始まりました。歓迎していただけたようで、嬉しかったです❤現在、北海道地震で命を亡くされた方、怪我をされた方、不自由な生活を強いられている方がたくさんいらっしゃいます。私の友人も数人このタイミングで北海道へと行っていまして、無事は確認していますがとても心配です。これ以上被害が拡大しないよう、お願いしてまいりました。自然災害ですから致し方ない事ではありますが、どうぞ皆様身の安全を優先して気を付けてください。

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  • 03Sep
    • 満員御礼!大感謝❤横浜ヒーリングマーケット

      9/2㈰横浜ヒーリングマーケットに出店しました!今回もオープン程なくして満員御礼となり、本当に感謝感謝でした❤リピーターのお客様やはじめましてのお客様。また今回ご用意出来る枠がなく、お断りさせていただく形になってしまったお客様。ぜひ次回は事前予約で起こしくださいませ。私を求めてくださり、感謝です!主催の幸子さん、知叡さん、スタッフの皆様。ご一緒に出店してイベントを盛り上げてくださった皆様。本当にありがとうございました❤さて。来週末9/15㈯16㈰17㈪祝新潟県で開催されるヒーリングマーケットに出店いたします❤今回は初の2店舗出店です。いつもの私のセッションブースに加え、私のハンドメイドを販売するブースも出店します❤サロンオフィスの仲間に【 ISOLA】スタンプも作ってもらいました❤こちらのスタンプの押された袋で、商品をお包みしますよ~✨細部までハンドメイドにこだわった、リーディングセラピストMahoのオフィシャルSHOP【ISOLA】にも、ぜひ足をお運びくださいね❤皆様とのご縁をお待ちしております!

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  • 28Aug
    • ありがとうー❤代々木Mahaloヒーリングマルシェ

      8月26日(日)は、【代々木Mahaloヒーリングマルシェ】へと出店していました。初めて出店させていただくイベントで、当日まで本当にワクワクでした。会場に入ってみると、意外に顔見知りのセラピストさんが多くて和みました❤徐々にご縁の輪を広げる事が出来ているな…と実感できました!都内出店のおかげで、久しぶりに訪ねてきてくれた友人にも会えました✨嬉しかったです!会場設営後のイベントオープン前。近くのコンビニへコピーに行ったのですが、コインパーキングの中にある小さな祠に気付きました。屋敷神かもしれないと一瞬躊躇したのですが、近くまで行ってみる事にしました。すると、三峯神社でした。熱心な三峯信仰の方が建てられたと思われる神社に手を合わせ、私もここでお会い出来た喜びを伝えました。その流れからなのか…会場でのお客様から三峯神社の話が出てきたり、友人からのメッセージに三峯神社が出てきたり…イベント終了後に向かった会合で、またもや三峯神社の話が出たり…なんだか不思議な流れを感じています(笑)この流れのひとつにあったのではないか?と感じるイベントに出店出来た事を嬉しく思っています❤主催の皆様、御一緒に出店してくださった皆様、御来場くださった皆様。本当にありがとうございました!

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    • 満枠御礼!ヒーリングビュッフェ

      ご報告が遅れましたが、8月25日(土)は【 ヒーリングビュッフェ in国立】に出店していました。おかげさまで満枠御礼!延長をいただいた事で出来た、ほんの少しの休憩時間を除いて本当にたくさんのお客様とご縁をお繋ぎ頂きました!ありがとうございます❤主催の皆様や出店の皆様のおかげで、充実した楽しい一日を過ごせた事に感謝です!次回のヒーリングビュッフェは10月20日(土)21日(日)の2日間開催です。私は残念ながら次回はお休みとなりますが、素晴らしい出店者様の揃うヒーリングビュッフェに、皆様ぜひお出かけくださいね!御来場くださった皆様。私とご縁をお繋ぎいただいた皆様。本当にありがとうございました!

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  • 23Aug
    • Re☆Cafeワクワクイベント 大盛況❤️

      8/21(火)は、海老名Re☆Cafeワクワクイベントに出店していました!長野県の旅から帰宅した翌日。たくさんの神様にお会いしてきたからでしょうか?セッションもたくさんの皆様に受けていただいただけではなく、連れていった『お願いくまちゃん』も『ギャラクシーピアス』たちも。たくさんたくさん、お嫁にいきました!本当にありがとうございました❤️今回も素晴らしいイベントを作ってくださった主催の皆様、スタッフの皆様、そしてご一緒に出店してくださった皆様。感謝感謝です❤️新しいご縁も本当に嬉しく、また私に会いたくて…と、わざわざいらしてくださったお客様がたくさんお越しいただけたのも、嬉しかったです❤️本当に感謝の1日でした!次回は10/9(火)開催です♪また皆様にお会い出来るのを楽しみにしています✨

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    • ありがとう❤️諏訪 キレイになろうよプロジェクト

      8/19(日)は、長野県下諏訪にて【キレイになろうよプロジェクト】に出店していました!今回も【kochi~東風~】として、私の仲間と共にたくさんのお客様とのご縁を繋がせていただきました❤️本当にありがとうございました!私のセッションも早々の満員御礼をいただきました‼️次回10/20(土)にBlue Line Garage Cafe18で開催される【湘南日和vol.7】へのご予約をいただいたお客様がいらしたぐらいに、大盛況に終わる事が出来ました!本当に感謝感謝です❤️会場内は本当にたくさんのお客様で賑わっていて、皆さんの楽しい✨がそこかしこで感じられるイベントでした❤️当日の様子が伝わる写真をぜひご覧くださいね♪こんなに楽しく素晴らしいイベントを、毎年開催してくださっている主催の皆様、スタッフの皆様、そしてご一緒にイベントを作り上げてくださっている出店の皆様。本当にありがとうございました❤️ご縁を繋いでくださいました、全ての皆様に感謝しております❗今回の出店に合わせ、仲間で長野県を満喫する旅をしてきました。ミラクルいっぱい❗学びもいっぱいのステキな旅でした✨こちらもまた記事にしたいと思いますので、お楽しみに❤️来年もまた皆様にお会い出来ますよう、日々頑張ってまいります。よろしくお願いいたします!

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  • 17Aug
    • 第34回 SPII コラム掲載

      今回は【察知】あなたの察知する能力を高めるために、必要な事。大切なのはあなたの五感の捉え方です。ぜひお読みください。https://www.spiri-tual.jp/single-post/spii/column/maho34

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  • 14Aug
  • 13Aug
    • 第2回大阪ヒーリングマーケット旅 ーその⑥ー

      奥の院に続く石造りの御廟橋を渡ると、先ほどまでの頭痛やふらつきは、ピタリと止みました。身体がとても楽になりましたので、奥の院では弘法大師様にしっかりとご挨拶出来ました。弘法大師様は今もなお、生きてこの世の安寧と人々の幸福を祈り続けていらっしゃいます。尊い事です。大師様のいらっしゃる御廟の前でお線香をたてさせていただいた時、無意識にその煙を頭にかけていました。今回の旅のようにたくさんのキーワードが与えられても、その内容に気付けないジレンマから、大師様の叡知をいただきたかったのかもしれません。奥の院からの戻り道はバスに乗りました。元々乗るつもりだった訳ではないのですが、たまたま参道を戻る途中で道を外れたら、目の前に停留所がありちょうど出発するタイミングでした。まるで用意されたようなタイミング。よく頑張ったね。と、弘法大師様からいただいた施しのように感じました。駐車場まで戻り隣接した店で、家族への土産を購入しました。なんの気なしに選んだ土産でしたが、描かれている『ブッポウソウ』という名前が気になりました。ブッポウソウとは仏・法・僧仏道においてこの上ない三宝を表す名前を持つ美しい渡り鳥です。夜中に『ブッポウソウ』と鳴く鳥の正体がこの渡り鳥である…と示されたのは弘法大師だという伝説もあることから、高野山銘菓のモチーフになったのかもしれません。実際の鳴き声の主はミミズクの仲間『コノハズク』であることは現代では分かっていますが、尊い鳴き声をこの美しい鳥に重ね合わせた、当時の方々の信仰深さを感じます。ふと、先ほど参道で出会った美しい鳥を思い出しました。写真も鮮明ではありませんし、この鳥がブッポウソウかどうかは分かりませんが、私も高野山という霊山で出会ったこの鳥に、神々しい尊さを感じたのは同じでした。旅の帰り道。締めくくりの場所として、日本オオカミが最後に確認された地。奈良県東吉野村に立ち寄りました。https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=2066954660231485&id=1613588745568081※この場所からライブ配信をさせていただきました。明治の始め頃まで生息が確認されていた日本オオカミは、ヤマトタケルの伝説などにも登場し、今もなお篤い信仰をされています。私がセラピストとして動き始めたその時から、ずっと私の前を歩き導いてくださっている素晴らしい先導は、その流れに沿うたくさんの仲間との出逢いも用意してくれました。ありがたい導きに感謝して、この旅を終える事にしました。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆旅を振り返ると、本当にたくさんのキーワードを目にした旅であったと感じます。行きの岡崎サービスエリアで『ニニギノミコト』を感じさせるエピソードは、旅の実質的な先導として下調べや運転も担ってくれた、まてい屋兄さんに現れました。大阪ヒーリングマーケットで、チャネリングアート弥生ちゃんに兄さんが書いてもらった絵です。弥生ちゃんは視えたものをそのまま描いてくれます。打ち上げの会場で、これは誰かな?なんて話になりました。ふっと私に降りてきたのは山幸彦。ニニギノミコトとコノハナサクヤビメの子どもでした。山幸彦と海神の娘 トヨタマヒメの子どもが、ウガヤフキアエズノミコト。ウガヤフキアエズノミコトと、タマヨリビメの子どもが初代天皇である神武天皇となります。神々の話から天皇の話へと移る大事なエピソードを握る神様が描かれていたのです。山幸彦がトヨタマヒメの住む海神の宮殿に行く手助けをするのが、シオツチノオジ=私の父のルーツに関係する宮城県鹽竈神社の神様です。天皇に繋がる前に、海神の力を得させたとも言われるこのエピソード。海の者である私が山の神々と繋がった今回の旅のきっかけを作った兄さんは、まさに山幸彦なのかもしれません。かなりの回数で目にした『大谷』のキーワードは、やはり幸子さんを指していた様でした。旅を終えた後に話をしていたら、私が高野山で頭痛とふらつきを起こしていたその時に、神戸観光中だった幸子さんの身にも同じ事が起こっていたことを知りました。その事をきっかけに私の母方の祖父の祖先と、幸子さんの父方の祖先を辿って行きました。私と幸子さんは、平安の終わりから鎌倉・室町への移行のあたりに活躍した武蔵七党のそれぞれの党に存在し、共に時代を生きていた事が分かりました。細かな説明ははしょりますが、私の祖先が治めていた秩父の地を、後に幸子さんの祖先が治めたりと、ドンピシャに三峯神社を含む秩父のオオカミ信仰の辺りに順次居た事が分かったのです。私がまずオオカミを賜り、その流れで幸子さんがオオカミを賜る…これはまさに祖先たちの動きをなぞらえたかのような流れだったわけです。時代を遡ると私たちは当然別々の流れをもつわけですが幸子さんの祖先は大阪ヒーリングマーケットの開催地付近を治めていた時代もあり、大阪へ大阪へと誘われるのも頷けます。また、私の祖先も辿っていくと桓武天皇へと繋がり、その桓武天皇の右腕のような存在が、和気清麻呂公でした。この清麻呂公も大阪ヒーリングマーケットの開催地付近の工事を任されたと言われています。私が大阪へ導かれる意味、突然の和気清麻呂公出現の意味は、私のルーツに隠されていたのだと分かりました。私がなぜ源頼朝に惹かれ、房総半島にまでむかったのか?という理由なども、今回のルーツの判明により明確になりました。桓武天皇の血筋を持つ私は、つまり桓武平氏なのです。源頼朝と共に京にいた平氏を倒した千葉氏や下総氏・上総氏などにも繋がっていました。航海の意味 源頼朝と日本武尊 ーその①ー航海の意味 源頼朝と日本武尊 ーその②ー航海の意味 源頼朝と日本武尊 ーその③ー航海の意味 源頼朝と日本武尊 ーその④ーこちらの記事で書いた房総半島の旅は、私の血のルーツの祖先を巡る旅でもあったと分かったのです。旅で出会った時代の寵児たちの動きは、それぞれの時代で、この桓武平氏の動きのようなムーブメントを起こしたのでしょう。当たり前に屈服する。当たり前に受け入れる事から脱し、自分の家族…血を守るために一石を投じる。いつの世も、愛のために愛を貫き生きてきた命の繰り返しがあり共に集う仲間を求め、共に戦い、共に生きる事に貪欲にその魂を輝かせてきたのだと、私に知らしめてくれたのです。育む愛を教えてくれた鞍馬寺。命の輝きを求める父との14年であり、新たなる命の誕生と育みの14年を教えてくれた九度山真田庵。自分を世に送り出してくれた母への愛を教えてくれた慈尊院。更なる愛の拡大のきっかけを教えてくれた丹生官省符神社。亡くなられた方々へ向ける純粋な愛を教えてくれた高野山奥の院。形は違えど『愛』という一本の真っ直ぐな光の柱で繋がれていた今回の旅。互いのルーツの中でもそうだったように、私と幸子さんもまたこの現代において、『愛』のためにそれぞれに出来る形で仲間になる。そんな事を伝えられ、受け取った旅でした。今だからこそ、求められているものがあります。それを発信していく私と、発信する仲間たちを束ねていく幸子さんの前には、勇敢なオオカミたちがいます。迷わぬように。必要な場所へ…。

      12
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  • 12Aug
    • 第2回大阪ヒーリングマーケット旅 ーその⑤ー

      真田縁の地を離れた私は、九度山町内の慈尊院へ向かいました。慈尊院は、弘法大師が高野山開創の時に高野山参詣の要所に当るこの地に表玄関として伽藍を草創し、高野山一山の庶務を司る政所を置き、高野山への宿所ならびに冬季避寒修業の場所とされたのが始まりです。大師の御母公が我が子の開いた山をみたいと参られたのですが、高野山は女人禁制であったためこちらの院に迎えられました。大師は月に九度は必ず高野山上より二十数㎞の山道を下って母公を尋ねられた事から、九度山という地名が付いたと言われています。真田親子も、家康さんとしては高野山に蟄居させたいところでしたが、家族が一緒であったため九度山に留まった…と言われています。現代は女性も自由に入れますが、そもそも高野山は厳しい戒律の修業の場所だったのです。つまりこの慈尊院は、女性が参れる高野詣での限界点だったわけです。表門から境内に入ると、多宝塔が美しい姿を見せてくれます。こちらの院にいらした大師の御母公が亡くなられた時、大師は母公が弥勒菩薩になられた霊夢を見て廟堂を建立し、自作の弥勒仏と御母公の霊を安直されました。高野山詣りはまず、こちらの慈尊院弥勒菩薩と縁を結び罪業を流してから山上へ登って行くのが本詣りとなります。境内のお堂にご挨拶を済ませた後に、こちらの階段前に戻りました。戻りました…と書いた理由は、実はこの丹生官省符神社の階段は表門からの直線上にあり、境内に入った時から見えていたのですが、一昨日の鞍馬寺登山の筋肉痛が前日の夜からきていて…(笑)私の足は既に限界を迎えていました。ここからは高野山詣りだから…とか、ちょっと遠慮させていただこうかな…など、甘い考えでいました。すると慈尊院の境内に犬の像が祀られており、なぜ?と思って調べるとその丹生官省符神社に犬と弘法大師との関係を記す歴史があるのだと分かるのです。それを知ってしまったら、甘い事を言っていられません。重い足に鞭を打ち、階段を登り始めました。神社の境内に入ると大きなパネルに白と黒の犬が描かれています。弘法大師と弓を持った男性も共に描かれています。以下に御由緒を抜粋して書きます。弘法大師は京都の東寺を旅立ち、真言密教の修法道場の根本地を求めて各地を行脚するなかで大和国宇智郡に入られた時に、1人の気高い猟師に出会い高野という山上の霊地があることを知らされます。そして猟師は従えていた白黒二頭の犬を放たれ、大師を高野山へと導くのです。それにより大師は開山していく事になり、慈尊院上壇のこの地に丹生官省符神社を創建され、導きをされた猟師を狩場明神として祀られたのが始まりです。実は私には、以前三峯神社から賜った二頭の山犬=日本オオカミが付いてくださっています。そのお姿は正に白と黒の陰陽を表す色であり、このボードを見た瞬間に、あっ!と気付きました。弘法大師を導いた犬と同じ様に、私をここへ導いてくださったんだな。と、嬉しく思いました。またつい先だって、三峯神社に幸子さんをお連れして、同じく日本オオカミの子どもを賜ったばかりでもありましたから、再三見せられた『大谷』という幸子さんを思わせるキーワードの意味は、これだったのかしら?などと兄さんと話したのですがそれも含めた、幸子さんとの繋がりを考えさせられるきっかけをいただいた…というものであった事が、後になって分かるのです。そろそろ互いの繋がりを知るべき時が来ているのだと、様々なキーワードを使い知らせてくれていたのだという深い意味にはまだまだ到達しない、序章の出来事でした。金剛峯寺に詣りました。高野山一山をひとつの境内と考えるという形ですので、この金剛峯寺が本堂となります。根本大塔内には、曼荼羅の世界を壇上伽藍として弘法大師が造り出した世界が広がります。金色に輝く大日如来様を中央に配したその世界を見つめると、自然と涙が出てきます。数年前に東寺で仏様を目の前にした時を思い出しました。東寺も弘法大師の創建されたお寺であり、私と弘法大師との繋がりを深く深く感じたその時に、涙が溢れたのです。こうして神様や仏様といった神仏の世界に誘われ、私自身が体感として得た事を皆様に伝える。その役目をいただけているありがたさと喜びに満ちるたびに、私は涙を流し心を浄化しているのだと悟りました。奥の院へとやって来ました。奥の院の目の前に直接行くことも出来ますが、私は2㎞に渡る参道を歩く事にしました。この参道沿いにある、歴代の戦国武将たちの墓に詣りたかったからです。駐車場で各武将の墓所が記された地図をいただいたので、それを見ながらお会いしたかった武将の皆さんに、ご挨拶をしつつ歩きます。武田信玄や勝頼、石田三成、明智光秀、上杉謙信や伊達政宗。豊臣家や徳川家など、名高い武将やその家系の墓が並んでいます。お墓といっても空気感は清々しく、どちらかと言えばさっぱりしています。このお墓の数々は亡き人を納める墓…という事ではなく、亡くなられた方々に向けての思いを捧げるための墓標なのだと理解しました。途中ふと参道の奥が光輝き、何か導きを感じたので道を外れて入ってみると、一羽の野鳥に出会いました。とても美しい姿の野鳥に心奪われ、しばし魅入ってしまいました。自然が多く残る霊山でもある高野山は、鳥たちの憩いの場でもあるようです。降り注ぐマイナスイオンに包まれ、暑いながらも軽快に足を進めていた私ですが奥の院に程近い場所に来ると、何故か頭が締め付けられ…ぐるぐると視界が回ります。私にとっては珍しい現象でした。その場所には、織田信長公の墓がありました。ちょうど手を合わせている方がいらしたので少し間を置くと、今度は誰もいなくなりました。有名かつ人気の武将の墓ですし奥の院も近いので、人払いが起きるのはかなりすごい事だと思います。私はありがたく、信長公と心を繋いでみました。私が追い続けている時代の寵児のひとりでもある信長公は、やはり九度山で感じた真田信繁のように、俯瞰の目と達観した観点をお持ちでした。歴史上では明智光秀の謀反にあい、志半ばでこの世を去ったとされています。今この史実を覆す様々な歴史解釈が繰り広げられていますが、その事実を語りたいという思いはなく、むしろ時代を先取りし過ぎた事で理解をされなかった自身の考えという部分を、しっかりと受け止められているようでした。当たり前とされるその時代時代の常識。それらを打ち破る時代の寵児は、定期的にこの世に降ろされているのだと、教えてくださっているようでした。私たちの誰もが気付かない、打破すべき事柄に一石を投じる事は新しい物を生み出すために必要不可欠ではありますが、その役目を担うということの大変さを冷静に受け止めている。そんな信長公のお心のその奥には、小さく瞬く寂しさも感じました。人は誰しも孤独ではありますが、心を通じ合わせる仲間が居ることで、その仲間と共に進む事で癒されていきます。私には仲間がいる。また、私を仲間として求めている存在に気付きなさいと、伝えてくださっているようでした。ーその⑥へ続く

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  • 10Aug
    • 第2回大阪ヒーリングマーケット旅 ーその④ー

      8/6(月)旅の最終日。早朝にホテルを出発した私は、和歌山県へと向かいました。最初の目的地は九度山町。高野山の玄関口にある町であり、私が今長い時間をかけて追いかけている、真田昌幸・信繁(幸村)親子が流配され蟄居(ちっきょ)した場所です。関ヶ原の戦い後に勝者 徳川家康により本来なら敗軍の将として死罪となるところ、徳川軍として働いた信繁の兄 信之や、その舅であり家康の功臣であった本多忠勝の取り成しにより家族共々この九度山へ蟄居する事になるのです。14年にも及ぶ蟄居生活の中で、信繁は5人の子宝に恵まれ父 昌幸は無念を残しながら亡くなります。前回の第1回大阪ヒーリングマーケットに合わせ巡った終焉の地でも、生まれ故郷の上田でも見つけられなかった信繁の魂の安住の地を探すために、私はどうしても訪れたかったのです。九度山町付近までやってきた私は、まずは腹ごしらえをしました。早朝から開いているお店は少ないです。かといってモーニングでは、これから長く歩く事が想定される今日の旅には向きません。その条件に合う某ファミレスを選びました。偶然道沿いにあったから…という巡り合わせではなかったのです。するとお店の目の前に『寳來山神社』の看板がありました。びっくりすることに、その看板には昨日急遽参拝した護王神社の御祭神 和気清磨呂公の名前が書かれていました。慌てて調べると、確かに西日本から九州にかけて信仰の厚い神様ですが、だからといって…どこでもかしこでもお祀りしている訳ではありません。※http://www.buccyake-kojiki.com/archives/1058291923.htmlこちらのサイトからお借りした、和気清磨呂公のゆかりの神社分布図です。この地図からお分かりいただけるように、まさにドンピシャにその場所に来た!という感じなのです。寄りたいところでしたが、スケジュールの関係もあり断念しました。しかしこのことで、何か印象付けたいのではないか?と感じたのは間違いではなく、私に知らせたいキーワードであるのだと確信するに至りました。九度山町に向かう途中には『大谷駅』や『大谷神社』があり、幸子さんを思わせるキーワードも健在です。今回の旅は、なぜかキーワードがものすごく強くアピールしてきます。『気付け!気付け!』と押されているのに、何がなんだか分からない自分との葛藤の域に入ってきました。九度山町内は車を停め、歩いてまわります。まず始めに真田庵と呼ばれる善名称院へ行きました。高野山真言宗のお寺で、真田昌幸・信繁親子の蟄居した草庵跡と言われています。門の中には数々の関係資料も展示されています。色褪せたポスターには、草刈正雄さんの姿があります。真田丸が放映されていたときに、以前は信繁を演じた草刈さんが今回は父 昌幸を演じる…と話題になっていました。その時のものなのでしょう。敷地内には柵で囲まれたお堂があります。弥勒菩薩様をお祀りしています。関西に来ると重軽石を良く目にします。こちらでも六問銭の座布団に乗せた重軽石が見えます。重軽石とは、自分の願いを込めて石を持ち上げ、その時に感じる重さで叶うか叶わないかを推し量るものです。あまり関東では見ませんから、これも文化ですよね。そのお堂の傍らに、信繁の父 昌幸の墓がありました。罪人扱いだったため、葬式を執り行うことも出来なかったと聞きます。ここで昌幸さんとは繋がる事が出来ました。上田でお会いした時には、『爪を剥がれた鷹だ』と言い、勢いのあった若かりし頃のお姿でお会いしましたが、こちらでの昌幸さんはかなり年老いて…というよりも、年齢以上に老いてしまった姿でお会いしました。もう…そのお姿を視ただけで、私は涙が溢れました。勇猛であった姿を視ているだけに、切なくて仕方ありません。誰しも年をとり老いていくものです。私自身もそうですし、例外がないことは承知しています。例えるならば、自分自身の親が老いたと感じた時の思いに似ているかもしれません。自分を育て常に先を行く身近な先人に、皆どこかで憧れを抱き、いつかは越える壁のように思うでしょう。年を経て自身の成長の先に、今度はそれを喜ぶ小さくなった親の背中。力強かった腕が華奢になり、見上げていた体を見下ろした時に感じる複雑な感情に…それはとても良く似ていました。なぜ、そんな風に感じたのだろう…私の心と目線は、信繁のそれと重なっていました。この場所にいる信繁は心ここにあらずといった感じで、父の死も淡々と受け止めていました。思い返せば前回の大阪 茶臼山で会った信繁も、そんな感じでした。きっとどこかのタイミングで彼は達観し、生きながら傍観者の様な目線を持ち得たのかもしれません。同敷地内にある資料館には、所狭しと所縁の品が展示されていました。信繁直筆の書や、数々の貴重な遺品が並びます。その中でいちばん興味深かったのは、昌幸の記した兵法の書でした。天正六年 正月吉日に書かれたとされる兵法の書は、私には全く読み解けませんがこの年に書き記したという事が興味深かったのです。天正六年というと、天正三年に長篠の戦いにおいて武田軍が敗れ、兄 信綱と昌輝が戦死したことにより、いきなり家督を継ぐ立場となるのです。長篠の戦いの時に昌幸は、武藤喜兵衛と名乗っていました。当時昌幸は武田信玄に才能を見出だされ、甲斐の名族の名跡を継ぐ事を許されていたので、武藤喜兵衛と名乗っていたのです。(武藤家は武田信玄の母方の支族)しかし真田家を継ぐ者が一度に二人もいなくなったことで、武田勝頼に許しを得て真田姓に戻したのだといいます。家督を継ぎ様々な事柄が落ち着いたこの時期に、昌幸が兵法の書を記した意味。それは真田家を護るという、その意思の現れだったのだと思うのです。外に出ると耳を割くように、蝉の声が騒がしく響いています。昌幸がこの九度山で亡くなったのは、慶長16年6月4日。現在の暦に直すと1611年7月13日の事でした。今日と同じく蝉が鳴き、故郷上田への想いを馳せた昌幸の死に際が視えました。兄たちと手合をしている幼い自身の姿が、脳裏に甦っていたようです。まだ戦いを知らず、戦いに憧れを抱いていた小さな自身と共に、人生の幕を降ろしていったのです。真田庵を後にして向かったのは、真田ミュージアムです。比較的新しい施設ですね。残念ながら月曜日は休館日との事で、中を観ることは出来ませんでした。次に向かったのは、真田の抜け穴です。徳川家康によって窮地に追い込まれ、最期の決戦を覚悟した豊臣秀頼が、蟄居した真田信繁の元に使いを出しその思いに心動かされた信繁が抜け出した穴と言われています。真田あるところに抜け穴あり!とでも言わんばかりに、巡った地のそれぞれに残る抜け穴。万全を期す真田ならではだと思います。この九度山を抜け出した後に、大阪冬の陣・夏の陣へと突入し、信繁は最期の時を迎えます。長い蟄居生活は、どこか源頼朝を思わせます。頼朝も嫡男として死罪となるところを救われ、伊豆の蛭が小島に流配となり、結果恩情をかけた平氏を討ち取ります。信繁もしかり。家康との最期の決戦である大阪夏の陣では、家康を自害に追い詰める程の活躍に至るのです。戦人が帰る場所。それは、私たち現代人には理解出来ないかもしれませんが、やはり戦場なのかもしれません。ただ真田信繁という武士は、時代の移り変わりのその流れの中に生き、流れに翻弄されまいと俯瞰の目を持ち、達観した異端児であったのかもしれません。私の中で真田信繁という人物は、まだまだミステリアスな魅力を放っています。またいつか、彼の心に寄り添ってみたいと思いました。ーその⑤につづく

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  • 09Aug
    • 第2回大阪ヒーリングマーケット旅 ーその③ー

      鞍馬寺を出た私は、大阪へ向かって車を走らせました。ダクダクに汗もかいたし、正直な話…登山疲れもしていました。時間的にも夕方に差し掛かり、どこか他の神社へ参拝しよう…という考えもありませんでしたから、昼前に食べたお弁当以降何も食べていないのもあり、早めの夕食を食べてホテルでゆっくり過ごすつもりでした。ところが京都市内を抜ける途中、不意に振り返った道の先に猪の狛犬が置かれた神社が目に入り、どうしてもお参りしたくなりました。時間的にもなんとか参拝が出来そうでした。車をUターンさせて向かうと、そこは護王神社でした。御祭神は?と、境内の由緒書きを見てみると和気清磨呂公命(わけのきよまろこうのみこと)とその姉の和気広虫姫命(わけのひろむしひめのみこと)とあります。猪の狛犬=猪霊像(狛いのしし)に関しては、和気清磨呂公が道鏡事件で都から九州の宇佐八幡宮へ流された際に、どこからともなく現れた三百頭もの猪が宇佐までの道案内をし、足萎えにより立つこともままならなった足が猪の御加護により歩けるようになったのだとか。その故事に因み足腰の神社とされています。また姉の和気広虫姫は、戦乱で身寄りを失った多くの子どもたちを助け、養子として育てた事から子育明神として仰がれています。先ほどの鞍馬寺で感じた『子育て』のキーワードを、再び目にすることになりました。手水も猪です。お鼻をナデナデすると幸せが訪れるという、ブロンズ製の霊猪手水です。とても穏やかで清々しい神社です。本殿への参拝を終えて境内をくまなく歩こうと思った時、バサバサっと羽音が聞こえました。音の方を振り返ると、そこには一羽のカラスがいました。とても間近な距離に降り立ったカラスは、私の姿を見ても臆することなく写真も撮らせてくれます。しばらくしてカラスは地面に降り立ち、テクテクと歩き、先ほどとは別の手水で水を飲み始めました。きっといつものルーティーンなんでしょうね。不思議な出来事でした。ほんの少しタイミングが違えば、きっとカラスには出会えなかったかもしれません。何となくこの不思議な出来事が、私とこの護王神社との結び付きを印象付けるための出来事だった気がしてすぐにカラスや猪のキーワードで検索をしてみましたが、この護王神社の場所が烏丸通りにあり、カラスが烏丸に降り立った…というくらいしか見つけられませんでした。それでも充分にすごい事でしたが、まだなにか…わざわざ参拝をしたいと思わせる理由があったのではないか?と、思えて仕方ありませんでした。神社を出て再び大阪へと向かうと、目の前に大きなお寺と京都タワーが見えます。そのお寺は東本願寺。またしても真宗大谷派で、本山でした。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆8/5(日)いよいよ第2回ヒーリングマーケット開催当日です。私の取ったホテルは、ほんの少し会場から離れていました。予定では電車やバスを使って移動するはずでしたが、実は昨夜ホテルにチェックインしてからアクセサリー販売の準備中に、うっかり以前アレルギー反応をおこしてしまったレジン液の固まらずに残していた品物に触ってしまい、夜中にまたアレルギーをおこしてしまいました。(レジンのアレルギー反応は硬化すると起こりません。製品では起こりませんのでご安心ください)朝になり迎えに来た兄さんに話したところ、急いで開いているドラッグストアを探して薬を買いに行ってくれたので、とりあえず症状は抑える事が出来ました。ちなみにこの時も、真宗大谷派がアピールしてきます。早朝に開いているドラッグストアは少なく、いちばん近いところを検索して向かってくれた兄さんから送られて来た写真です。難波別院の東本願寺。相変わらずまだ意図の分からない私は、幸子さんに話すネタが出来た。と笑っていました。そんなこんなのアレルギー騒ぎで、結局電車では間に合わず、タクシーで向かう事になりました。大きな通りに出て捕まえたタクシー。ものすごい勢いで走ります(笑)後部座席はまるで浮いているかの様で、狐さんに乗ったらきっとこんな感じかもしれないと、ついつい笑ってしまいました(笑)おかげ様で無事に予定時間に会場入りすることが出来ました。とっても広い会場にたくさんの出店の皆さん。そして開場前から行列が出来、お客様もたくさん会場にいらっしゃいました❗私のブースにも出店されていた出店者さんや、私を見つけ選んでくださったお客様、少し前に始めたソーシャルラジオアプリspoonからもお友だちが来てくれたりと、楽しい1日を過ごす事が出来ました!アクセサリーもたくさんお嫁入りしました❤️主催の幸子さん、知叡さん、スタッフの皆様。ご一緒に出店された皆様。本当にありがとうございました!イベント終了後は恒例の打ち上げで、楽しい夜を過ごしました。会場からホテルが離れているので、帰りは電車です。降り口がたくさんあり、最寄りの場所が分からずに降り立ちましたがこんなにすてきな橋を見ることが出来ました。全ての事柄が、計算されたように起こる旅路に、私はワクワクし通しでした。ーその④へつづく

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  • 08Aug
    • 第2回大阪ヒーリングマーケット旅 ーその②ー

      本堂へと到着しました。ぽっかりと開けた敷地から見える空はとても青く、スッキリとした夏空です♪御朱印をいただき、その脇にあった一文字写経を納めさせていただきました。こちらは座った順に般若心経の一文字を納めるというもので、私は『色』でした。黄色のインクで見にくいとは思いますが、紙の右下には番号がふられています。私は『二九』と書いてありますから、一番最初の『色』を納めさせていただきました。おみくじもひかせていただくと、『何事にも不屈不撓の精神で、楽しんで前に進めば何処へ行っても心安らげる。それこそが最大の幸福』とあり、このありがたい後押しの力が今日の登拝と翌日のイベントへ向けての意欲になったのは、言うまでもありません。尊天様からのパワーをいただき、奥の院へ向けて再び歩き出します。不思議と足取りが軽くなった気がします。与謝野晶子と夫 寛の歌碑や、東京荻窪から移築された晶子の書斎 冬柏亭など。ただただ登山するだけでなく、縁の方たちの残した歴史を垣間見ながら進みます。38度を超える暑さの中での、ほんのひとときの安らぎになります。義経公の軌跡も徐々に増えてきました。同時に道を歩く人も少なくなってきましたので、義経公や天狗さんと意識を繋ごうと試みるのですが…なかなか繋がりません。もちろん、お姿もみせてはくれません。ただ感じるのは、穏やかで暖かい包み込むようなエネルギーのみ。道は確かに険しいのですが、高尾山や南足柄の道了尊で感じるような、修験道の感じがしないのです。とても不思議でした。だからこそ、父亡きあとここに預けられた義経公は、天真爛漫に育つ事が出来たのではないか?と、感じました。義経公をお祀りする義経堂に到着しました。この一帯は大きく開かれており、不動明王をお祀りするお堂もあります。私たちが到着するのと同時に、貴船神社側からいらした方が不動堂の前で真言を唱えはじめました。私が不動堂でご挨拶し義経堂でご挨拶している間中、その真言は続きました。義経堂から離れたと同時に、その方は私が歩いてきた道へと向かって行きました。思い返すと本堂でも同じように、私が手を合わすのを待っていたかのように、尊天様の前に座っていた方々が般若心経を唱えてくれました。私はいつも神々と繋がる時に、真言やお経を使いませんので、正直覚えるのが苦手です。覚えたいと思うのですが、なぜか全く頭に入らないのです。古事記などは空でスラスラ話せるくらいに覚えているのに…不思議でなりません。だからこういった場所に訪れた時には必ずと言っていいほど、代わりに唱えてくださる方に出会うのです。義経堂を後にして早々に、ふとカメラを構えました。この場所がとても輝いて見えたからです。シャッターを切ろうとすると、画面上の右手前から左奥へ赤いエネルギーが横切るのがみえました。あっ!と思い写真を確認しましたが、残念ながら映り込んではいませんでした。小さな子どものようにも見えたエネルギー。幼い頃の義経さん?いやいやまさか…そう私が否定すると、今度はドンッと左側から突き飛ばされ、転びそうになりました。天狗さんがコツンと愛をもって転ばせる感じとは違い、やはり小さな子どもが身体全体でぶつかってきた感じです。これで何となく、この鞍馬山を包む優しいエネルギーの正体が分かりました。これは私の解釈ですが、鞍馬山は天狗さんの子育てのお山なのではないかと思うのです。まだ子どもの天狗さんたちは、妖力によって護られ、姿がみえないようになっているようです。この鞍馬山で義経公が育てられ、鞍馬寺の大天狗僧正房と剣術の稽古をしたようにこの小さな天狗さんたちも稽古に勤しみ、立派な天狗さんになれるよう、ここで育てられているのではないか?そんなイメージが降りてきました。奥の院に到着しました。護法魔王尊天様がいらっしゃる場所であり、鞍馬寺のパワースポットのひとつになります。が!ごめんなさい。正直、お堂の中に涼をとられている方がいらしたりで、あまりこの場所に感じる事が出来ませんでした。そもそも、護法魔王尊天様のお力は宇宙のパワーや大地のパワーを表すものと感じていますので、お堂というよりもこの鞍馬山全部が護法魔王尊天様そのものだと私は感じました。風か何かで倒れた巨木に、そこを苗床とした新たな命が芽吹いています。大地に積み重なった枯葉たちの作り出す栄養を元にして、木々が伸びやかに育っています。護られたその場所で育むたくさんの命を目にしました。木々の作り出す木陰に涼を得る私たち人も、共に生かされているのです。鞍馬山全体から感じる命。それこそが、護法魔王尊天様ではないかと感じました。そんな学びをいただき、私は貴船神社側に通じる門まで降りてきました。鞍馬駅まではバスと電車で戻りました。鞍馬駅の駅舎内には、義経公の描かれた絵がたくさん飾られていました。今もなお人々の心に英雄として生き続ける義経公のように、歴史にカンフルを投入していった時代の寵児と呼ばれる方々との出会いがこの旅にたくさんあるのだということを伝えていたプロローグであった事に、まだ私は気付けていませんでした。この登拝していた数時間の中で、大きな愛に包まれて私は育てられていました。何かが大きく変わったような…そんな気持ちで鞍馬寺を後にしたのです。ーその③へつづく

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      テーマ:
    • 第2回大阪ヒーリングマーケット旅 ーその①ー

      8/5(日)は第2回大阪ヒーリングマーケットに出店しました。この出店に合わせ、私はまた関西の旅をしてきました。今回もあり得ないくらいのたくさんの不思議があり皆さんにそのお話をしていきたいと思います。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆8/4(土)早朝自宅を出発した私は、熱海方面へと向かいました。先日の台風12号による被害で、海岸に沿うように走るビーチラインは通行止めとなっておりその封鎖の掲示看板を横目に見ながら国道を走りました。台風の去ってしまった今はとても穏やかに見える海を見下ろす国道から、ニュース映像を思い出していました。高波で車が駐車場から押し出され、ベコベコになってしまった姿や、強化ガラスが割れて水浸しになったレストラン…それらの被害があったのが、封鎖されたビーチライン沿いでした。感慨深い思いで進むと、予想外の場所から車が混み始めました。いつもなら分散される車が、国道しか通行出来ないために起こった自然渋滞の様でした。ナビが新しくルートを検索し始めます。その通りに進むと、地元の私でもなかなか選択しないような…細く傾斜の激しい道を進む事になります。一瞬躊躇したことで、その登り口にあった石碑に気付きました。最終日に高野山を訪れる計画をたてていた私は、本当にびっくりしました。元々、熱海市の伊豆山地区が弘法大師様の霊場であったことは知っていましたが、目の前にこんなに分かりやすく見せてくださるなんて驚きでした。今回の旅路を護ってくださり、導いてくださるのだと確信出来る事柄でした。私と弘法大師様とのご縁はかなり長く、いつも御守り頂いているのは感じていますがこうして接点が近い時には、必ず旅の始まりに分かりやすく伝えてくださっているな…と、改めて過去の旅を思い返したりしました。弘法大師様はとてもお優しいです。ありがたい事です。車は高速に乗り、順調に進み始めました。とはいえ、初日は京都の鞍馬寺へ行く計画をたてた私には、あまり時間のゆとりはありませんでした。伺えば当然奥宮まで参拝するつもりでしたから、鞍馬山を登拝するのです。暑さもありますからペースも予想出来ません。出来るだけ現地には早く着きたいと、遅めの朝ごはんを手軽に済ますため、立ち寄ったサービスエリアでお弁当を購入することにしました。初めて寄った岡崎サービスエリア。お弁当屋さんはたくさんありました。お弁当だけを見ながらお店をいくつか移動して、選んだ後に気付いたら『ににぎ』という名のお店でした。店名の由来は分かりませんが、この名前を見た時に私には、『ニニギノミコト』が思い浮かびました。ニニギノミコトは天孫降臨した、アマテラスの孫神です。今回の旅の行程は仏教色が強いのですが、変わらず神道の神々もご一緒してくださるのだと、感じたエピソードでした。(後にこのエピソードも意味を持つとは、この時点で全く気付きませんでしたが…)岡崎サービスエリアを出た先で、今回も旅に同行し運転手を担ってくれている『まてい屋』兄さんが、うーん…と悩み始めました。どうしたのか?と訪ねると、明らかに混雑している道へとナビが案内しているのが、不思議でたまらないといいます。予想していた回避の道を過ぎ、そのまま高速を進まされていては、渋滞にハマりに行くようなものなのに…と。ナビをあれこれ操作しているうちに、ナビの意図する出口を逃してしまいました。まさか。高速を降りて回避するとは思わなかった!と、兄さんが焦り始めます。私はなんとなくそれも意味のある間違いだったと思い、その意味を知れる事が楽しみになってきました。次の出口で高速を降り一般道を進みました。道路の案内標識には『関ヶ原』の文字が何度も現れます。ふと考えると先ほどの岡崎サービスエリア。岡崎は徳川家康公の生まれた地。以前関ヶ原への旅をした際に巡れなかった西軍の地に旅をしないのか?と、言われているかのようでした(笑)※関ヶ原の旅の記録はこちらから。伏見稲荷大社への御礼参りと関ヶ原の涙 ーその①ー伏見稲荷大社への御礼参りと関ヶ原の涙 ーその②ー伏見稲荷大社への御礼参りと関ヶ原の涙 ーその③ー家康公の誘惑を振り切り車を走らせると、今度は『大谷』というキーワードが私の前に幾度となく現れ始めます。今回のイベントの『ヒーリングマーケット』主催者は、大谷幸子さんです。この時点では、彼女との繋がりを感じさせる『大谷』というキーワードが現れる事がおもしろく…兄さんと一緒に、見るたびに笑っていました。明日のイベントで会ったら、幸子さんに伝えてあげよう♪くらいの軽い感じで捉えていましたが、まさか旅の全てに通じ、深い深い私と幸子さんとの繋がりを解明させるきっかけを担っていたとは…本当にこの時点では分かっていませんでした。大谷というキーワードは、真宗大谷派という形で現れました。仏教には色々な宗派があり、その中でもまた細かな分派があるのです。関東ではなかなか目にしない大谷派という分派を知ったのも、仏教にはまだまだ精通しきれない勉強不足の私にとっては、今回の旅が初めてのきっかけでした。鞍馬寺に到着しました。鞍馬寺は元々は天台宗のお寺ですが、1949年を境に独立し、現在は鞍馬弘教総本山となっています。ご本尊は鞍馬寺では『尊天』と呼び、毘沙門天王・千手観音菩薩・護法魔王尊の三位一体の本尊とされています。今回私が鞍馬寺を選んだのは、長野県上田市の真田神社で感じた前世の記憶を探るためでした。※上田の旅はこちらから。真田三代の郷 上田旅 ーその①ー真田三代の郷 上田旅 ーその②ー真田三代の郷 上田旅 ーその③ー前世で僧侶だった私が眺めた景色がどこだったのか…。と、当時予想した場所のひとつが鞍馬寺と高野山。上田で感じた感覚がいちばん近いと思いましたが、それを確たるものにするためにも、今回訪れておきたかった…というのがきっかけでした。もちろんそればかりではなく、以前に隣り合う貴船神社に参拝した時に、時間の兼ね合いで鞍馬寺参拝を諦めていたこと。義経さんに会いたい。天狗さんに会いたい。様々な理由から決めた行程でした。たくさんの観光客の皆さんが、入口の山門からすでに溢れています。鞍馬寺には虎がいます。奈良時代の終わり頃にあたる宝亀元年(770年)鑑真和上の高弟 鑑禎上人が、正月4日の虎の夜の夢告と白馬の導きで鞍馬山に登山。鬼女に襲われたところを毘沙門天に助けられ、毘沙門天を祀る草庵を結んだのが始まりと鞍馬寺のHPに書かれています。そこから鞍馬寺の神獣は虎になったとされているのですね。奥宮までの道のりを考え、ケーブルに乗ることにしました。ちょうど発車する時間だったので、あわててチケットを買って改札に向かうと、目の前でチェーンをかけられてしまいました。まだ乗り込んでいないお客さんもいるのになぜだろう?と思ったら、定員きっかりで乗車を打ち切っているようでした。私の買ったチケットには1番がふられていました。15分程待ってケーブルに乗ると、いちばん先頭の席に座る事が出来ましたので、ケーブルからの景色を以下に載せました。緑の木々の間を走るケーブルの景色です。よろしければご覧ください。※60秒しか貼れないので2つに分けています。ケーブルを降りてからも、しばらく歩き登ります。暑さ厳しい日でしたから、お水のありがたさをひしひしと感じました。とはいえ、うだるような暑さではなく、湿度を下げてくださっているのを感じました。天狗さんのいらっしゃるお山ですが、厳しさだけではなく父性とも母性とも感じられる大きな愛を与えてくださる…優しさに気付いた瞬間でした。ーその②へつづく

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  • 04Aug
    • 明日開催!第2回大阪ヒーリングマーケット

      いよいよ❗明日は【第2回大阪ヒーリングマーケット】開催です。皆さんぜひ会場に遊びに来てくださいね❤️私も旅を終えて無事に大阪入りしています。先ほどまでホテルにて、新作のアクセサリーなどのグッズ販売準備をしてました!以下は新作となります❤️★ギャラクシーピアスシリーズには、☆アルデバラン 3000円☆星雲 2000円★お願いシリーズには『くまちゃん』に加え、ペガサスが仲間入り❤️ 各3500円天を駆けるペガサスが、いち早くあなたの願いを聞き届けてくれますよ✨もちろん各種くまちゃんもたくさん連れてきています❤️★Angelシリーズ☆Baby Angel☆Child Angel各 4000円癒しのAngelたちが、あなたに幸せを運びます❤️こちらのグッズも楽しみにしていてくださいね✨https://www.facebook.com/events/158544621679809/?ti=as

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maho

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幼少の頃より視えない存在とコンタクトを取る能力を持ち、様々な霊体験を経験する。 しかし、その恐怖心...

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