489冊目『アウア・エイジ』(岡本学 講談社) | 図書礼賛!

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死ぬまでに1万冊の書評をめざす。たぶん、無理。

 

 

 小説の内容と著者のプロフィールとが一致する部分があるので、これは私小説なのだろう。大学教授(一人称小説なので、以下「私」)が、学生時代を追憶する物語だ。学生時代の私のバイト先は、名画館である。これは一瞬、早稲田松竹のことかと思ったが、神楽坂という地名が出てくるので、飯田橋ギンレイホールのことだろう。私はここで映写技師として小銭を稼ぎながら、ある女に出会う。

 

 女の名前はミスミといった、とにかく変わった人物だ。服装はダサいし、靴もゴミ箱から漁ったものを履いている。コーヒーでうがいをし、カルピスは原液で飲む。いわば、変人である。ある日、ミスミが私に一枚の写真を渡す。何の変哲もないただの塔が移っているだけの写真である。ミスミはこの塔がどこにあるのかに異常にこだわっている。バイトが早く終わった日には、ふたりで一緒に塔を探しに出かけたりした。私はミスミに好意を寄せていた。

 

 ミスミがもういなくなった世界で、私の手元には、ミスミからもらった一枚の塔の写真が残っている。いったい、ミスミとこの写真は何の関係があるのか。私は20年も前の記憶を辿りながら、かつてのミスミの住まいを尋ねたりして、ひとつひとつ、その謎を解いていく。分かったのは、ミスミがどうやら不義の子であり、母からまともな愛情を受けていなかったこと…そんな暗い過去だ。

 

 しかし、塔が移った写真をよく見ると、encourageという文字の書き込みに気づく。孤塁を守るように生きていたミスミのたしかな生がそこにあった。「ああミスミ、君が生きていたこと自体が、私を十分にエンカレッジした。いまもしている。大丈夫、伝わっているぞ。君たちが生きていたということが、いま確かに私に届いている。」(139-140頁)。偶然の誤配が人の生をエンカレッジするなら、私もどこか知らない人のために言葉を紡いでいきたい。そう思った。