ルイ・ヴィトンとのコラボでその名をあまねくとどろかせたポップアートの帝王・村上隆による芸術論…というより、かなりブッとびの超ビジネス論。内容は、自分のアートを欧米に向けて、どのような戦略で商業的に成功させたのか、という方法論。読んでいると、この人の価値基準ってお金!?と思わせる部分もある…けどやっぱり違う。カネは欲しいがそれが目的ではなく、マネーを手段により革新的なアートを世界へぶちあげたい。人はなぜ人の造りし『美』に心も賭していくのかの核心に辿り着きたい…という飽くなき芸術家魂というか業に突き動かされています。すばらしい作品を描ききったとき、それまでの人生で見たこともないような「まばゆい光を見る瞬間」があって、その一瞬間に会いたくて、苦しくてもつらくても芸術にへばりついている。『美』の前に立つ時だけは、みんなが平等になれるというファンタジーを実現してくれるから、そのために働きたい。死ぬ時までこの気持ちが続くよう、毎日祈るような気持ちで嫌がる体を引きずり『美』の従者たり得る者として、ひたすら生きてゆければ…。と、どうですか?この美しいお言葉。村上氏のあのお顔から連想できますか?人が求めてやまないものは、やっぱり『美』だなと。独創性が究極まで高められた村上氏の生き方論としても非常に刺激を受けた一冊です。

村上 隆
芸術起業論

サガンシリーズ第8弾。主舞台はやっぱりパリ。三十代・独身のモテモテ新聞記者が主人公。「無駄に使われるお金しか好まない」とのたまう超洒脱で超傲慢な遊び人です。そんな華やかな都会生活をおくっていた彼ですが、突然すべてに倦怠し、不眠症になり、やがていまどきはやり?のうつ病にかかってしまいます。それにしても、この小説が発表されたのは40年前。いまでこそ、うつ病は現代病として一種の社会現象にまでなっているけど、40年前に、もはや取り上げていたなんて。ファッション、車、クラブ遊び…いろんな意味で時代の先端を突っ走ってたサガンの直感は、半世紀近くも後の時代の先取りというか予測もしていたということに。飛び抜けた才能と、研ぎ澄まされた感覚だけで生きていた人だから、企まずしてそんな風にのちの世ともシンクロできたんだろうなと。で、物語のほうは、うつ病の彼を癒してくれる美しくインテリかつ情熱的な上流階級夫人に出会い恋に堕ちる…というパターン。ただ、彼女への愛は真実でも長年の遊びグセのついた男から、やんちゃ坊主性は抜け切れず、ふとした行き違いからこの恋は悲劇を招きます。「あなたのせいではないのよ。わたくしはいつもちょっと熱狂する性質(たち)でした。あなた以外愛したことはかつてありません」という彼女の遺書を残して…。


フランソワーズ サガン, 朝吹 登水子, Francoise Sagan
冷たい水の中の小さな太陽
独自の理論とメソッドを持つ人気コスメチックブランド「SUQQU」のオーナー兼アーチスト兼アーチザンである田中宥久子が、美にかかわり続けてきた人生とライフスタイルを語ったエッセイ。帯のキャッチ「美は執念。読むだけで、美しい人に一歩近づく」で、この本つかんでました。「知性と教養は、顔にあらわれる」ゆえに「女は顔です、見た目です」と言い切れるまでに磨きあげ、美しさにこだわり続けてきた著者による、美の仕事歴40年の揺るぎない自信に満ちた美容哲学。「“美”は、思いのある人にだけ与えられる。」すごいですよ、この人は。若い頃は着たい服を着るため食事をぬいて6キロ落とし「人のためのおしゃれでなく、自分が納得するためにするおしゃれなので、執念も半端じゃない」と。今も、体型をカバーしやすいスカート等は穿かず、ヒップラインがストレートに出るパンツスタイルで常に体型を意識し、一生パンツを穿き続け、ヒップラインを人目にさらし続けることがひとつの目標。という彼女は現在60才。その美しさの真髄は「自分の仕事を通じて人を幸せにしたい」という熱い思い。自分の存在が誰かの幸せにつながっているということが人として最高のレゾンデートル。“幸せって何?”の答えのひとつがここに。

田中 宥久子
田中宥久子 美の法則

大の読書家で「文武両道」を体現しているK1格闘家・須藤元気の知性と強さの秘密を説き明かしてくれる、天下無敵のパワー全開エッセイ。といっても格闘の話題中心ではなく、人生について、人間関係について、心のコントロール、シンクロニシティ、直感、メタレベル…と、心理学も勉強していたというだけあって、なかなかスピリチュアルな内容。でも、決して宗教的でも抽象的でもなく、とてもわかりやすいし説得力あるし、元気の不思議ワールドにどんどん引き込まれて行き、読後は、価値観が化学変化ならぬ元気変化なるものを遂げます。幸せモード・素直モード・感謝モードな気分にしてくれ、自分も元気が達している“メタレベル”の入り口あたりでウロウロしているのかも…と。そういえば、この頃ちょっとしたいい事がすんごく幸せに思えるし、その幸せ感がなが~く続くし、相手や神様に素直に感謝できちゃうし…元気スピリッツに通じるものが私にもあるかも…と思える事が、元気の言う“シンクロニシティ”なのかも。幸せってメリット・デメリットじゃない。人から何かを奪おう、とばかりしている人は、本当に欲しいものは得られない。世の中の法則は「与えれば、得られる。たくさん与えれば、たくさん得られる。」これも元気哲学のひとつ。この本を読めば須藤元気と気持ちよくシンクロできます。

須藤 元気, 森沢 明夫
風の谷のあの人と結婚する方法

六大学野球における最弱小チーム・東京大学野球部をひたすら見守り温かく強く応援しつづける東大応援部の面々。彼らはいったいどういう思いで全く勝てないチームを応援し続けているのか。勝てなければ応援する方も精神的葛藤があるわけで、皆もともと頭がいいし、その応援哲学・応援美学は「応援を通じて自己を成長させる」といったストイックな精神論にまで昇華し、まさに鉄条網を張り巡らせたかのような理論武装。
地元球団を応援している私にとって感覚の芯からビンビン反応してしまうフレーズが続々で、例えば…、応援者の心得

その1、応援する者は応援される者より努力しなくてはいけない。より努力しない者が人に「頑張れ」などと言う資格があるのか!

その2、応援の結果として、試合にチャンスを導き、ピンチを乗り越えさせなければならない。要は選手を動かし試合を動かせるような応援でなくてはならない!

その3、応援に見返りを求めてはいけない。選手に感謝されることを期待してはいけない。

以上、応援の心得3原則。

ある部員は部外者の「目立ちたいからやってんじゃないの?」という言葉が胸に突き刺さり、二度とそんなことを言われないよう、人を応援するにふさわしい人間になりたい!と心に誓ったという。本来、応援って誰でも好きな人が好きなものに対して勝手にすればいい。だけどそのレベルではただの趣味に終わり、彼らのような人生哲学や美学は決して生まれない。私自身この本の読後行った試合では、応援がより意識的になり、これまでに無い充足感を味わいながら帰れました。

最相 葉月
東京大学応援部物語

サガン・シリーズ第七弾。
サガン・マンネリズムとの飽くなき戦いの様相を呈してきた「サガン・シリーズ読破!」への道。挫けてなるものか!一冊の元値100円そこそこの文庫を1280円にまで跳ね上がらせるほどプレミアのついたお宝本を10冊以上も大人買いしてしまった自分の無謀行為に対して申し訳がたたぬ!意地でも読むぞ!


さて、今回のヒロインは、ジャガーのドアをバタンと閉め、やや大股に進む自分の姿が「おそらく均衡のとれた大人の女のなめらかな足どりであろう」ことを願う45歳のシナリオライター。庭に置きっぱなしでほとんど巨大なオブジェと化しつつあるセカンドカーは、25年式クラシック・ロールス・ロイス。彼女は同居人である不思議な美青年とふたりで、日曜日ごとに、一週間で庭の雑草がはいのぼったロールスの掃除と手入れという無益な仕事に午前中を費やす。決して使用することのないロールスは、ピカピカに磨き上げられ燦然と光り輝く。12時半にはカクテルを飲みながらワックスのかけられたロールスの周囲を回りうっとりと眺め入って満足する。そして次の日曜日にはまた同じ作業を繰り返す。二人は「日曜の朝に荒れ果てた庭にでんと構える25年式ロールスを掃除したことのない人は、人生の大きな喜びのひとつを知らないわけだな…」などとのたまう。ふ・ふ・ふざけんなっパンチ!

フランソワーズ サガン, 朝吹 登水子, Francoise Sagan
優しい関係
大学の先生の読書日記だけあってジャンルも社会・経済、歴史・戦争ものから、芸術系、エロスもの、スカトロジーにいたるまでグローバルかつブロード。こなす量と速さも半端じゃなく、今読んでいる本が次の本を招き、知識に新知識を絡めてより博識に、興味が別の興味を呼び覚まし、感性が新たな感性を刺激して…という具合に知性の高度な連鎖反応が起こる、こういう人生の神髄としての読書が理想です。自分の血肉になるような読書というか。
鹿島氏が曰く「暇がないから読書ができる」とは?普通の人はこれと全く逆の事をのたまって読まない言い訳にするのに。氏は多忙な講義スケジュールの中、やたらと(特にアジア方面の)パックツアーに出かけながら、もちろん持参した(主に旅先関連もの)本をこなし、さらに旅先の本屋それも古書店を好んで訪れ、その土地にちなんだ古書を漁り、稀少な一冊を見つけて狂喜しながら堪能するというエキサイティングな読書マエストロ。
最後に氏の名言をもうひとつ「本に殺されても本を読む。」ただし殺されるほど本に魅入られるには、人間側にそれだけの資格を要します。本の方が人間を選ぶのです。選ばれし者のみが本という夢のサンクチュアリへ招かれるのです。

鹿島 茂
成功する読書日記
サガン・シリーズ第六弾。またまたサガンの私小説的作品です。

渡米して知り合った、イケメン・アメリカ青年と結婚。しかしこの男、性格的にまともじゃない。神経過敏、妄想癖、偏執狂、躁鬱症などかずかずの精神性の持病のためセラピスト通いしている。マザコンでワガママ、異常に嫉妬深く猜疑心と独占欲の塊で、ヒロインである妻がほかの男性と話したりするだけで、一晩中しつこく、くどくど、ねちねちと嫌味な質問の責め苦にさらされる。そんな病的で最低な夫なんだけど彼女は別れられない。この夫、なかなかいい男らしい。バンパイアのような魅力っていうんでしょうか!?その上、実はこれが一番のファクターと思われますが彼は「金持ちお金」なんです。一生遊んで暮らせるほどの財産を親から譲り受けてます。一番魅かれあっているのはお互い同士だと認識しているのに、好きだからこそ傷付けたくなるというサディスト夫婦で、お互いに愛のない浮気をして、悪びれもせず相手に暴露して反応を楽しんだりする。異性としての魅力を最大限認めつつ、夫婦にとって最も不可欠な信頼というものが皆無。そんな嵐のような激しい結婚生活が続くわけがなく、ラストは別離。

ちなみにサガンもやはり二度目の夫と離婚するそうです。サガンの小説はまさに彼女の人生行路そのものなのです。

フランソワーズ サガン, 朝吹 登水子, Francoise Sagan
すばらしい雲
サガン・シリーズ第五弾。
それにしても、しゃれたタイトル。タイトルだけで、きっと抜群に素敵な大人の恋物語なんだろうなぁと予感させてくれます。この作品は39才のヒロインと、ちょっと年上で浮気癖のある腐れ縁の恋人、彼女にぞっこんの25才の美形だけど仕事ぎらいな青年が織り成すいわゆる三角関係。今回のヒロインは私が読んだ中では初めてキャリアを持つ女性。もちろんディスプレイ・デザイナーというセンシャルな肩書きですが、仕事を持ってる分、これまでのサガンのヒロイン像独特の物憂さとか我儘さとかが薄らぎ、恋に対してもかなり謙虚。恋人の浮気も見て見ぬふりをして許してあげるし、美貌の青年に対しても、自分はもうお婆ちゃんだからと、思い切って飛び込めない。いったんは若い情熱にほだされて飛び込むけど常に不安で落ち着かない。いっしょに出かけても、若く美しい彼と並ぶ自分は年齢的に不釣り合いで、他人から見たらさぞかし滑稽だろうという心配と劣等感に苛まれちっとも楽しくない。で、結局同年代の恋人の方へ戻るのだけど…。
やっぱり、女も齢とると色々先が見えちゃうのよ。若い彼の情熱の一過性とか心変わりとか。今目の前にある素晴らしい恋がいずれ自分を苦しめるだろうこととか。ちなみにサガン自身はこの作品を発表後、夫と離婚し渡米、のち、美貌のアメリカ青年と再婚するらしい。( ̄ー ̄)……書いとることと全然違うじゃん!逆じゃん!

フランソワーズ サガン, 朝吹 登水子, Francoise Sagan
ブラームスはお好き
サガン・シリーズ第四弾。

この作品には、何組かのカップルが登場。中年夫婦、若年夫婦、シングル同士の自由なカップル…それらの男女がややこしく交錯するお決まりの恋愛事件。この小説読んでいると、サガンってよくよく平凡な主婦が嫌いなんだなぁって思う。思い切り冴えなく、人生を損してる風に描いてます。常のごとく、シングルで才能と魅力のある自分の分身のような女性に、奔放で素敵な恋をさせてます。そしてキーポイントはやっぱり「お金と階級」。サガン作品のヒロインになり得る条件は、親が金持ちかパトロンがいるかして、決してお金には困っておらず、必ずハイソサエティに属しており、その癖いつも何かしら憂欝そうに、退屈そうにしていること。同じシングルでも、野心的で、のしあがるために女を武器にバリバリ頑張ってる女性も彼女の好みではない。あくまで生活上の苦労なんかせず、ひたすら恋をし、無聊を託ち、読書をする。そう、サガンは本を読まない女性も認めないのです。ちなみにサガンはこの作品発表後、お金持ちで教養の高い中年男性と結婚する。人気小説家として地位を確立させつつあっても、自分の才能だけでがむしゃらに儲けようとせず、無益な恋にも溺れず、リッチな結婚相手を選ぶ冷静さ。女性は決して落ちぶれてはいけない。たとえ年下の恋人に振られても優雅さを失ってはいけない。優雅のベースはお金。サガンにとって富裕であることは人間としての最低条件なのです。

フランソワーズ サガン, 朝吹 登水子, Francoise Sagan
一年ののち