学生時代に、時折、酷く理不尽な場面に遭遇する事があった。

今、私のブログを読んでくれている人達にも、思い当たる事が、あるのではないかと思う。

同級生の中には、地毛から茶髪という子も、珍しくなく、入学式の段階から、"カラーリング"と、頭ごなしに決めつけられ、染めてらっしゃい!なんて。

私も、生まれつき髪は栗色。事実を訴えても、教師は聞く耳すら持たなかったので、地毛証明書、写真を見せ、祖母も母も、一歩も退かなかった。

もし、先生方がこのブログを読んでいらっしゃるなら、これだけは。

学校には、校則というルールがあり、社会にもルールがある。

あるから、真っ直ぐ、そしてのびのび生きていける、学生生活も、謳歌出来ると信じます。ですが、そのルール、校則の中身は、学校にとって、都合良く出来てはいませんか?

語弊を恐れずに言えば、先生方に都合の良いように、です。


世の中には、色んな人がいます。障害を抱えた人も、ハーフの人も、アルビノの人だっています。

色の見えない色盲(カラーハンディキャッパー)の人、紫外線を色として捉える、スーパーヴィジョンの人。

痩せてる人、ふくよかな人。

何処で生まれ、どんな容姿であれ、ありのままで美しい。


しかし、先生の中には、生徒の身体的特徴を非難する人や、人そのものを見ずに、数字で判断するという事が度々ありました。

私自身も、中間や期末試験で、理数科に関し、前回より、点が良かっただけで、職員室に呼び出されたりしていました。


校則という枠の中で、肩身の狭い思いをする生徒がいるのは、やはり、先生方が、校則に拘りすぎて、生徒が持って生まれた個性まで、知らず知らずのうちに、否定してしまっているからではないでしょうか?


それが遅かれ早かれ、いじめを誘発し、生徒の人間としての尊厳まで、踏みにじってしまう事態になりかねません。

学校が、どんな生徒でも、1人1人の個性に寄り添い、人間が先!数字が後!という向き合い方になれば、学校のこれまでの在り方にも、風穴があく事でしょう。


人間は、十人十色。価値観だって、考え方、感じ方だって、千差万別。

そう遠くない未来に、教師と生徒、一緒に創っていけるような学校が、誕生すれば良いなと思う。