女がゴミである必要は俺はないと思う。

 

したがって女性主義の存在はありえないし、あるべきではなく、それは本当にあり得ないようなことだと思う。それは本当に醜く腐ったもので、わざわざ生まれてきてわざわざ醜い腐った、筋違いで恥知らずなものとしてある、本当に酷い、醜い腐ったもので、こんなものは絶対になくていい、わざわざ腐ったゴミである必要は絶対になくていい、というようなものだと思う。

 

それは腐ったもので、筋違いなもので、恥知らずなものだと思う。

 

女はゴミである必要はなく、様々の醜い腐ったものもあり得ないと思う。

 

女はゴミであることに熱中する腐ったゴミでなくていいと思う。

 

なんで女が醜いものとしてしか存在しようとしないのかわからないし、しようとしてもらえないのかわからない。豚であることに没頭されることにしても、腐ったものだと思う。

 

醜くあることが最大の武器、力であるとしても、それが行使されるのは醜いことだと思う。醜くない女が思い描かれないこと、求められないこともわからない。

 

醜くない女とは、確かに不自由であるような女だと思う。

 

不自由を譲らない道理に則すもの。

 

関係に則してある不自由の手がかり、道理に則して、人に向かわず、国境と形式に至る。国境と形式は、既に生者会話政治を殺している。

 

人を助けることもなく、世の中をよくすることもなく、経済を俟たず、経済を度外に置き、命も度外に置き、生き延びようとすることもなく、関係に則してある不自由の手がかり、道理に則して、人に向かわず、国境と形式に至る。国境と形式は既に生者会話政治を殺している。

 

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