これは別に、沖に言っているわけではないが、どう生まれ育ったらただひたすらにゴミであることや汚物であることに没頭できるような脳みその人間になれるのかわからない。どう生まれ育ったらそんな醜い、腐った人間になれるのか俺にはわからない。
女をゴミと前提し、無基準で無不自由な醜い腐ったゴミ汚物と前提し、ゴミを満たすものを用意し、与え、またぶらさげて、設え掲げた形も限りもない競い争いによって、腐ったゴミ女に支出させを、掲げられたものに支出を、それぞれ際限のないそれを、させる、ようなものに躊躇を覚えることもなく、加わることがないことがないような、ゴミであると俺は女を考えないし、措定しない。
人々は汚物でありたがり、汚物であれるものに、汚物であることに、際限のない金と時間を出す、こういうことを、俺は前提に考えない。
掲げられた、形もなく限りもない、その競い争いに、際限のなく、シンプルで、屈託もないその競い争いに、人が意気を持ち、応じ、臨み、加わり、嗜み、際限のない支出を展開することを、俺は考慮しない。
俺は所謂経済連関についての慎重さのために見解を控えることをしない。所謂経済連関のようなものを、俺は考慮しない。
俺は単に、汚物であることに没頭するゴミ汚物でない女を望む。