ブログを突然思い立ったかのように投稿することはあっても
リンクを貼って終わりのようなしばらくでありましたが
今回はこの国別対抗戦が終わり、私の心の整理も兼ねて
今の気持ちを残しておきたく、文字にしたためたくなりました。
前もって記しておきますが、このブログは私の心の中の気持ちであって、ここに出てくる選手や関係者に対してご迷惑になるようなコメントはご遠慮くださいますようにお願いします。
私へのコメントは肯定も批判でもなんでも結構です。
そこだけご承知おきください。
また同意いただけなければこれ以上お読みにならないでください。

2019年の全日本が行われた頃、今の現状を想像できた人はほとんどいなかったはず。
それほどまでにあまりにも世の中が変わってしまいました。
タイトルを『2019-2021シーズン』と表現したのは
このコロナ禍の中であまりにもこれまでとの状況が変わり
2020年の世界選手権が行われずにいたこともあり、
この2年が長く短いひとつのシーズンのように感じたからです。
ただしかし実際はそんなことはなく、残酷に時は流れています。
ある選手にとっては、ここから世界へ羽ばたこうとする時期であり
またある選手にとっては、選手生命を終える大事な年でもありました。
それぞれの選手の目から様々な対応や気持ちがあったことを思えば、どんなに大変なのか私自身には到底想像もつかない世界です。
それでも若い選手たちにとっての1年という時間は熱く重くかけがえのないもの。そう理解しているつもりです。

この国別対抗戦を最後にシーズンが終了し、
特にエキシビションの羽生結弦選手の『花は咲く』を見ていて
美しいスケート共に涙が溢れました。

そこには彼の乗せた気持ちが伝わったからだと感じました。

彼の言う希望の光に少なくとも私にはなりました。

そしてちょっと飛躍させすぎかもしれませんが、

ふと私は人の幸せの在り方とは何かを考えました。


人間生きていると幸せだけの日々ではありません。
このコロナ禍もまた然り。

生きてきて当たり前と思うことが特別なことだったと気付かされる時があります。

それに気づく時はその人それぞれであり、
それがある人は震災のような自然災害であったり
またある人はコロナのような病であったり
それはまた事故や事件と言ったものかもしれません。
人生を揺るがすような出来事を前に人は改めて
幸せとはどういうものか考えるのではないでしょうか。

私にとってそれは『病』でした。
2014年の冬。私は病気の宣告を受けました。
放っておけば命に関わるもの。
その時子供はまだ6歳と12歳。まだ死ぬわけにはいかない。
幸い手術・治療を受ければ希望がある段階でした。
逆に言えばそれ以外の選択肢はなかった。
2015年の2月。私の節目の誕生日に入院。2日後に手術。

それまでフィギュアスケートは好きでたまに見ていたけど
試合の放送環境が良くなかったことと、子育てで手一杯で
積極的にはあまりみていなかった時期。
2014年のソチオリンピックの羽生結弦選手の演技を見て
男子フィギュアの面白さを知りより深く見るようになりました。

2014年の全日本がある頃、病気の宣告を受けて人生で一番落ち込んでいる頃に知ったのが宇野昌磨選手でした。
そして手術後、まだたくさんの管に繋がれた状況で見たのが2015年の四大陸選手権。シニアの大きな国際大会に初めて出場し、堂々と演技する姿が眩しくて、本当に心から励まされました。
ベッドから動くのも困難なのに頑張れーって私の口が言っていたのです。それが私の力にどれだけなったことか。
それから今もなお彼は、ずっと私の心にエネルギーをくれる大切な存在です。

人はどこでどのような形で誰の影響を受けるか分かりません。
人の幸せも、その個人がどんな幸せを選ぶかは自由だし

その幸せの感じ方を他人が否定する権利もない。

私はある意味、病気をきっかけに人生後半を生きる考え方が変わりました。
それまではある凝り固まった考えを持っていたし
当たり前と感じることが正解とも思っていた。
でもそれは、自分自身にとって正解なだけで
相手を思いやることにはならないと気付かされました。

なので私は選手の幸せを積極的に願うとともに
彼らの演技に時として一喜一憂はしますが
彼らの日常や考え方にまで口を出そうとは思いません。
応援とはまた時として便利な言葉で
選手を思いやるがあまり批判的になったりしているのを見ると
選手本人が見たらどう感じているのかと胸が痛みます。
まだ彼らは若く、心がかき乱されないか心配になります。
彼らもアスリートである前に一人の人間です。
性格も違えば感じ方も違い、まだまだ人としても成長過程の中。
この歳の私ですら、自分というものが分からない時があるのに
若い彼らに投げかけるにはあまりにも辛い言葉を見受けることが悲しい時があります。
もちろん大半のファンの方はそうでは無いのですが。
結果が悪ければそれだけで批判されたり、良ければ過剰に持ち上げられたり。でもそんな厳しい世界に彼らはいるのです。
応援するファンだからこそ、温かく見守ってあげて欲しいと願ってやみません。

あなたの幸せはどこにありますか?
そしてあなたの大切な人はどんな幸せを求めていますか?
そう考えたら自ずと答えは出るのではないでしょうか。

フィギュアスケートに私は心から人生を楽しませてもらってるから、恐らく命の続く限り応援していきたいと考えています。
それは私にとっての幸せだから。私だけのものだから。

また今回フィギュアスケートという競技を見ていて

個性を生かす競技だなと改めて感じました。
一人一人魅せ方が違うからこそ面白いのだと。

そんな当たり前なことを感じられるのは

試合を観戦する機会があってこそ。

コロナ禍は簡単には終わりは告げないでしょう。
今も尚、大変な状況が続いています。
でも対策を知り、一人一人の心がけひとつで出来ることがある。
一番の敵はウイルスです。
人間が人間の敵にならない世の中でありますように。

そして来シーズンこそ、
ひとつでも多く試合ができることを心から祈ってます。

最後に
私は主治医から1年前にもう通院の必要は無い言われ現在は元気にしています。
私の考えは私だけのものであって
今これを読んでるあなたの正解では無いかもしれません。
ただひとり、フィギュアスケートファンとしてこんな人間がいるってことを知っていただけたら幸いです。