「おはようございます、敦賀さん、社さん!!」
「おはよう。」
「おはよ~~、キョーコちゃん!!」
穏やかな春の朝。LME事務所の扉をくぐると、そこにはどピンクつなぎを着た、愛の欠落者第一号が、せっせと事務所にモップがけをしていた。
「今日は掃除なんだ?」
「はい、そうなんです!!夏バテで掃除のスタッフさんが急遽お休みになられたそうで。あ、でも、今日はアルバイト扱いで給料がでるんです!!無給ではないんですよ!!
「助かります!!」と瞳をキラキラさせて言う……勤労な俺のキョーコ。
相変わらず、年齢からは考えられない、自立した女性である。
「そっか。でも、無理はしないでね?」
「はい!!ありがとうございます!!」
「本当に無理はしないで?もし君に何かあったらと思うと、落ち着いて仕事もできない。」
「うっ、は、はい……。ご心配をおかけしないようにします……。」
俺の言葉に、全身を真っ赤にしながら、照れ臭そうに笑う彼女は、今日も可愛らしい。
「今日は何時に終わりそう?」
「えっと…。午後から、TBMで収録があるので…18時頃でしょうか。」
「そう。俺の方は…」
「うん。20時半頃。今日はそれで終わり、だな。」
「ということらしいので。夕飯を一緒に、どう?」
「はいっ!!では、何かお作りしますね!!」
「え?でも、たまには外食にしようよ。毎回君にお世話になるのは申し訳ないし。」
「でも…敦賀さん、外でお食事しても、なんだか目が死んでいるんですもの。」
「そうだよな~~~。他に人がいる時は多少装うけれど、俺たちの前では、常に死んだ目をしているよな~~~。そんな奴と外で食べてもおいしくないな、確かに。」
「……………。それは……その、ごめん。」
『食事』というものに対する拒否反応は、もはや幼い頃からの癖に近い。気を許している相手の前だからこそ、改善できるものではなかった。
「ふふっ、でも、私が作ったものはおいしそうに食べてくださるので。作り甲斐があります。」
「そうだよな。キョーコちゃんの弁当だと、絶対に完食するし、その後の機嫌もいいし、大助かり。」
「……………。」
しかし、その『食事』がキョーコの手作りというだけで、進んで食べたくなるのだから不思議だ。そして、それもちゃんと『美味しそう』に食べることができているらしい。実際、美味しいと思っているのだから、幸せそうに食べていてもおかしくはないだろう。
「それじゃあ、今回も。お世話になります。」
「うふふ、今日は敦賀さんの好きなオムライスにしますからね!!楽しみにしておいてください!!
「オムライス……。」
「はい!!」
「上に∞のマーク、つけてくれる?」
「もちろんですよ!!」
「敦賀さんのお気に入りのマークですものね~~。」と、嬉しそうに笑う彼女を見て、どうしても表情を引き締めることができない。
「それじゃあ、楽しみにしているよ。」
「はい!!それでは、行ってらっしゃいませ。」
「うん、行ってきます。」
「じゃあね、キョーコちゃん!!」
手を振る俺たちを、美しい礼で見送るキョーコ。そんな彼女が見えなくなると、社さんは「ふぅ~~~…。」と長く息を吐き出した。
「相変わらず甘苦しい空気を量産させる二人だな、お前たちは。」
「そうですか?」
「あぁ。ブラックコーヒーが欲しくなる。」
「やれやれ。」と疲れたように言われたので、「後でおごります。」と笑いながら返した。すると、「そういう意味じゃない。」と睨まれてしまった。
「こんなに相思相愛のラブラブなのに…。キョーコちゃんはまだラブミー部員なんだな。」
「………えぇ。」
そう。お互いの気持ちも分かり、愛し合っていると理解できたけれど…それでも。
「まぁ、仕方がないか。お前のこと、神聖視していたところは昔からあったし。」
「はい………。」
「その上、お前の執着の具合も分かっていないしな、まだ。」
「……はい……。」
それでも、キョーコは未だにラブミー部員なのだ。
「俺は、俺の愛を受け止めてくれただけで十分だと思ったんですが。」
「でも、社長の考えは違うんだろう?」
「はい。」
「まぁ、俺も社長に賛同している。だって、どう考えてもキョーコちゃんの中での比重の差が現実に合致していない。」
「……そう、ですね。」
俺はキョーコを愛しているし、キョーコも俺を愛してくれている。
それをお互いがちゃんと理解しているし、疑う気持ちは一切ない。
けれど。
「ちゃんとキョーコちゃんが現実を見られるようにならなければ、確かにお前たちはすぐに破局することになるよ。」
「…………破局なんて、させません。」
社さんの口からこぼれ出た言葉に対し、どす黒い感情が生まれてくる。
離れようとするならば、縛り付ける。
一度は手に入れたものだ。逃すことなど、できるわけがないだろう。
知らなければ我慢できたものも、一度知ってしまえば、もはや失うことなど不可能。
ゆえに、『破局』なんてありえない。