4話です。

単話での完成度の高さにびっくりしています。

3話でも書きましたが、3話、4話と連続している組み立てにあって、それぞれが個々に光彩を放つのはなかなかすごいことではないかと。

ではちょっと書いていきます。

 

今回、司法権の凄みが(あらためて)あらわになったシーン、それを顕現したのが門倉裁判長という1話での安堂とは主体が異なるだけで、同様のカタルシスとなっています。

具体的には「不服なら高裁へ即時抗告せよ」というくだりで、裁判を地裁で丸く収めたい被告側が原告に恫喝まがいの威圧をかけて収拾しようとしたことへのカウンターが加算されている分、むしろ強烈と言いますか。

 

つまるところ、地裁から高裁へスライドすれば、いよいよ世間の耳目を集め、事態の収束を志向する被告にとって、より一層都合が悪くなるわけで、そういうよこしまを一撃に砕いている。

ここに立脚してみれば、司法制度の重層さによる凄みを門倉裁判長が端的に示したわけで、にわかな個人や法人のよこしまさが介入しえない、(国家機構という強烈な箱庭に守られた)清廉さを示威する一方、その容喙を狙った側から見たタチの悪さも垣間見え、中々に見ごたえのあるシーンとなっていました。

間違いなくここが今回のトピックですね。

 

さて、3話から持ち越した形になった「発達障害の裁判官に裁かれたいか」という問いについては、危惧した「ありのままの自分」を夢想するような展開ではなく、常にその要否を胸に秘めていく(しかない)、という格好になっています。

「解決しないが、解決をもって正解としない結論」ということで、素直にいいなと思いました。

裁判というテーマを扱っていながら、メーンテーマにニアミスをかけたこの問いかけは、その落としどころとして、良く言って現状維持、あるいはグレーとしたあたりに、ままならなさの人間臭さが出ていて、ひとつの回答として良いのではないでしょうか。

 

今回はこんな感じです。

ちょっと、少しずつ増幅している違和感というか居心地の悪さとして、どうも安堂が弱々しいというか、そのぐにゃりとした気配が、付保されたADHDやASDというキャラクタイズの振子が振り気味になっているように感じています。

 

キャラクターを立脚させるために与えたものであったとしても、あくまでも裁判官という膳立てがあってのことなので、強き存在への弱点漏出というような切り口では、早々に見飽きるというか、かえって思考を浅くする感さえありますから、ここは持ち直してほしい所です。

 

もっとも、エンディングで「法廷から嘘がなくなる瞬間が好き」という安堂の言葉、3話からの宿題に対する曇りというか、そういうものを払拭して余りあるものだったことを透かせば、やはりエンターテインメントの引力は強烈なようです。

ですから、本話は面白かったということで、単話の完成度という言葉を据え置いてここまでにします。

 

それでは次回。