番宣を見て、とても面白そうだと思っていながら、リアルタイムの機会を逸していたのですが、今回ちょっと思い出して視聴しました。
俳優陣の豪華さやストーリーラインの堅牢さ画面構成など、さすがにNHKが(多分)別格に作り出したであろうことが感じられて、ひとことで言えばとても良かったです。
それだけでは物足りないので、もう少し、視聴感想のメモを残す意味で箇条書きに書き出しておきたいとも思います。
基本的に主人公(安堂裁判官)に関する事柄が多いので、そこはアルファベットで符牒しておきます。
安堂裁判官Aケチャップライス
白米にケチャップを振りかけるあたりでギョッとしたのですが、それも束の間、混ぜ合わせていけばケチャップライスとなって、馴染みがあるというか、おいしそうな料理になるくだりには意表を突かれました。
「混ぜる」という工程に思慮が至らなかったことと、調理前後で味覚的ヴィジュアルが確変することが作品主旨とどこまでフィックスするかはわかりませんがトピックでした。
このケチャップライスに補助線を引けば、確定路線を彼が独自の性向で覆していく、(おそらくは)全体のストーリーラインを参照しているのかもしれませんが、ここでそういう書きぶりはこざかしいので、ここまでにします。
安堂裁判官B「弁護人を解任します」
番宣にもインサートされている、安堂裁判官によるキャッチーなセリフ。
議場からの退廷というのではなくて、(裁判官による、おそらくは職権による)弁護士の解任というのは、寡聞にして知らなくて、かなりのインパクトでした。
三権の一角にあって司法の最高執行者の権能は、こういう措置において畏怖の対象になるわけで、国家機構の硬質さ堅牢さ、衣の袖から鎧が見えるというか。
日常、(露悪的、直截的なものを嫌う国民性もあって)隠されている絶大な力を見せられると、圧倒されるというか理屈抜きで得心してしまうものがありますね。
安堂裁判官C「分からないことを分かっていないと、分からないことは分かりません」
裁判における仕舞いのセリフ。
極めて堅牢、確実に、それこそ「分かるよう」に作劇されていたストーリー運びにおいて、にわかに、それこそ分かったような分からないようなセリフ。
それを安堂が繰り返し、被告が分かったと返すくだりは、緩急の配分、あるいは余白の差し込みとして見事な構成だと思います。
こういう所はセンスか積みあえた実力というか、そのどちらに属するにせよ、やはりプロの仕事だということなのでしょう。
あるいは作品の重要なテーゼになっていくのかもしれませんが、ここでは「ここまでうまく運んで行ってそれだけで終わらせない構成」に唸らされたということだけ書いておきます。
安堂裁判官D(松山ケンイチ)
その演技は見事というほかなくて、付与されたADHDやASDという性向を見事に表現してみせながら、しかも魅力的で実存性を高め、創作故のキャラクタイズも十分に盛り込まれていて、凡百な表現で恐縮ですが、流石、主人公という所でしょうか。
とりわけ気を引かれたのは、裁判官として席上で振る舞う、発言する際の声のトーンでしょうか。
このちょっと響きやすさに注念したような声色は、ここだけ裁判官たるキャラクターが、ドラマチックな他要素を相克しているようで見ごたえがありますね。
ありていに言えば「(ドラマの作劇を超え)そこに裁判官がまずいる」そんな感じでしょうか。
被告の姉(怒りと慟哭)
脳梗塞で倒れ、翌日に亡くなるくだりは、医師の不作為と家族の慟哭が双方に堅実な描写が振り当てられていて、怒りと哀しみを与えられ、動揺しました。
ドラマの作劇にインパクトを与えられることは、ままあることなので、それ自体はそれ程、大上段に構えて云々するものではないのかもしれませんが、今回、特にこういう形で書き出そうと思った動機はこの辺りなので、個人的には最重要なこととして項を分けました。
小野崎弁護士
化粧っ毛のない、あるいは顔色がくすんでいるような見た目づくりは、これをどう理解したらいいのか逡巡してしまう所です。
ここは(いわゆる)すっぴんの俳優(鳴海唯)の美しさと、テンプレ的な女性活躍からスポイルされた要素(単にメイクのこととして)が、脈絡なく表出されていると見ればいいのでしょうか。
あるいは狂言回しといった役どころかもしれませんが、全体の作り込みが相当しっかりしているので、ともすれば振り落とされかねない危うさはありますね。
ここは俳優の力で踏ん張ってみせる、という所なのかもしれません。
全体としてはこんな感じです。
ドラマにせよ、何にせよ、いわゆる続き物はその端緒、初話たる第1話にそのエッセンスが注入されるので、ここが面白いというのはそのロジックが正確に動作しているという意味で、作品の作りの萌芽とみて期待も一塩でした。
とりあえず、ここまでにします。
それでは次回。
