途中ガロが、寄るところがあると言って、小さな民家に入っていった。

そこは、数軒の民家が立ち並ぶ閑静な住宅街だった。

どの家も雨で腐蝕している。相当長い間、雨は降り続いているのだろう。

「待たせたな」

そう言って、ガロが片手に布のようなものを持ち、その民家から出てきた。

「ほらよ。着な」

そういって渡されたのは、少し埃をかぶった、裾の長いフードのついた雨避けの為のコートだった。

「どうして、これを僕に?」

「お前、ずっと頭だけずぶ濡れだろ、気になってたんだ。昔、もらった物なんだが、

俺が着るには小さすぎる。だが、捨てるにしちゃあもったいねぇと思って、置いといたんだ。

まぁ、そん時はまだ、こんなふうな雨は降ってなかったんだがな。と言うより…」

「と言うより?」

そう言って、口篭ったガロを促すようにトキが言った。

「あぁ、昔この国は干ばつ地帯で、雨なんて一滴も降らなかった。

だが、2年ぐらい前からこうなっちまったんだ」

「原因は何なの?」

急かすようにキラが横から口を挟んだ。が、ガロは、長い話になる、

とりあえず歩きながら話そう、と言い教会へと足を進めた。

ガロはゆっくりと話を始めた。

「ちょうど2年と少し前。この国は、どうしようもねぇくらいの干ばつに襲われていた。

降るはずもねぇ雨を待ち、天に祈りを捧げてたんだ。お前さんが目指してるあの教会でな」

その言葉を聞き、やはり、あの教会に何か手掛かりあると確信した。

「だが、どれだけ祈っても雨は一滴も降らねぇ。そのうち、死者ま出てくる始末だった。

そして、もう誰も祈ることさえやめちまった。そんな時、旅人が一人やってきた」

「旅人?」

トキは、その言葉に反応した。

「ああ、ちょうど今のお前くらいの歳の、すげぇ綺麗な顔したやつだった。そいつが、

そのコートを置いていったんだぜ。いずれ必要になりますから、とか言って。

確かにその通りだったんだがな」

ガロは笑いながらそういった。しかし、トキは深刻な顔をしていた。そして、口を開いた。

「その旅人が原因ですか?」

少し考えてガロは言った

「そうだと言えばそうだが、悪いのはその旅人じゃねぇ、この結果を望んだのは俺たちだ」

「どういう意・・・」

「着いたぜ」

トキは何か尋ねようとしたが、最後まで言えずにガロの言葉にかき消された。

話に夢中になって気付かなかったが、確かにトキは教会の前まで来ていた。

なぜか、教会にだけは雨による腐蝕がなかった。そればかりか傷んでいる箇所すらない。

まるで、最近建てられたもののようだった。

「じゃあ、俺は仕事があるから戻るぜ。続きが気になるんだったら、また酒場まで来てくれ」

「ありがとうございます」

「おっちゃん、ありがと」

二人はお礼をを言った。ガロはもと来た道を帰って行った。

先に口を開いたのはキラだった。

「その旅人って何者なのかしら」

「わからない。でも、強い力を持ってるってことは確かだ」

とりあえず、教会に入ってみることにした。中は薄暗く静かで、雨音だけが反響していた。

トキ達は注意深く左右を見ながら奥へと進んだ。一番奥までたどりつき正面を見た。

そこにはステンドグラスに描かれたマリア様がいた。

「綺麗な絵ね」

キラがうっとりしながら言った。その瞬間

「誰?」

後ろから声がしてトキはすかさず、キラ!と叫んだ。キラは、銀色の光を放ち繊維状にほどけ、

そして、トキの左手首から五指に絡み付き、銃の形へと変化した。トキはトリガーに指をかけ、

声の主へと狙いを定めた。

「キャッ」

そう言って声の主であろう少女が身を竦ませた。それを見たトキは一息ついて

驚かせてごめん、と言いキラを元に戻した。


by 沙粋



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ガロの酒場の入り口の前まで来て、トキは一度立ち止まった。

振り返って空を見上げる。

相変わらず雨は降り続いている。

「・・・」

「そういえばトキ、どうしてそんなに雨を気にするの?」

パンを食べ終わったキラが、満足そうな表情を浮かべながら問う。

「確かに、妙な力が働いて、故意に降らせているものだとは思うけど。」

「うん・・・」

トキは、何か考え事をしながら、しばらく立ち尽くしていた。

キラは満腹からくる眠気が一気に押し寄せ、うとうとしていた。


――― そういえば、"あの日"も雨が降ってたんだ ―――


静寂の中、雨音だけがノイズのように響き渡る。

記憶の中の幼いトキは、そのノイズに紛れて小さな泣き声を上げた・・・


雨に濡れるトキの横顔は、まるで涙を流しているようにも見えた。


その時ガチャ、と酒場のドアが開いた。

「!!」

トキはビクッと驚き、キラも飛び起きた。

「ななな、何事!?」

すると、中からガロが頭をかきながら出てきた。

「ああ、びっくりさせちまったなぁ。すまんすまん。」

トキは急いでキラの口を噤ませたが、もはや手遅れだった。

「なんだぁ、喋るウサギかぁ!?こりゃめずらしい。」

トキは黙っている。キラは汗をだらだら掻いている。

観念したトキは、キラから手を離した。

「ぷはー!おっちゃん、私を見てもそんなに驚かないのね」

「世界は広い。いろんなヤツがいるもんさ!」

そうなんですか、とトキも会話に入る。

「僕たち、教会に行きたいんですけど」

「トキは方向音痴だから道が分からなくなっちゃうのよね!」とキラ。

すると、ガロはハッハッと笑って

「そうか、それなら俺が連れてってやるさ。あそこはちぃたぁ、道が入り組んでるからな」

いいんですか、とトキ。キラは横で嬉しそうに飛び跳ねている。

「じゃあ、ちょっと待ってな。今仕度してくるからよ」


ガロはすぐに戻ってきた。

キラはもう隠れなくて済むので、トキの肩の上で伸びをしている。

二人は、酒場を出て 教会を目指した。


                                             by 蓮



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朝起きて、ほの暗い光の差し込む窓を見ると、やはり外は雨だった。昨日と変わらず

教会の上の雲は、妖しく赤みを帯びている。

トキは荷物を整理し、出掛ける準備を始めた。キラはそれを見ながら忠告するように言った。

「あの光、何かとても強いエネルギーを感じるの・・・。気を付けた方がいいわよ。」

「・・・・・・・・・・・・わかってる。」

トキは何か考えるようにして応えた。

「またしばらく入っててくれるかい?」

トキが申し訳無さそうに言うと、キラはしぶしぶウェストバッグへともぐり込んだ。

部屋を出ようとノブを握ろうとした瞬間、ドアは自然と開かれた。

「あら、もう行くつもりだったの!?」

目の前に大きめのバスケットを抱えた宿屋の女性が立っていた。おそらく朝ご飯を運んで

きてくれたのだろう。

「毎朝、朝はパンを焼くの。良かったら召し上がってもらえる?」

そう笑顔で女性に言われ、思わずこコクンと頷いてしまった。

女性はうれしそうに仕度を始めた。バスケットからかわいいポットとティーカップを取り出し、

いい香りのお茶を入れてくれた。奇麗なお皿を取り出し、おいしそうに焼き上がったパンも

並べてくれる。

昨日アップルパイを食べたキラもピンピンしているし、せっかく用意してくれた食事を

断るのは気が引けたので頂くことにした。

「どうかしら?」

女性は不安そうに尋ねた。

「おいしいです。」

そう言うと、女性はうれしそうに言った。

「よかった。お茶も飲んでみてね。」

トキが食べていると、女性は話し始めた。

「雨がやむまで休んでいってくれるものだと思っていたわ。」

さっきとは打って変わって悲しげに言う。

「私の名前はサラ。トキ君とはもっとお話したかったわ。」

そう言って苦笑いを浮かべた。


「ごちそうさまでした。」

そう言って食べ終えた。

サラは玄関まで案内してくれた。

「ありがとうございました。アップルパイとパン、おいしかったです。」

トキは丁寧に礼を言う。

「また気軽に立ち寄ってくださいね。」

サラは少し寂しげな笑顔でいった。

トキは宿屋を後にした。

宿屋が見えなくなったところで、ウェストバッグからぴょこんとキラが顔を出す。

「ちょっと~!!私もあのいい匂いのパン食べたかった~!!」

いかにも泣き出しそうな声でキラがぐずる。

トキは不適な笑みを浮かべながら、上着の内ポケットから先程のパンを取り出した。

「ちゃんと取ってあるよ。」

キラはキラキラと目をひからせた。

予想通りの反応に、トキは笑いをこらえきれずに笑ってしまった。

トキはパンに夢中のキラに言ってみた。

「とりあえずガロさんのところに行って、教会の場所を聞こうか。」

キラは聞いているはずも無く、パンに夢中だ。

トキはガロのところへむかった。

                                                    by 卑弥呼



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「どうって、見ればわかるでしょ。何かの仕業ね」

さっきまでとはウラハラに、落ち着いた口調で答えた。

そして、ベットから飛び降り、窓の前にある古びた棚に飛び乗った。

「どうする?」

そう問われ、キラは "決まってるじゃない" と言わんばかりに、その深紅の瞳をトキに向けた。

「…お人好し」

そう小さく呟いたが、聞こえていたらしく

「違うわ、自分の為よ」

とキラは返した。

「見て」

そう言って、キラはその小さなふわふわの手で窓越しに空を指さした。

「あそこに少しだけ赤みを帯びた雲があるのわかるでしょう?」

トキは立ち上がり、キラの隣に行きその方向を眺めた。

もう外は暗くなっているというのに、一部だけ赤みを帯びて

少し明るくなっているところがある。

「確かに。あの雲が原因?」

「違うわ、下を見て」

そう言われ、赤みを帯びた雲の真下にある建物に気付いた。

「あれは・・・教会」

「そうみたいね、あそこから何か不思議な力を感じる」

トキは、その言葉に反応した。そして、キラに何か言おうとしたとき

カツン、カツン―――

誰かが近付いてくるのを察知して、キラをバックに押し込んだ。

ドア越しに、その誰かが尋ねた。

「すいません。トキ君、まだ起きてらっしゃいますか」

宿の女性の声だった。トキはゆっくりとドア開けた。

「あの、パイを焼いたんだけれども、やっぱりいらないかしら」

少し寂しげな表情で、女性はパイを一切れのせたお皿を差し出した。

いつもなら断わるトキだが、その表情を見てうまく断わることができなかった。

「いただきます」

すると、女性は笑顔になり、トキにパイを渡した。

「まだ、たくさんあるから、いくらでもおかわりしてね」

嬉しそうに言って、女性は戻って行った。

「さて、どうしよう」

焼き立てのパイを見つめながら呟いた。

ガサガサ。キラがカバンの中で暴れていた。

しまった、と思いキラをカバンの中から引きずり出した。

「ごめん、いきなりだったから」

「ゴメンじゃないわよ!死ぬかと思ったんだから!!」

そう言ったキラが、あまりにもボサボサだったので、思わず

笑ってしまいそうになったが、これ以上怒られるのはゴメンだと思い、こらえた。

「そうだ、パイをもらったんだけど」

そう言いかけたが、最後まで言えずにキラが目を輝かせて

「食べる!」

と言ったので、差し出した。

「アップルパイだぁ」

そう言って、美味しそうに食べ始めた。

「でも、珍しいじゃない。他人が作ったモノもらうなんて、いつもは断ってるのに」

「ただ、なんとなく…」

それ以外、理由が思いつかなかった。

キラはパイを綺麗にたいらげた。それを見たトキは、話を元に戻した。

「さっき言ってた、不思議な力の事だけど…」

「違うわよ」

キラは、トキが何を聞こうとしているのか理解し即答した。

「そうか。なら、いいんだ」

少し残念そうな口調で、静かに言った。

雨は強さを増しているようにも見えた。一体、いつから何の為に降り続いているのだろう。

そんなことを考えながら、トキは久しぶりのベットの上で眠りについた―――


by 沙粋


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トキの結った長い髪は、女性から貰ったタオルだけでは十分に乾かすことができなかった。

それを見た女性は、少し考えてから

よかったらお風呂をどうぞ、とトキを奥へ案内した。


ソレイユの中は、その概観とは裏腹にちょっと古臭い感じがした。

宿、と言うより普通の民家といった内装である。

トキは黙って女性の後についていった。

・・・しかし、思っていたより風呂場までの道のりが長いので

トキがいい加減「まだですか?」と聞こうとしたその時、

「ここです。」

女性は、にっこり笑って木製のドアを開けた。ここも、かなり古そうだった。


ごゆっくり、と言って女性が去ると

トキはしばらく辺りを見回していたが、特にすることも無かったので

勧められた通り、風呂に入ることにした。

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湯船に浸かると、浴槽いっぱいに入っていたお湯が少しこぼれた。

静かな風呂場に外の雨音だけが木霊している。

「・・・雨か」

その時、風呂場の前の廊下で人の声が聞こえてきた。

はっ、としたトキは急いで風呂からあがり、服を着て廊下に出た。

「あっ、もういいの?」

さっきの女性が、またにっこり微笑みながら尋ねてきた。

「はい。ありがとうございます」

「じゃあ、トキ君の部屋へ案内しますね」

その為に、わざわざ風呂場の前で待っていたのか?

トキは眉を顰めた。

「どうして、僕の名を?」

「あ、ああ。ガロさんから聞いたのよ。旅人さんなんでしょう。一人で大変ね」

「・・・」


部屋は、風呂場から随分近い所にあった。さっきとは大違いだ。

「ご飯は、どうします?」

女性が聞いてきたが、トキは

「いりません、ありがとうございます」

と言って部屋のドアを閉めた。

    _____________________


トキは小さめの部屋に入り、ハンガーにコートを掛けて、傍にあったベットに腰掛けた。

やっと、落ち着けた。


ふと視線を落とすと、腰のウエストバックがモゾモゾと動いている。

「もう、いいよ。キラ」

トキが呼びかけると、バックから何か白いものが勢いよく飛び出した。

トキの横ちょん腰掛けたのは・・・白銀に輝く綺麗な毛並みのウサギだった。

「狭いし、ジメジメするし。疲れたよぉ、トキ!!」

「仕方ないよ。検問で引っかかっても面倒だったし・・・」

「喋るウサギなんか見たら、皆が驚くから・・・でしょ!?

トキの表情が少し柔らかくなる。


「それより、キラ。この雨、どう思う?」

ギャーギャーうるさいキラを軽くあしらうと、

振り続ける雨の様子を窓から伺いながら トキは話を始めた。



                                     by 蓮



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