静かだった。

教会の中は透き通った日の光が差し込み、静寂に包まれている。

ホールの真ん中に人影がひとり、ふたり・・・

さわやかな風に揺られた木々の葉からは、煌めく水滴が落ちる。


ギィィィ―――

教会の扉を静かに開けたのは、ガロだった。

「トキ、まだここに居たのか。雨が急にやんだんだが、お前、まさか二階の・・・」

そう言いかけたガロは、床にひれ伏せた親子にようやく気付く。

「!!?・・・・・・・アンジェ。・・・・サラ?」

泣きじゃくるアンジェの膝の上で、綺麗な顔をして目を閉じているサラ。

呼吸もせずに。ただ、マリア様のような暖かく見守るような優しさを感じる姿・・・

「・・・・」

声も出せずに膝をつくガロ。

「・・・まさか、こんな事が・・・」

トキはキラを元に戻すと、サラを見て、悲しそうな表情を浮かべた。

そして、強いまなざしをガロに向ける。

「ガロさん。どうして」

トキはガロに近づき、握っていた拳を開くとガロの前へ差し出した。

見ると、ビー玉よりも一回り程大きい黒い玉。

「!!これは、」

「オブシディア。ガロさん、コレの存在を知っていましたね」

トキは、なんとか冷静さを失わないように

怒りを堪えながら言った。

「これが、どれだけ危険な物か、分かっていたんですか?

 ・・・ただの願いを叶えてくれる、便利な道具だとでも思っていたんですか!?」

ガロは大きな手を顔に当てて下を向く。泣いているのか。

「それは、俺たちの望みを叶えてくれた。・・・雨を、降らせてくれた。」

ガロは、顔を覆った指の間からアンジェを見る。

「なぜだ、あれに近づけるはずが無い。俺たちは、近づいちゃあいけなかった。

 "力が強いから"って・・・二階の小部屋に入れて誰も開けられないように鍵をかけてもらったんだ・・・」

「!?・・・誰に」

トキの顔色が変わった。キラも慌てた様子でこちらに来る。

「そのコートを置いていった奴・・・ヴェインと言う名だった」

「!!」


静かだった。

さわやかな風が、トキの長い髪を撫でた。

少女の鳴き声だけが、静寂の中。教会の鐘のように響いた・・・


                                          by 蓮



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――――ドンッ!!

トキの放った白い塊は、黒い物体に命中した。すると、触手が消え、黒い核は

邪悪な黒い光を放ち始めた。

「トキ、もう一度・・・・・・・・・!」

トキはもう少し様子を見ようと思ったが、オブシディアに詳しいキラに促され、もう一度

トリガーを引いてみることにした。

今度は、音を立てずに黒い光と白い光がぶつかり合い、やがて白い光が黒い光を

のみ込んでしまった。

辺りが一瞬真っ白になり、何も見えなくなった。

『・・・・・アンジェを・・・お願いします・・・・』

真っ白な光の中で聞こえたのは、確かにサラの声だった・・・。

                                              by 卑弥呼



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トキはオブシディアに向かって2、3発弾を放った。すると、水でできた触手は

四方八方に弾けとんだ。その一瞬の隙を突き、アンジェを抱えてドアまで走った。

「アンジェ起きて!」

キラは必死に叫んだ。アンジェは目を覚ます気配がない。

そうこうしているうちに、触手は形を取り戻し、襲い掛かってくる。

トキは振り返り、また、2,3発弾を放ち、ドアを出て階段を駆け下りた。

「トキ、外には出ないで、あれは水属性のオブシディアよ。雨の中の戦いは不利だわ」

トキは走りながら、頷いた。

マリア様の前まで来たところで、トキはアンジェを床に寝かせた。

さすがに誰かを庇いながらの戦いには慣れていない。

「どうしたらいい」

呼吸を少し荒らげながら、トキは言った。

「核の部分を探すの。そこを壊せば暴走は止まるはずよ」

トキは頷いた。触手は容赦なくトキ達を襲ってくる。トキは紙一重でそれをよけた。

触手は、そのまま直進してステンドグラスを突き破った。ものすごい音とともに、

マリア様は砕け散った。

「・・・何の・・・・・・音?」

その轟音で、アンジェが意識を取り戻した。そして、目の前に起こっている事態に驚愕した。

「マリア様が!!」

砕けたステンドグラスは音を立てながら床に散らばっていく。まるで雨のように・・・

バタンッ

教会の扉が開かれた。トキは扉の方へと振り返った。そこにはサラの姿があった。

「ママッ!!」

アンジェは今にも泣き出しそうな声で叫んだ。

トキは振り返った隙を突かれ、触手に弾き飛ばされた。触手は狙いをアンジェに定めた。

「「アンジェ!!」」

二人は叫んだ。トキは必死に立ち上がろうとしたが、衝撃でうまく体が動かせない。

「ダメ・・・足が、動かな・・・」

ドォン!!衝撃と爆音が教会の中に響き渡り、砂塵が舞い散り、辺りは煙に包まれた。

「アンジェ!」

トキは、痛みを堪えて立ち上がり、アンジェがいた場所へと走った。

煙が薄れていく・・・人影が見えた。

「アンジェ、怪我はな…」

そう言い掛けて、トキは自分の目を疑った。

そこには、アンジェとアンジェを抱え、血まみれになったサラの姿があった。

「マ・・・マ・・・・・?」

血みどろになった掌とサラを見つめ、放心状態のままアンジェは言った。

「アン・・・ジェ、大丈夫・・・・?」

「・・・・・うん」

訳がわからないアンジェは、無意識にそう答えていた。

「よかっ・・・・・・た・・・」

そう言い優しく微笑んで、サラは床に倒れこんだ。床には大きな血だまりが出来ていた。

それを見て、自分に何が起こったのか思い出し、真っ青になった。そして

「イヤダァァ―――」

アンジェは狂ったような声で泣き叫んだ。

トキも言葉を失っていた。

―――微かに聞こえる雨の音、大きな血だまり そして・・・・泣き声

ドクン・・・・

バシャ、目の前が赤く染まった。それは、確かに血だった

非力な僕を庇って死んだ、たった一人の僕の母さん・・・

 

"ぃやだ!母さん死なないで"

"泣かないで トキ そして・・・ 強くなりなさい

もう何も失わないために 大切なものを守れるように―――"

「トキ!!」

キラが叫んだ、トキは我に返った。触手が襲い掛かってきた。

「つっっ!」

トキの左腕をかすった。その瞬間、触手の中に小さな黒い物体が見えた。

「見つけた―――」

トキは呟いた。

「キラ」

「任せて」

トキは狙いを定めトリガーを引いた。しかし、銃口から発射されたのは

弾ではなく、白く輝く真珠のような塊だった。



     by 沙粋



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アンジェは、マリア様のステンドグラスのあったホールの

隅に作られた階段から上へ上がり、

小さな部屋の前へトキたちを案内した。

「このドア、ずっと開かないの」

アンジェがノブをがちゃがちゃ動かしている。

「トキ・・・ここよ」

キラが促す。

何回やっても無理なの、とアンジェが横から言ったが、

トキは、蹴破る前にノブに手を掛けてみた。

その時!!

―――カチッ。

「!!?」

アンジェがどんなに力いっぱい開けようとしても無駄だったドアが、いとも簡単にその道を開いた。

「・・・どうして?」

アンジェはとても理解できない、という顔でこちらを見るが

トキやキラの方こそなぜ開いたのか検討もつかずに、困惑の表情を浮かべる。

「とにかく、開いたんだわ。やっと中に入れる!!」

アンジェが部屋の中へ駆け出した。

「!!・・・待って!」

      ____________________


  ―――ソレイユでは、サラがキッチンを片付けていた。

       その時、ブワッっと一瞬空が赤く光り、雨の強さが急に増した。

       風も吹いてきて、凄まじい嵐になっていた。

       思わずサラは、窓に近づき外の様子を伺う・・・

       「・・・・・アンジェ?」

      ____________________


―――教会

「待って!」

トキの忠告は、もはや手遅れだった。

部屋の中には、赤く怪しい光を帯びた黒い玉が邪悪な力を発しながら浮かんでいた。

「オブシディアだ!!」

キラが叫んだ。

「アンジェ!!」

少女の目は漆黒に染まり、黒い玉に吸い込まれるかのように近づいていく。

「それに、触れちゃいけない!」

もう、彼女にトキの声は届かなかった。

そしてとうとう黒い玉―――オブシディアにアンジェの手が掛かった。


赤い光が眩しいほどに、部屋を包み込み

次の瞬間、強力な風と水の渦で出来た、触手の様なものがトキたちを襲った。

「くっ、キラ!!」

トキが叫ぶとキラはすぐさま銃に変化した。

バン、バンッ

オブシディアに向かって攻撃するが、大したダメージを与えられない。

「ダメよ!これ以上やったら、アンジェに当たっちゃう!」

キラに言われて、トキはすぐさまアンジェの方へ走った。

その間にも、オブシディアからの激しい攻撃が容赦なく向かってくる。

どうにか、彼女の元にたどり着いたトキは急いでオブシディアから手を離そうとした。

「きっと、このオブシディアは暴走しているんだ。アンジェ、この手を離すんだ」

その時、トキの背中をオブシディアの水の触手が襲った。

「うっ、」

弾き飛ばされた。しかし、運良くアンジェも一緒に。

オブシディアから、アンジェを離す事が出来たのだ。彼女は、気を失っている。

「トキ、大丈夫?」

キラに言われて、背中を見るトキ。

不思議なことに、コートは傷一つ付いていなかった。

「大丈夫だよ」

アンジェの手が離れても尚、オブシディアの暴走は止まらない。

「トキ、オブシディアはアンジェを狙ってくるわ」

「分かってる」

どうにか、彼女を守らなければ。

トキはゆっくり立ち上がり、オブシディアを睨みつけた。

「アンジェの命は、お前の力の為なんかに使わせない」

     by 蓮



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こちらこそ、と少女は話し始めた。

「この辺じゃ見かけない髪色をしているものだからつい・・・・・変わったうさぎちゃんね。

キラちゃん・・・っていうの?かわいいわね。」

銃に変化したキラに、さほど恐れを感じていない様子であった。

少女はキラの頭をそっと撫でた。おそらくかなりの動物好きなのだろう。

しかし、ほころんだ表情から一変して、少女は真剣な顔付きで話を続けた。

「あなた、この教会について何か知ってるの・・・?あっ、いきなりごめんなさい。私の名は

アンジェ。ここの裏に住んでるの。町の人たちにはわからないみたいだけど、この教会、

この長い雨が降り出してからおかしな感じがするの。ママに聞いても、何も教えてくれないし

ただ一つわかったことがあって、この雨は昔、ある旅人が来てから降るようになったってことなの。

雨で外でも遊べないし、毎日この教会を調べていたの。この雨が降り出す前は、週に1度

礼拝が行われていたのに、この雨のせいで、今では必要以上に人々は外に出なくなった・・・。

こんなに綺麗なマリア様がいるのに・・・。マリア様がかわいそう・・・。

・・・・あなたがその旅人ってことはないわよね?」

トキは答えた。

「確かに僕は旅人だけど、その旅人ではないよ。この国に来たのは初めてだから」

「そうよね・・・」

そう言ってアンジェは、はぁと息をついた。

「そういえば、あなたのお名前は?」

「僕の名はトキ」

「トキとキラね!よろしく。」


アンジェは思いついたように言った。

「よかったら、あなた達に協力してもらいたいことがあるの。」

こっちよ、とアンジェは足を進めた。

トキとキラは後に続く。                                      by卑弥呼



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