どうも、こんにちは。
最近、オープンしたと噂のカフェ。
オレンジを基調にした内装が好みだったので、1人で行ってみました。
今回はそこで感じた「身内ノリ」について突いてみましょうか。
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入店してカウンターへ着席。周囲を見ると、みな複数人でテーブルを囲んでおり、何やら盛り上がっている様子。
(こじんまりしているカフェにしては活気があるな)
少し想像とのギャップを感じながらカフェラテを啜っていると、客は店主に挨拶をした。
「めっちゃいい店だね!また寄るわ!」「これからどっか行くの?」「近くに○○があるっぽくて行ってくるわ」
また別のテーブルから、
「今日はありがとう!」「お店いつから考えたん?」「12月頃かな」
(人との繋がりが多い店主なんだな、人柄が何となく見える)
そんなことを考えつつ、やろうと思っていた調べものを進めていた。
……居心地が悪い。なぜか自分だけ浮いているように感じる。
なぜ?自分は普通の客だが。1人でいることが変?いや、1人で行ったっていいだろう。
何か後ろめたいことがある?ない、いたってまともな言動をしているが。
(周囲と違うところはあるかもしれないが、別に問題ないよ大丈夫)
自問自答を繰り返し、感じる気まずさを解消しようと試みたが良くならなかった。
いよいよ心が居ても立っても居られなくなったので店を後にした。
ここで釘刺しておきたいのが、決して店側のせいではないということ。
そう捉えることができてしまうのは、書き方のせいなので。それと、臆病で無頓着でいられない自分のせいなので。
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度々人との会話で疎外感を感じることはあるが、刺激の大きい身内ノリには初めて直面した。
身内ノリは、内をとても居心地の良いものにする反面、働きかけていないはずの外へも強く作用する。
「空気を変えてしまうのか」その影響力に驚き、脅威を認識したのである。
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身内ノリ。一番最初にこの言葉を聞いたのは、誰かの配信を見ていた時だった気がする。
「コメントの身内ノリやめろ」「見ていて不快」配信者にとって圧倒的にマイナスな言動らしい。
確かに、新規リスナーは意味や出所が理解できず、置いてけぼりになる。配信が見にくい。閉鎖的になる。
しかし、身内ノリはリスナーにとって、非常に美味しいと感じてしまうものだと思う。
長くから見ているからこそ分かる文脈、一員であるというコミュニティ感……優越感を感じずにはいられないだろう。
それこそ、ライブでいうコールアンドレスポンスもその1種だと考える。
何回も参戦しているからタイミングが分かる、分かるリスナー=れっきとしたファンである証拠……現地に赴く醍醐味の1つではないだろうか。
ファンの醍醐味→需要がある→満足へのコーレスの必要性→身内ノリは必要
塩梅が難しい。+-の効果の振れ幅が大きいが故に、使いどころは考えないといけない。危険なものである。
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本能レベルで感じる「安全」と「危険」が関わっているらしい。
仲間であること=安全 仲間から外れること=危険 と脳は認知してしまう。
輪に入っている快感は、
・共通言語がある
・ツッコミが通じる
・空気を読まなくても、すでに適応できている状態
・細かく事を説明しなくていい
「場の内に所属している」という確認が取れる瞬間に高揚を感じる。
別の言い方をすると、マズローの5大欲求の3段階目「社会的欲求」が満たされている、ということである。
(社会的欲求…集団の一員として認められたい、公平に扱われたい、友情や愛情を得たい)
社会的欲求は、1つ下位の安全欲求が満たされれば現れる欲求である。
つまり、所属とは人間にとってかなり原始的で強い反応を示すものであり、それが満たされない場合、下位の安全欲求まで脅かされる可能性がある。
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身内ノリは、人間の生得的・本能的に備わっている部分に刺激を与えてしまうので、危険性が伴ってしまう。
今回扱ったからといって気遣うだの気を付けるだの、そういう目的で触れなかったのでどうか期待しないでほしい(自分へ)。
ふむふむと考えられたこと、これが収穫なのだ!いつまででも軽い腰で行きましょう。
それでは、また。