ソファーの3分の2くらいを、
リンリンに独占されてる気がするこの頃
今日はひとりごと的な長文なので、
興味が無いと思ったらそっと閉じてください。
リンリンは、保護犬ではありません。
かと言って、ペットショップ巡りをして「ビビッときた子」を迎えた訳ではなくて、ロッタが生まれ変わるのを待っていた訳でもなく、ブリーダーに「最高のブリーディングをお願いします」と依頼した訳でもありません。そこに居てくれた子でした。
ロッタが旅立って1年3ヶ月ほど経ち、お世話になったトリマーさんに電話でやっとお礼が言えたときに、デレちゃん(ケイトリン)の存在を知りました。
「一度会いに来てみて」と言われて、1年以上家で寝かせているささやかなお礼を渡せる機会だと思ったのと、久しぶりのワンちゃんに触れられる嬉しいような躊躇うような複雑な気持ち。
同胎の3頭は産まれると同時に(前から?)オーナーが決まっていたのに、デレちゃんだけ半年過ぎてもご縁のない仔犬でした。ショータイプで小柄なアンダーショットは需要がなかったのでしょう。
そんなわけで、サロンの看板犬になる予定のデレちゃんでしたが、怖がりで内弁慶な性格は看板犬には向いてなかったと思います。
でも、うちの子なら。
アンダーなのも小柄なのも関係ないです。
怖がりで愛想がなくて家族にしか心を開かなくても、愛しい可愛いうちの子リンリンでしかない。
これも巡り会いだと思うのです。
以前、取り寄せまでして読んだ本には「生まれ変わり」の子を探して「この子は違う、次!」みたいにワクワクとペットショップをまわる記述があって、続きが読めなくなりました。
ペットロスに陥った飼い主さんが、新たに迎えた子を旅立った子の生まれ変わりだと思うことで、笑顔を取り戻すこと。結果として心の中にある哀しみの氷が溶けていくのは、とても尊いし、素敵なことだと思います。色んな考えは、あって良いと思います。
ただ、心を温かくしてくれているのは「新たに迎えた目の前の子」と、「旅立ってからもずっと心の中に居る子」の両方なのだと思うのです。たとえ本当に生まれ変わりであったとしても。
日向ぼっこリンリン
旅立った子が渡るといわれている虹の橋の先は、飼い主さんの心の中に繋がっていると思うのです。旅立った子はずっと心の中にいて、飼い主さんが旅立つときに共にお宙へ向かうのではないでしょうか。
私は【虹の橋のお話し】が苦手でしたが、こんなふうに自分なりに解釈することで、「虹の橋も有りかな?」と受け入れることができました。
例えたら、旅立った動物は虹の橋を渡って遠い何処かへ行ってしまうのではなくて、橋のたもとでひとりぼっちで待っているのでもない。
虹の橋の向こうからトコトコこちらへ歩いて来て(或いは魂がビューンと)自分の中に入ってくるイメージで。「虹の橋を渡って私の中に来てくれました」かな。
いち飼い主のひとりごとを読んてくださりありがとうございます。読み返すとなんだかとても理屈っぽいですね。ゴメンなさい![]()

