
先日買った死者の書。
初版は昭和49年のもの。
心理学のユングさんも絶賛している経典ですが、読んでみたけどさっぱりわからないので、ネットで調べました。
この死者の書は人間が死を迎えて、49日間の間にどうなるかという話です。
そして、その49日間に死者が経験する事を知って、この世の苦しみについての捉え方や、生き方の指針、死を見送る側の心の持ち方など学べるようになっている。
僕が2年前に一度だけ死者の書に書かれてる3つの段階の内、いちばん最初に訪れるというクリアライトというものらしき経験をしたことがあります。
そのクリアライトらしきものはこの色でした。
鮮やかな黄色一色に自分自身が包まれているのです。
上も下も右も左も前も後ろも全部この黄色一色です。
誰もいないし、自分の肉体も何にもないし、重力も感じない。
「ただ、ある」とだけしか認識できないという状態でした。
死者の書では、このクリアライトはまぶしい光に溶け込むことができれば成仏できるが、その為には「無」とか「無我」を理解できていないと、恐怖で溶け込むことができず、もうひとつあるくすんだ光の方へ向かってしまうのだと言います。
くすんだ光の方へ向かってしまった魂は、次の段階へ向かい、幻影が見えるようになります。
夢を見ているような感じなのかもしれません。
自分の魂(本来の自分自身)以外の全ても自分自身の生み出した幻影として現れるのだとか。
ここで全て幻影なのだと認識して執着を手放せると成仏できますが、それもできずに恐怖や執着などがあると次の段階へと向かいます。
最後の三段階目は1番人間界(この世)に近く、臨死体験で走馬灯が見えたとか、死んだ自分自身を見たとか、家族や友人の姿が見えたといった現象が知覚されます。
ここで、自らが死んだと理解をして見えてるもの全てや、自身の生前の行いや後悔、執着などを幻影として認識して手放す事ができれば成仏できる。
もしもできなければ、または生前に犯した罪が極めて大きい場合は次の生まれる世界や母胎が見えてそこに行くという。
つまり輪廻転生とか生まれ変わりとか来世といったものですね。
僧侶は死者の魂に向かって、成仏する方法とかをお経によって導くわけですが、多くの魂は3段階目のところで転生する事になるので、できるだけ人間界か天界に生まれるように導くのだとか。
この2つの世界は転生したあと、成仏に向けて生き直す霊的進化ができるからで、その他の4つの世界(地獄、餓鬼、畜生、修羅)は中々霊的進化が難しく、何度も何度も転生を繰り返しながら成仏に向かう。
人間みたいな動物というのが存在するのは、霊的進化を遂げているからだろうし、修羅はいわゆる勝ち負け競争に明け暮れたり、悪意を持って犯罪とか人の幸せを奪い取ろうとしたりしてる人達だろうし、どの世界に生まれ変わっても霊的進化をして成仏できるように生まれ変わってくるのである。
例えば、菩薩は如来(仏)になれるのに「全ての衆生を救うまでは成仏しない」と誓ってこの世に転生してくるという話も、この死者の書の意味を知ると、誓いの執着を堅固に保っている事が執着だから、この世に転生してくる原因になるんですね。
アルフォンス・デーケン氏の命のセミナーを見に行ったことがありますが、死生学を日本に持ち込んだ第一人者で、「よりよく死ぬにはよりよく生きなければならない」と言っていたのを覚えています。
今をどのように生きていくかは、自分自身が決めていかねばなりませんし、自分自身が見えてるこの世の世界は自分自身しか認識することができません。
なので、自分自身をどう育てるかは自分自身が何を取り入れて生きるかにかかっています。
宗教の教えは育てるためのテキストなのですが、それを取り入れるか、どの宗教のテキストを取り入れるか、一切取り入れないかは自由に決めて生きる事ができます。
仏陀は、「今のあなたはかつてのあなたであり、未来のあなたは今のあなたである」と残し、チベット仏教の祖であるパドマサンバヴァは「過去世の自分を知りたければ、今の自分の状態を見ることだ。来世の自分を知りたければ、今の自分の行いを見ることだ」と残したそうです。
(*^人^*) 日々精進・感謝


