こんにちは。
リバース・フロウの清原です。
関東地方も、いよいよ梅雨入りですね。
皆さま、体調は崩されていませんか?
私はもう年なのか、この1カ月超、体調が
絶不調でした。
計3つの医院に通い、文字通り「薬漬け」。
今ようやく、脱しようとしています。
もちろん、周りに迷惑がかからないよう、
自分をだましだまし仕事をしていますが、
ここまでひどいと、ふとした時に、冗談で
なく、自分の「死」を意識するものです。
生命保険の証書はここ。
葬式になったら●●さんに相談して。
最低限、このクライアントさんたちに連絡して。
こんなことを家族に伝えていたものです。
おかげで、色々と身の回りがスッキリしたなと
思います。
今日のテーマは「近頃の若いモン」を動かすしかけ
です。
私は体調絶不調でフラフラのとき、ある尊敬する
方から勧められて読んだ、2冊の本があります。
『若手を動かせ』(中村トメ吉)
メンズ理容業界に旋風を起こしているOean Tokyo
の創業者による、今どきの若手の動かし方について。
『小売再生』(ダグ・スティーブンス)
衰退の一途をたどる小売業界が、今後「メディア」
として大変身できる可能性を示唆する、一冊。
2冊とも共通して、「少し先の未来」を知ること
に、とても役に立つ本でした。
特に私が関わらせていただいているクライアント
企業の社長は、ほとんどの方が
「若手」をどう動かせば良いのか?
にとても悩んでいます。
そして同時に、若手についてどうやら「勘違い」
もされています。
それは例えば、最近の若者は
夢がない
カネを使わない、
保守的、
コミュ障、
慎重すぎる 等々です。
でも、
我々人類は、紀元前3000年前から
「近頃の若いもんは、なっとらん!」
と言い続けていることが、古代エジプト文
明時の落書きからも、発見されたように、
とにかく下の世代のアラばかりが、目に
つくようです。
「若手」という人類はいません。
同時に、「年寄り」という人類もいません。
皆、共通する一定の法則性をもって、
喜んだり、悲しんだり、怒ったり…
とにかく同じようなリアクションをして、
同じような人類をやってるわけです。
紹介した『小売再生』には、最近の若手、
いわゆる「ミレニアル世代」の特徴について、
バッサリ言い切ります。
別に、お金を使わないわけでもないし、
外に出かけないわけでもない。
また、別に人とコミュニケーションを避けて
いるわけでもない。
こう、明確なエビデンスをもって、証明しています。
本日のコラムも少々長いので、結論をここでまずは
申し上げます。
若手に動いてもらうには、
彼らの「共鳴」を生むこと。
彼らの共鳴を生むには、
彼らの「問題意識」を掘り起こすことです。
私たちはだれもが、根拠もなく、どういうわけか
「下の世代より自分の方が優れている」と、思い
込みたいようです。
実際、なにをもって上の世代は、下の世代より
優れているというのか?
せいぜい、私たちは下の世代より、
1)小ガネを持っている。
2)経験は多少積んでいる。
3)古いかもしれないけど知識はある。
ぐらいのものです。
そして、厄介なのが、こうして蓄えてきた
ものが、すべて「正しい」と思いこみ、
若手のやることが「まだ未熟だから」という
前提で、「間違っている」と思いこみがちです。
ここに、私たちが、厄介な年寄りになっていく
罠があるのです。
今回は、上の3つのロジックをすべて壊して
みます。
たとえば、
「俺たちはお前らより、稼いでいるし、
仕事の経験も知識もある。
だから、お前ら下の世代は、俺たち年長者の
いうことを、素直に聞いておけばよい」
このロジックは破綻しています。
だいたいこういう価値観をもった大人について
いくとどうなるか?
「国に守られている」と本能的に察知している
中年たちは、崩壊前の社会保障制度と、崩壊前の
福利厚生制度によって、逃げ切ります。
ところが、こんな大人たちに、同じ価値観を
押しつけられ、信じてついていった若手が老後を
迎えるのは、社会保障制度がとっくに崩壊した後。
絶滅の危機にさらされることになるでしょう。
そして、そんな上の世代を、若手はこう見ています。
「会社にしばられて疲れ果て、上司のいない
ところで上司の悪口を言うことにエネルギー
を注ぎ、
そしていくばくかのおカネを握らされて、
無意味なストレス発散ばかりして、
それで自分の居場所を必死に守る上の世代って
…フシギ」
ここで、コラムに度々登場させている、うちの
長男の話を少しします。
彼は中3。
世間では受験生と言われています。
彼は弟と一緒に、高校までのエスカレーター式の
私立中小に通っています。
なにもしなくても、そこそこ偏差値の高い高校に
上がる予定でした。
ところが、
「上の高校では、得るものがない」、という
理由で、高校部への進学を拒否。
で、なにをやっているか。
毎日、学校と食事と寝るとき以外は、ずーっと
パソコンをやっています。
まさに、のめり込むように。
標準以上に厳しい父親として、私はそんな彼を
とうぜん看過できず、毎日衝突の繰り返し。
家を売り、引っ越しをしてまで入学した一貫校
のエスカレーションを蹴った。
ここまでは良しとします。
しかし、そのくせ受験勉強もしようとしない
彼を、どうしても受け入れられなかったのです。
ところが最近。
面白い話を彼から聞きました。
「オンラインゲーム上で出会ったアメリカ人
から、そのゲーム内で使用する、ある製品の
デザインを依頼された」と。
かなり手間のかかる作業だったが、先方に納品
したところ、狂ったように喜んでもらい、
そのゲーム内で使えるバーチャル通貨の支払い
を受けた、ということです。
彼はこの世界。つまりオンラインゲームで国内
ナンバーワンにもなったことがあるらしく、
電脳の世界では、そこそこの自信をつけたようで
「プログラミングを学びたい」と、それ専門
の学科を重視する高校を受験するらしいです。
彼は、電脳という世界ではありますが、14歳に
してアメリカ人と、電子辞書を引きながら会話
し、自分のセンスでデザインしたものを買って
もらいました。
このエピソードを聞いて、気づいたことが
あります。
それは、
上の世代がまったく関与できない秩序がある。
ということです。
もうここまでくると、お手上げ状態。
「すごいな、おまえ」という言葉が素直な
感想でした。
新しい秩序の世界がどうなっているのか?
どうやって関与すれば良いのか?
関与して、こっちの秩序に引き戻すことが
彼にとって幸せなのか?
親としてはものすごく焦り、自問する時期が
続きました。
が、時代はもう変わったのです。
我々、団塊ジュニア世代は、
田舎の田んぼでカエルを取っていた、
その同じ時期にマイコンの出現に触れました。
その10年後には、ケータイ電話の出現を目に
しました。
その数年後には、インターネットの出現を。
さらに10年後には、AIとビッグデータの到来
を目にしました。
この「時代が変わる瞬間」を、生々しく目撃して
いるのです。
こうして私は、上の世代が下の世代のすべての
秩序を把握できていた時代は、もうとっくに終わ
っていたのだと、最近わかったのです。
「カネを持っている」から偉い。
若者はシェアエコノミーという、地球にやさしい
発想を信奉します。
カネの亡者は、もう世の中には必要とされない
のです。
偉いどころか、地球にとって害なのです。
「経験を積んでいる」から偉い??
その経験は、これからの若者の人間的成長にどこ
まで貢献できるのか?
経験があっても、「知恵」や「教養」がなければ
やはり、害です。
「知識を持っている」から偉い??
我々が仕事で得らえる知識の量などは、
秋葉原の電気街で、いまや100円で買えるマイク
ロチップ程度の、メモリ量以下です。
そして知識は、AIとビッグデータに集約された方
が、世界はもっと良くなると思っています。
我々世代(40代以前)は、とっくにやって来た
「新秩序」を、まずは認めないといけません。
新秩序で必要なことは、古い秩序の枠組みで
問題を解決しようとしないこと。です。
若手は、たしかにおとなしく、失敗を恐れ
すぎる傾向にはあります。
でも、そうしてきたのは、我々なのです。
天に向かって唾を吐いても、アホの上塗りです。
問題は、今後の社会を担ってもらう彼らが、どう
自分の力を発揮できる環境を作るか、に焦点を当て
るべきです。
そうして、よくやる我々のミスが、これです。
「君は何がやりたいの?」
「君はどうなりたいの?」
若手にとって、最も不毛な問いかけです。
この問いかけに、答えは出ません。
出たとしても、それは上司であるあなたが好む
言葉に、転換されています。
けっして本音は出てきません。
若手を動かすために必要なのは、
問題意識を掘り起こすのです。
ただし、それは個人的な問題のことを言ってい
るのではありません。
もっと公的なものに向けられた、「義憤」に
近い問題意識です。
例えば私が義憤を感じているのは、正直言って
団塊世代サラリーマンの、「甘ったれ体質」です。
キャリアの後半は適当に過ごし、会社の資産すべて
を奪い取って、若手に負の財産を残そうとしている
ように、私には映るからです。
この貧しきメンタリティーについては、別のメディア
で詳しく発信したとき、小さくはありますが、いわゆる
「共鳴現象」が起きました。
この義憤は、人が共感するだけでなく、共鳴となっ
て意思をもったように、複数の人との意見交換とい
う場を生んだのです。
この義憤。
若手は何に感じているのでしょうか?
それを丁寧に汲み取ることが、我々中年以降が
できることです。
問題意識は、エネルギーを持っている分、根っこ
で必ず複数の人とつながっています。
つながりが顕在化したとき、若手は意思をもって
動き始めます。
義憤。
もしかしたらその対象は、我々中間層なのかも
しれません。
しかし、それを受け入れ、新たな秩序にとって
正しい道を探りたいものです。
世間なんかなくっても、やっていけると
考える人は、よほど自分をだましている。
しかし、
自分がいなければ、世間はやっていけない
と考える人間は、それ以上に間違っている。

引用元:「近頃の若いモン」を動かすしかけ
リバース・フロウの清原です。
関東地方も、いよいよ梅雨入りですね。
皆さま、体調は崩されていませんか?
私はもう年なのか、この1カ月超、体調が
絶不調でした。
計3つの医院に通い、文字通り「薬漬け」。
今ようやく、脱しようとしています。
もちろん、周りに迷惑がかからないよう、
自分をだましだまし仕事をしていますが、
ここまでひどいと、ふとした時に、冗談で
なく、自分の「死」を意識するものです。
生命保険の証書はここ。
葬式になったら●●さんに相談して。
最低限、このクライアントさんたちに連絡して。
こんなことを家族に伝えていたものです。
おかげで、色々と身の回りがスッキリしたなと
思います。
今日のテーマは「近頃の若いモン」を動かすしかけ
です。
私は体調絶不調でフラフラのとき、ある尊敬する
方から勧められて読んだ、2冊の本があります。
『若手を動かせ』(中村トメ吉)
メンズ理容業界に旋風を起こしているOean Tokyo
の創業者による、今どきの若手の動かし方について。
『小売再生』(ダグ・スティーブンス)
衰退の一途をたどる小売業界が、今後「メディア」
として大変身できる可能性を示唆する、一冊。
2冊とも共通して、「少し先の未来」を知ること
に、とても役に立つ本でした。
特に私が関わらせていただいているクライアント
企業の社長は、ほとんどの方が
「若手」をどう動かせば良いのか?
にとても悩んでいます。
そして同時に、若手についてどうやら「勘違い」
もされています。
それは例えば、最近の若者は
夢がない
カネを使わない、
保守的、
コミュ障、
慎重すぎる 等々です。
でも、
我々人類は、紀元前3000年前から
「近頃の若いもんは、なっとらん!」
と言い続けていることが、古代エジプト文
明時の落書きからも、発見されたように、
とにかく下の世代のアラばかりが、目に
つくようです。
「若手」という人類はいません。
同時に、「年寄り」という人類もいません。
皆、共通する一定の法則性をもって、
喜んだり、悲しんだり、怒ったり…
とにかく同じようなリアクションをして、
同じような人類をやってるわけです。
紹介した『小売再生』には、最近の若手、
いわゆる「ミレニアル世代」の特徴について、
バッサリ言い切ります。
別に、お金を使わないわけでもないし、
外に出かけないわけでもない。
また、別に人とコミュニケーションを避けて
いるわけでもない。
こう、明確なエビデンスをもって、証明しています。
本日のコラムも少々長いので、結論をここでまずは
申し上げます。
若手に動いてもらうには、
彼らの「共鳴」を生むこと。
彼らの共鳴を生むには、
彼らの「問題意識」を掘り起こすことです。
私たちはだれもが、根拠もなく、どういうわけか
「下の世代より自分の方が優れている」と、思い
込みたいようです。
実際、なにをもって上の世代は、下の世代より
優れているというのか?
せいぜい、私たちは下の世代より、
1)小ガネを持っている。
2)経験は多少積んでいる。
3)古いかもしれないけど知識はある。
ぐらいのものです。
そして、厄介なのが、こうして蓄えてきた
ものが、すべて「正しい」と思いこみ、
若手のやることが「まだ未熟だから」という
前提で、「間違っている」と思いこみがちです。
ここに、私たちが、厄介な年寄りになっていく
罠があるのです。
今回は、上の3つのロジックをすべて壊して
みます。
たとえば、
「俺たちはお前らより、稼いでいるし、
仕事の経験も知識もある。
だから、お前ら下の世代は、俺たち年長者の
いうことを、素直に聞いておけばよい」
このロジックは破綻しています。
だいたいこういう価値観をもった大人について
いくとどうなるか?
「国に守られている」と本能的に察知している
中年たちは、崩壊前の社会保障制度と、崩壊前の
福利厚生制度によって、逃げ切ります。
ところが、こんな大人たちに、同じ価値観を
押しつけられ、信じてついていった若手が老後を
迎えるのは、社会保障制度がとっくに崩壊した後。
絶滅の危機にさらされることになるでしょう。
そして、そんな上の世代を、若手はこう見ています。
「会社にしばられて疲れ果て、上司のいない
ところで上司の悪口を言うことにエネルギー
を注ぎ、
そしていくばくかのおカネを握らされて、
無意味なストレス発散ばかりして、
それで自分の居場所を必死に守る上の世代って
…フシギ」
ここで、コラムに度々登場させている、うちの
長男の話を少しします。
彼は中3。
世間では受験生と言われています。
彼は弟と一緒に、高校までのエスカレーター式の
私立中小に通っています。
なにもしなくても、そこそこ偏差値の高い高校に
上がる予定でした。
ところが、
「上の高校では、得るものがない」、という
理由で、高校部への進学を拒否。
で、なにをやっているか。
毎日、学校と食事と寝るとき以外は、ずーっと
パソコンをやっています。
まさに、のめり込むように。
標準以上に厳しい父親として、私はそんな彼を
とうぜん看過できず、毎日衝突の繰り返し。
家を売り、引っ越しをしてまで入学した一貫校
のエスカレーションを蹴った。
ここまでは良しとします。
しかし、そのくせ受験勉強もしようとしない
彼を、どうしても受け入れられなかったのです。
ところが最近。
面白い話を彼から聞きました。
「オンラインゲーム上で出会ったアメリカ人
から、そのゲーム内で使用する、ある製品の
デザインを依頼された」と。
かなり手間のかかる作業だったが、先方に納品
したところ、狂ったように喜んでもらい、
そのゲーム内で使えるバーチャル通貨の支払い
を受けた、ということです。
彼はこの世界。つまりオンラインゲームで国内
ナンバーワンにもなったことがあるらしく、
電脳の世界では、そこそこの自信をつけたようで
「プログラミングを学びたい」と、それ専門
の学科を重視する高校を受験するらしいです。
彼は、電脳という世界ではありますが、14歳に
してアメリカ人と、電子辞書を引きながら会話
し、自分のセンスでデザインしたものを買って
もらいました。
このエピソードを聞いて、気づいたことが
あります。
それは、
上の世代がまったく関与できない秩序がある。
ということです。
もうここまでくると、お手上げ状態。
「すごいな、おまえ」という言葉が素直な
感想でした。
新しい秩序の世界がどうなっているのか?
どうやって関与すれば良いのか?
関与して、こっちの秩序に引き戻すことが
彼にとって幸せなのか?
親としてはものすごく焦り、自問する時期が
続きました。
が、時代はもう変わったのです。
我々、団塊ジュニア世代は、
田舎の田んぼでカエルを取っていた、
その同じ時期にマイコンの出現に触れました。
その10年後には、ケータイ電話の出現を目に
しました。
その数年後には、インターネットの出現を。
さらに10年後には、AIとビッグデータの到来
を目にしました。
この「時代が変わる瞬間」を、生々しく目撃して
いるのです。
こうして私は、上の世代が下の世代のすべての
秩序を把握できていた時代は、もうとっくに終わ
っていたのだと、最近わかったのです。
「カネを持っている」から偉い。
若者はシェアエコノミーという、地球にやさしい
発想を信奉します。
カネの亡者は、もう世の中には必要とされない
のです。
偉いどころか、地球にとって害なのです。
「経験を積んでいる」から偉い??
その経験は、これからの若者の人間的成長にどこ
まで貢献できるのか?
経験があっても、「知恵」や「教養」がなければ
やはり、害です。
「知識を持っている」から偉い??
我々が仕事で得らえる知識の量などは、
秋葉原の電気街で、いまや100円で買えるマイク
ロチップ程度の、メモリ量以下です。
そして知識は、AIとビッグデータに集約された方
が、世界はもっと良くなると思っています。
我々世代(40代以前)は、とっくにやって来た
「新秩序」を、まずは認めないといけません。
新秩序で必要なことは、古い秩序の枠組みで
問題を解決しようとしないこと。です。
若手は、たしかにおとなしく、失敗を恐れ
すぎる傾向にはあります。
でも、そうしてきたのは、我々なのです。
天に向かって唾を吐いても、アホの上塗りです。
問題は、今後の社会を担ってもらう彼らが、どう
自分の力を発揮できる環境を作るか、に焦点を当て
るべきです。
そうして、よくやる我々のミスが、これです。
「君は何がやりたいの?」
「君はどうなりたいの?」
若手にとって、最も不毛な問いかけです。
この問いかけに、答えは出ません。
出たとしても、それは上司であるあなたが好む
言葉に、転換されています。
けっして本音は出てきません。
若手を動かすために必要なのは、
「何がしたいか」ではなく、
「何が問題だと思うか」です。
「何が問題だと思うか」です。
問題意識を掘り起こすのです。
ただし、それは個人的な問題のことを言ってい
るのではありません。
もっと公的なものに向けられた、「義憤」に
近い問題意識です。
例えば私が義憤を感じているのは、正直言って
団塊世代サラリーマンの、「甘ったれ体質」です。
キャリアの後半は適当に過ごし、会社の資産すべて
を奪い取って、若手に負の財産を残そうとしている
ように、私には映るからです。
この貧しきメンタリティーについては、別のメディア
で詳しく発信したとき、小さくはありますが、いわゆる
「共鳴現象」が起きました。
この義憤は、人が共感するだけでなく、共鳴となっ
て意思をもったように、複数の人との意見交換とい
う場を生んだのです。
この義憤。
若手は何に感じているのでしょうか?
それを丁寧に汲み取ることが、我々中年以降が
できることです。
問題意識は、エネルギーを持っている分、根っこ
で必ず複数の人とつながっています。
つながりが顕在化したとき、若手は意思をもって
動き始めます。
義憤。
もしかしたらその対象は、我々中間層なのかも
しれません。
しかし、それを受け入れ、新たな秩序にとって
正しい道を探りたいものです。
<まとめ>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・若手を消極的にしているのは、その上の世代。
・「どうなりたいの?」に答えは出ない。
・「何が問題だと思う?」に真の共鳴が
潜んでいる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
~人生とビジネスをフローにするために★☆
◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・若手を消極的にしているのは、その上の世代。
・「どうなりたいの?」に答えは出ない。
・「何が問題だと思う?」に真の共鳴が
潜んでいる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
~人生とビジネスをフローにするために★☆
◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)
世間なんかなくっても、やっていけると
考える人は、よほど自分をだましている。
しかし、
自分がいなければ、世間はやっていけない
と考える人間は、それ以上に間違っている。

引用元:「近頃の若いモン」を動かすしかけ
