こんにちは。
リバース・フロウの清原です。
花粉が飛び始めましたね。
国が進める「花粉の飛ばない杉の種」の植え
替えは、どうも想定ほど進んでいないようです。
戦後の国策として「林業」というブーメラ
ンを投げたまでは良かったのですが、
後世の我々に、見事に返ってきていますね。
迷惑この上ないですが、私たちも後世に
負の遺産を残さないよう、心を配らねばな
らないと思う、今日この頃です。
まあそれほど人間は「将来を見通すことが
できない」生き物なのですね。。。
こと現代は、「VUCAの時代」と言われてい
ます。
そんな時代、リーダーたちはどう未来を作
っていけば良いのか??
当社はブレーンチームで対話を重ね、
いくつかのコンセプトを練り上げました。
その重要な要素のひとつが、
「美しくあること」です。
先週のメルマガでの反応が、予想を超えて
多かったことが面白かったです。
「清原さんて、イケメンか美女しか採用
しないのですね!」
うーん…
そうでもあるし、そうでもないし…
今回は、もう少し当社、つまり私が考える
「美しいことの基準」
をかみ砕いて、お伝えします。
この言葉を定義にするにあたり、まずは
「美しくないこと」の基準をいくつか挙げて
みます。
それは、こんなことです:
<「美しくない」行為編>
・自分の考えに固執し、周りに押しつける
(多様性も柔軟性もなく、おまけに怖がり)
・すぐに「保有」しようとする
(モノもカネもヒトもシェアできない)
・人の気持ちを汲み取れない
(人を道具として扱う無神経さ)
・挑戦することを恐れて他人の背後に回る
(他人の人生を生きていくリスクを知らない)
・自意識と自己承認欲求が行き過ぎている
(自分大好きで、他人に興味がない)
・学ばない
(つまり、底が浅い)
・ボキャブラリーがない
(つまり、●鹿)
・長い物に巻かれる
(主体性なく、他人の言いなり)
・人の噂話ばかりする
(悪いところばかりを拾っていつもイライラ)
・すべて他人のせいにする
(自分はいつも評論家)
<「美しくない」たたずまい編>
・太っている
(セルフコントロールができない)
・不潔、臭い、声が大きすぎる
(メタ認知力がない)
・横柄
(人と対等な関係を築けない弱さ)
・いつも不安や不機嫌さが顔に出る
(自分第一。幼なすぎる)
・所作、言葉遣いが下品
(デリカシーがない)
ということが、私にとって「美しくない」
基準です。
ということは、この真逆が「美しいこと」
になります。
さらに、もっと言えば、美しさは、
「普遍性」
に結びつかないと、ホンモノだとは言えません。
絶対的な美的バランスを表す、かの有名な
「フィボナッチ数」。
※詳しくは↓
https://www.studyplus.jp/445
黄金比とも呼ばれているこの係数は、
「美しいこと」には絶対的な基準があり、
誰もがそれを見て「美しい」と思えること
を、数値で証明しています。
つまり、世界共通、ホンモノの美しさ
を定義しているわけです。
例えば有名なのが、2つの数値で表される
「1 : 1.68」
という近似値。
身近な例でいえば、
・名刺のサイズ
・クレジットカードのサイズ
をはじめ、
・アップル社のリンゴのロゴ
・ペプシコ社ロゴ
・グーグル社のロゴ
などは、黄金比が応用されたものだと
言われています。
これらは「普遍的な美しさ」のうえに、
デザインがなされています。
少しでもこの比率が崩れると、どうなるか…
例えば名刺をもらったとき。
もらった瞬間「なんか、ヘン」という感覚
になったことはありませんか?
自分をよほどアピールしたいのか、名刺が
大きすぎたり、細長すぎたり…
名刺入れに収まらない名刺は、私なら
いずれ捨てます。
手渡す相手のことを考えてない人とは
そう永い付き合いにはならないだろうから。
私が訴える「美しいこと」とは、この黄金
比からわかるように、
後天的に学び、身につけられるものだと認
識しています。
では、私がよく問われた「イケメンと美女」
とは?
つまり、
外見だけでも、
内面だけでも、
ない。
といことです。
内面をともなわないイケメン、美女という
のは上記の基準に照合すれば、
ただの「底が浅い人」となるわけです。
つまり、美しさを人に適用するなら、
それは
「充実した内面とそれが反映された外見」
の黄金比。
とも言えます。
外見と内面、どちらが「1」で、どちらが
「1.68」なのかで、その人の魅力の現れ方
は異なるのものの、
このバランスが取れてこそ、東洋哲理でい
うところの、「中庸」となるのでしょう。
そして、私がしつこくこだわるこの
テーマ。
なぜコーチに「美しさ」が必要なのか?
答えはシンプル。
美しさという普遍性を備えたコーチは、
「価値を生める人だから」です。
クライアントにとって価値を提供するのは
当たり前ですが、
それは、ある一定の法則性のもとに、説得
力のある価値でなければなりません。
説得力とは、それに触れたとき、誰もが
納得するような普遍性にあると考えます。
そのとき、その場かぎりでしか通用しない
ソリューションでは、ないのです。
そして、普遍性はセンスだけでなく、努力に
よって手に入れるものです。
当社が推し進める「リベラルアーツ」もそ
の重要な取り組みのひとつです。
リベラルアーツとは、
「スキル化された教養」」と考えています。
飛び道具のように使える
「武器としての教養」です。
この、教養という「普遍性」が美しさに昇
華します。
つまり、
美しさに昇華された普遍性は、
その人の知恵となって活かされ、
他者を導くため説得力として価値を
発揮するのです。
つまり、こういうことが言えます。
「美しいコーチ」でしか
「しなやかなリーダー」を開発できない
これは真実だと思っています。
美しいコーチが、これからのビジネスの
ありようを、面白くするのです。
型にハマった、堅苦しい、つまらない
コーチは、当社は必要としません。
当社のミッション”Makiing Leapers”
つまり、非連続性に生きられるリーダー
こそが、「VUCAの時代」をしなやかに
生き、未来を創造できると思います。
そうしたリーダーを開発するため、コーチ
は必ず美しくないといけません。
参考までに、私が考える「美しいこと」
の基準です:
・若い
(実年齢も精神年齢もしかり)
・教養がある
(さまざまな課題に、普遍的法則にもとづ
いて取り組める)
・他者の考えを尊重できる
(多様性と柔軟性を備えている)
・とりあえずシェアしようとする
(モノでもカネでもヒトでも情報でも)
・適度に、自分に危機感を持っている
(自分も他人も同じように愛せる)
・学ぶことが好き
(だから謙虚で奥深い)
・ボキャブラリーが豊か
(インテリジェンスは必須)
・信念に支えられたクリエイティビティ
(他者と違うものを見ることができる)
・人の良いところを見る
(だからいつも機嫌が良い)
・自分の責任で仕事をする
(他責にしないからストレスがない)
・体型もスマート
(美意識が外見に反映されている)
・清潔感がある
(メタ認知力が高い)
・言葉に愛がある
(内面の愛が表に出ている)
人類が永い時を経て培ってきた教養は、
使いようによって、人を自由にしてくれ
るはずです。
だから、コーチは「美しく」あるべき
です。
余談ですが、私は息子たちに、
「奥さんになる人は、美しくないといけない」
と言っています。
※写真は、当社ブランディングチームによる
「美しいブランド構築」ミーティングの様子。

引用元:なぜコーチに「美」は必要か
リバース・フロウの清原です。
花粉が飛び始めましたね。
国が進める「花粉の飛ばない杉の種」の植え
替えは、どうも想定ほど進んでいないようです。
戦後の国策として「林業」というブーメラ
ンを投げたまでは良かったのですが、
後世の我々に、見事に返ってきていますね。
迷惑この上ないですが、私たちも後世に
負の遺産を残さないよう、心を配らねばな
らないと思う、今日この頃です。
まあそれほど人間は「将来を見通すことが
できない」生き物なのですね。。。
こと現代は、「VUCAの時代」と言われてい
ます。
そんな時代、リーダーたちはどう未来を作
っていけば良いのか??
当社はブレーンチームで対話を重ね、
いくつかのコンセプトを練り上げました。
その重要な要素のひとつが、
「美しくあること」です。
先週のメルマガでの反応が、予想を超えて
多かったことが面白かったです。
「清原さんて、イケメンか美女しか採用
しないのですね!」
うーん…
そうでもあるし、そうでもないし…
今回は、もう少し当社、つまり私が考える
「美しいことの基準」
をかみ砕いて、お伝えします。
この言葉を定義にするにあたり、まずは
「美しくないこと」の基準をいくつか挙げて
みます。
それは、こんなことです:
<「美しくない」行為編>
・自分の考えに固執し、周りに押しつける
(多様性も柔軟性もなく、おまけに怖がり)
・すぐに「保有」しようとする
(モノもカネもヒトもシェアできない)
・人の気持ちを汲み取れない
(人を道具として扱う無神経さ)
・挑戦することを恐れて他人の背後に回る
(他人の人生を生きていくリスクを知らない)
・自意識と自己承認欲求が行き過ぎている
(自分大好きで、他人に興味がない)
・学ばない
(つまり、底が浅い)
・ボキャブラリーがない
(つまり、●鹿)
・長い物に巻かれる
(主体性なく、他人の言いなり)
・人の噂話ばかりする
(悪いところばかりを拾っていつもイライラ)
・すべて他人のせいにする
(自分はいつも評論家)
<「美しくない」たたずまい編>
・太っている
(セルフコントロールができない)
・不潔、臭い、声が大きすぎる
(メタ認知力がない)
・横柄
(人と対等な関係を築けない弱さ)
・いつも不安や不機嫌さが顔に出る
(自分第一。幼なすぎる)
・所作、言葉遣いが下品
(デリカシーがない)
ということが、私にとって「美しくない」
基準です。
ということは、この真逆が「美しいこと」
になります。
さらに、もっと言えば、美しさは、
「普遍性」
に結びつかないと、ホンモノだとは言えません。
絶対的な美的バランスを表す、かの有名な
「フィボナッチ数」。
※詳しくは↓
https://www.studyplus.jp/445
黄金比とも呼ばれているこの係数は、
「美しいこと」には絶対的な基準があり、
誰もがそれを見て「美しい」と思えること
を、数値で証明しています。
つまり、世界共通、ホンモノの美しさ
を定義しているわけです。
例えば有名なのが、2つの数値で表される
「1 : 1.68」
という近似値。
身近な例でいえば、
・名刺のサイズ
・クレジットカードのサイズ
をはじめ、
・アップル社のリンゴのロゴ
・ペプシコ社ロゴ
・グーグル社のロゴ
などは、黄金比が応用されたものだと
言われています。
これらは「普遍的な美しさ」のうえに、
デザインがなされています。
少しでもこの比率が崩れると、どうなるか…
例えば名刺をもらったとき。
もらった瞬間「なんか、ヘン」という感覚
になったことはありませんか?
自分をよほどアピールしたいのか、名刺が
大きすぎたり、細長すぎたり…
名刺入れに収まらない名刺は、私なら
いずれ捨てます。
手渡す相手のことを考えてない人とは
そう永い付き合いにはならないだろうから。
私が訴える「美しいこと」とは、この黄金
比からわかるように、
後天的に学び、身につけられるものだと認
識しています。
では、私がよく問われた「イケメンと美女」
とは?
つまり、
外見だけでも、
内面だけでも、
ない。
といことです。
内面をともなわないイケメン、美女という
のは上記の基準に照合すれば、
ただの「底が浅い人」となるわけです。
つまり、美しさを人に適用するなら、
それは
「充実した内面とそれが反映された外見」
の黄金比。
とも言えます。
外見と内面、どちらが「1」で、どちらが
「1.68」なのかで、その人の魅力の現れ方
は異なるのものの、
このバランスが取れてこそ、東洋哲理でい
うところの、「中庸」となるのでしょう。
そして、私がしつこくこだわるこの
テーマ。
なぜコーチに「美しさ」が必要なのか?
答えはシンプル。
美しさという普遍性を備えたコーチは、
「価値を生める人だから」です。
クライアントにとって価値を提供するのは
当たり前ですが、
それは、ある一定の法則性のもとに、説得
力のある価値でなければなりません。
説得力とは、それに触れたとき、誰もが
納得するような普遍性にあると考えます。
そのとき、その場かぎりでしか通用しない
ソリューションでは、ないのです。
そして、普遍性はセンスだけでなく、努力に
よって手に入れるものです。
当社が推し進める「リベラルアーツ」もそ
の重要な取り組みのひとつです。
リベラルアーツとは、
「スキル化された教養」」と考えています。
飛び道具のように使える
「武器としての教養」です。
この、教養という「普遍性」が美しさに昇
華します。
つまり、
美しさに昇華された普遍性は、
その人の知恵となって活かされ、
他者を導くため説得力として価値を
発揮するのです。
つまり、こういうことが言えます。
「美しいコーチ」でしか
「しなやかなリーダー」を開発できない
これは真実だと思っています。
美しいコーチが、これからのビジネスの
ありようを、面白くするのです。
型にハマった、堅苦しい、つまらない
コーチは、当社は必要としません。
当社のミッション”Makiing Leapers”
つまり、非連続性に生きられるリーダー
こそが、「VUCAの時代」をしなやかに
生き、未来を創造できると思います。
そうしたリーダーを開発するため、コーチ
は必ず美しくないといけません。
参考までに、私が考える「美しいこと」
の基準です:
・若い
(実年齢も精神年齢もしかり)
・教養がある
(さまざまな課題に、普遍的法則にもとづ
いて取り組める)
・他者の考えを尊重できる
(多様性と柔軟性を備えている)
・とりあえずシェアしようとする
(モノでもカネでもヒトでも情報でも)
・適度に、自分に危機感を持っている
(自分も他人も同じように愛せる)
・学ぶことが好き
(だから謙虚で奥深い)
・ボキャブラリーが豊か
(インテリジェンスは必須)
・信念に支えられたクリエイティビティ
(他者と違うものを見ることができる)
・人の良いところを見る
(だからいつも機嫌が良い)
・自分の責任で仕事をする
(他責にしないからストレスがない)
・体型もスマート
(美意識が外見に反映されている)
・清潔感がある
(メタ認知力が高い)
・言葉に愛がある
(内面の愛が表に出ている)
人類が永い時を経て培ってきた教養は、
使いようによって、人を自由にしてくれ
るはずです。
だから、コーチは「美しく」あるべき
です。
余談ですが、私は息子たちに、
「奥さんになる人は、美しくないといけない」
と言っています。
※写真は、当社ブランディングチームによる
「美しいブランド構築」ミーティングの様子。

引用元:なぜコーチに「美」は必要か
