こんにちは。
リバース・フロウの清原です。
先週ほぼ一週間、アメリカのとある州に
滞在していました。
リゾート地としても有名な場所です。
今回は、そこで感じたいくつかのことの
うち、少し気になったことをとりあげよう
と思います。
それは、日本人がよく好んで使う
「自己責任」
という意味についてです。
結論から申し上げますと、
あらゆる人種が集まる米国において、
「自己責任」の意味をいちばんわかっていな
いのは、当の日本人のようでした。
いくつかのエピソードがあるのですが、
象徴的だった例をいくつか挙げます。
ひとつは、
現地でのコミュニケーションにおける、
日本人の異常なまでの”トロさ”です。
英語力もそこそこあるし、
現地の人が言っていることもわかっている
わりに、
結果、言われたこととまったく違う解釈
をしている、という不思議な現象です。
つまり、
「Yes」と言いながら、「聞いていない」
ということです。
さらに、ここが特に見ていてイタイと
思ったのですが、
「もう一度、説明してくれ」と言えない
ということです。
何なら「この私の表情を見て、わかっていな
いといことに気づいてくれ」
くらいのことをやってのけます。
これは、本当に何度も目にしました。
日本では、例えばこちら側がクライアントや
カスタマーだったりした場合は特に、
業者あるいはサービサーが、こちらが求めなく
ても何度だって説明してくれます。
これは世界中でも例を見ない丁寧さ、というか
めんどくささだと思います。
だから、これに慣れきった日本人の多くは、
「一度くらい聞き逃しても、また説明をして
くれるだろう」
くらいの、気持ちでコミュニケーションをとって
いる人が多いのではないでしょうか。
以前イギリスやスペインにいたときにも感じたの
ですが、
黙ってうなづいていることは、当たり前ですが、
「YES」、つまり「理解したよ」という合図を
送っていることになります。
注意しなければならないのは、
「理解した」のであれば、その瞬間から、その件
についての責任は、こちら側に移るのです。
「そんなことだとは思っていなかった」という
人を多く目にしますが、それは、
「説明時に、わかるまで何度も説明を求めなか
ったあなたが悪い」
という、シンプルな原則が適用されます。
私は普段、もちろん日本で、日本人のリーダー
に向けてコーチングを提供していますので、
「伝わらないのは、伝え方が悪い」という立場を
とっています。
その理由は2つです:
1)リーダーの多くは、残念ながら伝え方が下手
2)リーダーの多くは、残念ながら聴く力がない
という理由です。
ところがヨーロッパとアメリカで経験したのは、
前提として
上記1)が、当たり前のようにクリアされている
ということです。
「伝える力」は、欧米のリーダーは必須スキル
として備わっている。
だから、
受け取る側の理解努力が必要だ。という原則が
適用されるのではないか、と思います。
日本人は美徳としても、謙虚、そして「察する」
ということができる国民です。
しかし、グローバリゼーションがどの企業でも
標準化されつつある昨今、
ハッキリ言葉に出して意思表示しないと通じない
という、いわゆる「ハイコンテクスト」文化が
主流になるのが現実であるようです。
ミスコミュニケーションにおける事故も多発
しているようです。
こうした奥ゆかしい日本人が、「ただのトロい人」
だと認識されてかねないいケースを目のあたりに
した今回の米国滞在。
自己責任というのは何なのかということについて、
考えさせられました。
それは、
互いの理解の溝を埋めるのは、摩擦をともなう
コミュニケーションが前提となる、ということ
であり、
両者が、互いに存在している「無知のカベ」と
もいうべき「情報格差」となくすために、双方
の努力が必要だ、
ということです。
日本人の多くは、理解するために努力すると
いう感覚が、かなり鈍化していると思います。
つまり、「伝える側の努力だけ求める」という
姿勢は、あまりにのんきで甘ちゃんだと言えます。
過去の記事でも繰り返していますが、
そもそもコミュニケーションには、手間がかかる。
という事実はゆるぎないものです。
ヨーロッパもアメリカでも共通して感じたのは、
「一度聞き逃したら、二度目の説明はない」
が基本です。
一発で聴きとる集中力、そして緊張感。
聞き逃したら「もう一度説明してくれ」
とリアクションできる瞬発力。
これは、これからの日本でも必須のスタンスだ
と感じています。
※「自己責任」についてもうひとつ。
現地の人から聞いたことです。
「戦争責任を、現代の日本人が個人として
抱えているのは、バカげている」
とストレートに言われました。
「戦争責任とは、国家間における賠償問題
のこと。
負債を負ってもない、負債を肩代わりできる
わけでもない個人が、簡単に”ごめんなさい”
などというのは、日本人くらいだ。
それならイギリス人が、昔アメリカに入植
してきてごめんなさい、といったことがある
か?」と。
自己責任。
これは、個人で負うことのできる責任の範囲
を意味する言葉でもあるのかな、と思いました。
~人生とビジネスをフローにするために★☆
◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)
謙遜は、誉め言葉を固辞するように見えるが、
じつは、もっと上手に誉めてもらいたいという
欲望にすぎない。
※写真:現地で撮ったヤシの木と、ウォルマートのカラフルな陳列棚。

引用元:「自己責任」の意味について考えました
リバース・フロウの清原です。
先週ほぼ一週間、アメリカのとある州に
滞在していました。
今回は、そこで感じたいくつかのことの
うち、少し気になったことをとりあげよう
と思います。
それは、日本人がよく好んで使う
「自己責任」
という意味についてです。
結論から申し上げますと、
あらゆる人種が集まる米国において、
「自己責任」の意味をいちばんわかっていな
いのは、当の日本人のようでした。
いくつかのエピソードがあるのですが、
象徴的だった例をいくつか挙げます。
ひとつは、
現地でのコミュニケーションにおける、
日本人の異常なまでの”トロさ”です。
英語力もそこそこあるし、
現地の人が言っていることもわかっている
わりに、
結果、言われたこととまったく違う解釈
をしている、という不思議な現象です。
つまり、
「Yes」と言いながら、「聞いていない」
ということです。
さらに、ここが特に見ていてイタイと
思ったのですが、
「もう一度、説明してくれ」と言えない
ということです。
何なら「この私の表情を見て、わかっていな
いといことに気づいてくれ」
くらいのことをやってのけます。
これは、本当に何度も目にしました。
日本では、例えばこちら側がクライアントや
カスタマーだったりした場合は特に、
業者あるいはサービサーが、こちらが求めなく
ても何度だって説明してくれます。
これは世界中でも例を見ない丁寧さ、というか
めんどくささだと思います。
だから、これに慣れきった日本人の多くは、
「一度くらい聞き逃しても、また説明をして
くれるだろう」
くらいの、気持ちでコミュニケーションをとって
いる人が多いのではないでしょうか。
以前イギリスやスペインにいたときにも感じたの
ですが、
黙ってうなづいていることは、当たり前ですが、
「YES」、つまり「理解したよ」という合図を
送っていることになります。
注意しなければならないのは、
「理解した」のであれば、その瞬間から、その件
についての責任は、こちら側に移るのです。
「そんなことだとは思っていなかった」という
人を多く目にしますが、それは、
「説明時に、わかるまで何度も説明を求めなか
ったあなたが悪い」
という、シンプルな原則が適用されます。
私は普段、もちろん日本で、日本人のリーダー
に向けてコーチングを提供していますので、
「伝わらないのは、伝え方が悪い」という立場を
とっています。
その理由は2つです:
1)リーダーの多くは、残念ながら伝え方が下手
2)リーダーの多くは、残念ながら聴く力がない
という理由です。
ところがヨーロッパとアメリカで経験したのは、
前提として
上記1)が、当たり前のようにクリアされている
ということです。
「伝える力」は、欧米のリーダーは必須スキル
として備わっている。
だから、
受け取る側の理解努力が必要だ。という原則が
適用されるのではないか、と思います。
日本人は美徳としても、謙虚、そして「察する」
ということができる国民です。
しかし、グローバリゼーションがどの企業でも
標準化されつつある昨今、
ハッキリ言葉に出して意思表示しないと通じない
という、いわゆる「ハイコンテクスト」文化が
主流になるのが現実であるようです。
ミスコミュニケーションにおける事故も多発
しているようです。
こうした奥ゆかしい日本人が、「ただのトロい人」
だと認識されてかねないいケースを目のあたりに
した今回の米国滞在。
自己責任というのは何なのかということについて、
考えさせられました。
それは、
互いの理解の溝を埋めるのは、摩擦をともなう
コミュニケーションが前提となる、ということ
であり、
両者が、互いに存在している「無知のカベ」と
もいうべき「情報格差」となくすために、双方
の努力が必要だ、
ということです。
日本人の多くは、理解するために努力すると
いう感覚が、かなり鈍化していると思います。
つまり、「伝える側の努力だけ求める」という
姿勢は、あまりにのんきで甘ちゃんだと言えます。
過去の記事でも繰り返していますが、
そもそもコミュニケーションには、手間がかかる。
という事実はゆるぎないものです。
ヨーロッパもアメリカでも共通して感じたのは、
「一度聞き逃したら、二度目の説明はない」
が基本です。
一発で聴きとる集中力、そして緊張感。
聞き逃したら「もう一度説明してくれ」
とリアクションできる瞬発力。
これは、これからの日本でも必須のスタンスだ
と感じています。
※「自己責任」についてもうひとつ。
現地の人から聞いたことです。
「戦争責任を、現代の日本人が個人として
抱えているのは、バカげている」
とストレートに言われました。
「戦争責任とは、国家間における賠償問題
のこと。
負債を負ってもない、負債を肩代わりできる
わけでもない個人が、簡単に”ごめんなさい”
などというのは、日本人くらいだ。
それならイギリス人が、昔アメリカに入植
してきてごめんなさい、といったことがある
か?」と。
自己責任。
これは、個人で負うことのできる責任の範囲
を意味する言葉でもあるのかな、と思いました。
~人生とビジネスをフローにするために★☆
◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)
謙遜は、誉め言葉を固辞するように見えるが、
じつは、もっと上手に誉めてもらいたいという
欲望にすぎない。
※写真:現地で撮ったヤシの木と、ウォルマートのカラフルな陳列棚。

引用元:「自己責任」の意味について考えました
