こんにちは。
リバース・フロウの清原です。
梅雨らしく、少し肌寒い季節になりました。
皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

先週、当社の新たなコンテンツについて
発表をかねたセミナーを開催いたしました。

 

ご参加いただいた皆さまからは一様に、
「懇切丁寧なサービスですね」
と、評価をいただき、たいへんうれしく
思いました。

 

新たなサービスについてのご紹介は、
場をあらためてさせていただきますね。

 

ご参加いただいた皆様、その節はありがとう

ございました。

 

 

さて、平成から令和となってはや1カ月。
この間、私と会社、家族にとっても色んな
ことが起きていました。

 

ホットな話題は、長男です。

彼は今年中学を卒業し、今は系列ではない

高校に通っているのですが、

 

彼が中学の卒業論文で書いた内容が、今まさに

彼自身の人生を大きく変えるかもしれないタイ

ミングにいます。

 

論文のテーマは、「この世は仮想現実か」という

熱のこもった論文でした。

総数23ページにわたり、「シミュレーション説」

をさまざまなデータで補強していくロジックは、

もはや私の理解をはるかに超えた世界観です。

物理的・量子的観点から、実在論を検証するデー

タの要約は、ハッキリ言って圧巻でした。

 

それが、ある高名な方の目に留まり、長男と

面会の機会を設けることになりました。

 

彼自身、人生が大きく振れる実感を今している

ことでしょう。少しドキドキしている様子です。

 

私も親として、彼の人生を良いものにするため

の役割を、淡々とこなすことにしています。

 

 

 

というわけで今回は、そんな出来事から感じた

ことについてお話します。

 

 

私は仕事上の「ミッション」なるものを、普段

大切にしています。

 

もちろんクライアントの皆様にも、その大切さ

をしつこいくらいにお伝えしています。

 

 

ミッションとは「使命」。

 

組織、企業でいうところの、「事業目的」と

も言えます。

 

そもそも私たちは、

なぜこの仕事をやっているのか、

なぜこの事業を起こしたのか、

なぜ存在しているのか、

 

その「なぜ」という、そもそもの想いを言葉

にしたものだと解釈しています。

 

ミッションは常に、迷ったときに立ち戻る

理念であり、それを追求していくことが、

理想の世界(ビジョン)の実現に近づくこと

だ、と。

 

 

ちなみに当社のミッションは、

 

「私たちは”システムズアプローチ”を駆使し、

 

組織とチームが本来の力を取り戻すための環境を

 

作ります。

 

そして、ひとりひとりが力を育み、創造性を

 

発揮できる、彩りある社会づくりに貢献することを

 

目指します。 」

 

という、少し長いステートメントです。

 

これは、

私が社会に関わる仕事人として、実現した

いと思っていることを、できるだけ言葉に

してみたものです。

 

ミッションを追求し、実現できるといいなあ、

と思う、理想の世界の姿(ビジョン)もこの

中に込めています。

 

 

ところで、このミッションの由来ですが、

多くの方はご存知ですね。

 

キリスト教から由来する言葉です。

 

それは「使命」の意味の前に、「使節」と

いう意味が立ちます。

 

伝道や布教のための活動は、ミッションの

そもそもの意味をなす言葉だということです。

 

したがって、このミッションというのは、

実は使用するに注意が必要です。

 

ミッションを追求するあまり、それが唯一

の正義であり、それ以外は認めない、

といった考え方にもつながります。

 

ミッションを絶対のよりどころとするあまり、

 

許容力のない人になったり、

それを認めない他者を攻撃する、といった

 

カルト的な行動にも走らせる動機になる恐

れがあります。

 

 

ここで、ミッションの表現の仕方について

私の思うところをお伝えします。

 

それは、

「言葉にしすぎない方が良い」

ということ。

 

こういうものは、正確に、明確な言葉に

しすぎない方が良いと思います。

 

言わずもがな企業は、個人の集まりです。

 

それぞれの価値観やミッションを持った

人の集まりです。

 

それを、そもそもひとつのミッションで

説得しようとすることに、無理があると、

言ってしまえば元も子もないですが。

 

でも、必要なものです。

 

それは、

 

一人では実現できないことは、

 

複数の人の力を合わせてなら、実現できる

 

可能性があるからです。

 

 

つまり、何かを成し遂げたいと思っている

 

ときに、自分だけではできないから、他の

 

人をつなぎとめる、精神的な粘着剤のよう

 

な役割を果たすものです。

 

 

だから、言葉を尽くさない方が良いのです。

 

 

仏教用語にも、「不立文字」という言葉が

あるように、

 

想いは、想い。だからです。

 

真理は、言葉で表すことはできません。

 

 

言葉として出し尽くしてしまったとき、

ミッションは、案外「陳腐な表現」に落ち

着くものです。

 

がっかりするぐらいシンプルだったり、

どこかの企業でも使われているような、

ありふれたものになったりします。

 

言葉に尽くさない方が良いでしょう。

想いは、想い。だからです。

 

 

真理とは、意外とあいまいで、しかも

確実に感じることのできるもの、

 

というものだと、私は思います。

 

 

それぞれに個人のミッションをもって集

まった人たちがいて、

 

その人たちの力を、精神的な粘着力でつ

なぎとめるなら、

 

ミッションは、解釈の余地を残しておいた

方が良いでしょう。

 

 

次回メルマガは、「個人のミッション」に

ついて、触れたいと思います。

 

 

それでは、今週もお元気でお過ごしください。

 

 

 

 

~人生とビジネスをフローにするために★☆

◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)

 

 

われわれは己の欲するところを

 

知り尽くすには、ほど遠い。

 

 

 

※写真は、本文とは関係ありませんが、

最近始めたフラメンコギターの楽譜。

超初心者ががんばって「ハバネラ」を

弾いてます(笑)

 

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引用元:「ミッション」を再考してみる①